6世紀の東地中海沿岸地方における日常生活 − リキア地方のビザンティン聖堂発掘の成果から
益田朋幸

術史、歴史、考古学、建築史等の研究者からなる「リキア地方ビザンティン遺跡調査団」は、1991年以来主に科研費によって、トルコ南西部、リキア地方のビザンティン遺跡を調査している。この数年はフェティエ近郊の無人島ゲミレル島、第三聖堂の発掘を継続中である。発表では発掘の最新の成果を紹介しながら、とくに未知の部分が多い初期ビザンティン時代の日常生活解明に寄与する点を具体的に指摘したい。

6世紀前後のビザンティン世界については、日常生活を記録する文献がほとんど残っておらず、日常生活再現については考古学的な史料に俟つほかはない。ゲミレル島とその周辺の遺跡から、具体的に以下のような知見が得られた。

  • 世俗の家の遺構が多数現存する。傾斜地に建つという特殊事情を勘案しなければならないが、基本的に二層構造をとり、地表階が貯蔵庫ないし通路(ときに公道)となり、上層階が居住部となる。プランは方形の単純なものが多く、機能を構造から特定することはできない。「こんにちは、お嬢さん」等の銘文を有する家も記録された。
  • トイレは家屋本体には附属していない。おそらく粗い割石積みの円形プランをとり、数軒が共有する形で独立したトイレが建設されたものだが、地震等で崩壊して現存しないものと思われる。
  • 壁の上端まで残る家屋もいくつか現存し、取水システムが明らかになった。夏は40度を超える水源のない島においては、水の確保が重要課題である。切妻式屋根に降った雨はすべて樋で一点に集められ、一室の地下に設けられたシスターンに貯水される。また都市共有の巨大なヴォールト式シスターンも残る。
  • 第三聖堂の床モザイクには果物、野菜、動物、鳥等々がリアルに記録されている。これらの史料は、動植物学、食物史等に寄与するところが多いだろう。この時代、この地方には存在しないとされるレッド・ペッパー様のものも見られる。
  • 同じ床モザイクの奉献銘は「マケドニア人の銅細工師が、彼と彼の妻ノニアと息子ニコラオスの魂の救済のために、この聖堂をモザイクで飾った」というものであったことがわかった。銘文の比較、分析から、6世紀のリキア地方の社会学的な研究が可能である。この銘文は、第三聖堂が聖ニコラオスに献堂されたことの傍証となる。本聖堂はキリスト教世界における重要な聖人であるニコラオスに捧げられた、現存最古の聖堂建築である。

発掘、調査は今後も継続予定で、第二次報告書が2002年度に出版される予定である。遺跡の全貌については第一次報告書『大阪大学文学部紀要』35 (1995) を参照されたい。

調査団のホームページは以下である。
http://www.jttk.zaq.ne.jp/sfuku239/lycia/top.htm



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