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企業活動環境影響低減目指して

■ Joel Malen

複雑な問題

企業活動は様々な形で環境に影響を与えます。企業はその影響を認識し、影響を抑えるために戦略的な意思決定をしなければなりません。言い換えれば、環境影響を把握するためにどのような情報が重要かを知り、その情報を活用しなければなりません。この複雑な問題が、私の研究対象です。企業の決定が自然環境にどのような影響を与えるかを知るには、産業生態学の視点や、決定の効果をどこでどのように測定するかの視点など、学際的な研究が必要です。

問題を難しくしているのは、ある企業が直接行う活動は、製品の長いサプライ・チェーンや、資源の採掘から製品の最終処分にいたるライフサイクルのごく一部でしかないことです。もし、私たちが自動車メーカーだとすれば、自動車の製造工程による環境影響をすべてなくそうとするでしょう。それは素晴らしいことですが、環境への影響を把握するには、製造した自動車が、製品寿命がくるまで走り続け、CO2を排出し続けることも考えなければなりません。

これは、従来とはまったく違う考え方です。これまで、企業は自らの活動で価値を生み出し、直接的なステークホルダーに届けることに集中してきており、商取引以外の場や製品のライフサイクルの上流と下流で起こることをあまり考えてこなかったからです。

様々な見方

企業活動からのCO2排出については、スコープ1、2、3を区別することで問題の複雑さがはっきりします。スコープ1は自社の工程からの直接排出量、スコープ2は購入したエネルギーからの間接排出量です。工場で機械を動かすためのエネルギーは、社内で生産せず、電力会社などから購入する場合が多いですが、その会社が化石燃料を使用していれば温室効果ガスが発生します。これがスコープ2です。スコープ3は、スコープ1、2の上流や下流で発生する間接排出量です。走行する自動車からの排出はその一例です。

多くの企業にとって、自社でコントロールできるスコープ1と2の排出量の割合は非常に低いと考えられます。例えば、ユニリーバのような消費財メーカーの場合、排出量の大半は消費者が製品を使う段階で発生します(スコープ3)。ユニリーバが販売する石鹸やシャンプーを使うときに、消費者は熱いシャワーを使い、そのエネルギーをつくるために化石燃料が使われるからです。

私の研究における、もう1つの重要な要素はフィードバックです。企業が環境への影響を無視しがちなのは、企業活動を変える必要があると気付かせるフィードバックプロセスが欠けている場合が多いからです。例えば、環境に配慮しない決定をした際に、投資が集まらないなど財務実績が悪化するというプロセスがあれば、企業は環境影響に対応せざるを得なくなります。このため、このようなフィードバックループをいかに閉じるかが重要です。

この問題を解決するにはシステムという視点が必要になるため、私の研究では、システム・シンキングと、システムとしての企業と、より広い自然と社会のシステムにおける企業の役割を理解するための手法を採り入れています。環境への影響は多次元的で、製品のライフサイクルの間にどんどん変化するため、環境影響への対応は非常に複雑になります。企業は、環境影響に関する複雑な情報をどのように扱い、企業が受けるフィードバックに対して意味のある組織的対応をどのように導き出しているのか――この点に、私は興味をもっています。さらに、こうした対応の強さは、組織の目的とゴールにも依存するため、組織の目的とゴールも私の研究の重要な要素となっています。

企業の挑戦

これらの問題を研究する際に、私が注目しているのは脱炭素化の分野です。気候変動対策に真剣に取り組む企業は、炭素削減のゴールを定めています。しかし、ゴール設定は第一歩にすぎません。ゴールを達成するための効果的な戦略と工程を立案することは、組織にとってまだまだ大きなチャレンジです。そこで、現在進行中の1つの研究プロジェクトでは、企業が自ら定めた炭素削減目標の実績からのフィードバックに対して、企業が戦略や環境投資をどのように変化させるかを研究しています。もう1つのプロジェクトでは、インターナル・カーボン・プライシングに注目しています。社内で排出される炭素に価格をつけるこの制度を採り入れると、環境への悪影響という外部コストを企業活動のコストに変換することができます。つまり、企業活動の環境影響についての経営陣の考え方を、根底から変える可能性を秘めているのです。

私はドイツのハンブルグ大学との共同研究も行っています。これは、企業が科学的根拠に基づいた排出削減目標(science based targets, SBTs)を達成するための最良の方法を明らかにするための、長期にわたる国際研究プロジェクトです。パリ協定では、産業革命前以後の世界の気温上昇を1.5~2℃に抑えることを目指すことになっていますが、それを達成するために必要な削減量が科学的に推定されています。SBTsは、その推定値に整合するように各企業が定める削減目標です。

SBTsの計算方法はいろいろありますが、基本的には、決められた年数の間に炭素排出量をゼロに向けてどれだけ減らすべきかを教えてくれます。計算にあたっては、まず自社のカーボン・フットプリントを知らなければなりません。データを測定し、現実を明らかにする必要があります。そして次は、その現実にどのように対処するかです。それこそが、私たちが注目する課題なのです。

脱炭素化の工程をよりよく理解するために、私は同僚とともに、企業が目標設定後、実際に何を行っているかを長期にわたって調査する研究を行っています。日本、ドイツ、アメリカ、中国、ブラジルなどの各国数社を対象にした大規模なインタビューにすでに着手しており、炭素や関連するデータの統計分析も行う計画です。企業レベルで得られる知見とデータを用いて、脱炭素化をさらに進めるための課題と成功方法を理解することが最終目的です。

変化を促す

企業人も一般人と同じで、環境を悪化させたいと思っている人は誰もいません。しかし、経済と企業活動の構造が、妨げとなりうるのです。人々が企業活動というものをどう考えるかも問題です。企業活動の目的を狭くとらえると、環境問題を解決することはより難しくなってしまいます。

顧客のために価値を創造して届け、企業活動を続けるのはとてもたいへんなことです。ですから、それとは別の環境問題を私たちが経営陣にぶつければ、反発は必至です。できれば環境影響を無視したいという願いや、誰も気にしていないという理由からではなく、環境問題に取り組むのはたいへんで、経営陣もどうしたらよいかがわからないからです。環境問題に取り組むには、時間も、努力も、資源も必要なため、甘い対応に陥りがちです。だからこそ、この研究を行う価値があると私は考えています。企業経営者たちに、自分たちの活動のよりどころを示し、自分たちの資源が効率的に利用されているという自信を持っていただけるようにしたいのです。

和訳:青山聖子