20世紀メディア研究所    The Institute of 20th Century Media
  Home About Our Organization | Forum | Intelligence | Database | Who's Who | Contact us




研究所概要
研究所活動
雑誌『インテリジェンス』
占領期雑誌目次DB
オフィス・山本武利
問い合わせ
『論座』 2007年6月号     

Book Review
『マニュファクチャリング・コンセント マスメディアの政治経済学』T・U
(ノーム・チョムスキー、エドワード・S・ハーマン 著 トランスビュー)

     評:山本武利(早稲田大学政治経済学術院教授)

■偽装的な「合意」を形成するプロパガンダ・モデル
 タイトルの『マニュファクチャリング・コンセント』は原書のタイトルをカタカナにしたものだ。それは20世紀前半のアメリカの著名な評論家リップマンが名著『世論』で使ったことばで、「合意の捏造」と本書の帯では約されている。
 ところが日本語訳されなかったのはタイトルぐらいで、本書では原書の本文はもちろん目次から索引にいたるまでほとんど全てが翻訳されている。本書はA5判の上下合計で700ページに達し、定価も7,000円となった。原書に忠実にならんとした良心的な翻訳出版姿勢が本書を浩瀚なものにしたが、内容は充実していて高価とは言えない。
 チョムスキーは生成文法という画期的な文法理論を提唱した著名な言語学者である。このMIT教授の膨大な著作は世界的に翻訳されている。またベトナム反戦など反政府の言動でも知られる。さらに1980年代からは独自のメディア論やプロパガンダ論を展開するようになった。日本でも言語論が中心であるが、彼の著書は数多く出版されており、国立国会図書館では現在54点の本が所蔵されている。一方、企業システムとくにメディア構造分析を専門とするペンシルバニア大学名誉教授のハーマンは、日本ではほとんど知られていない。両者は、訳者によれば、ベトナム反戦運動で知り合ったらしく、本書の序章、第1章、結論部分は議論を重ねた完全な共著であるが、ケーススタディの中南米と教皇暗殺計画の第2・3・4章はハーマン、インドシナ戦争の第5・6章はチョムスキーが担当したらしい。
 本書は1988年の初版でなく、2002年の新版を訳したものだ。メディア論に関しては、日本では本書の結論部分を安直にまとめたチョムスキーの単著『メディア・コントロール』(集英社新書)が翻訳されているが、そうした簡約版しか見ていない読者は、彼の結論が言語学者の晩年の余業で、観念的な著作としか見ないだろう。ところが今回の訳書とくに注を一瞥しただけでも、彼らの結論が各ケースの新聞、雑誌、テレビなどの膨大な第1次資料を丹念に収集、分析し、内外の関係書を読み込んで導き出した帰納的な地味な研究書であることを確認できる。
 本書の結論は第1章で示された以下の5つのプロパガンダ・モデルに示される。
1、 新聞、雑誌、テレビを支配する巨大メディア企業集団の市場支配とメディアと政府の相互依存体制。
2、 購買力のある読者、視聴者を獲得し、彼らを広告主に販売し、それから得る広告収入の見返りに支配層への批判を控えるメディア側の自主規制体質。
3、 メディアに便宜的に情報を提供し、好都合な枠内にメディアの論争を収斂させる権力側の巧妙なシステムの浸透。
4、 不都合な情報が出たときに、集中砲火的にメディア批判をあびせる権力側の組織的なメディア監視活動。
5、 ソ連や中国、キューバの社会主義の存在を否定する反共思想。
 この5つのモデルがフィルターとなって、アメリカのメディア活動を規制し、偽装的な「合意」の形成に寄与する。さらにメディア帝国主義によって、世界の「合意」までもがアメリカ型に形成されるというのが著者のケース・スタディによる結論である。「新版の序」も旧版の結論からの基本的な変化が見られない。たとえばポルポトの虐殺について、その時どきのアメリカ政府に好都合な政策を擁護したり、隠蔽したりするメディアの姿勢に変化がないとする。
 旧版から新版が生まれる14年間には、インターネットというメディアが生まれ、旧メディアへのオルターナティブとして急成長したことは著者も認める。しかし著者はAOL=タイム・ワーナー誕生にみられるようなインターネットと旧メディアの合併は旧体制のメディア支配構造を強めたにすぎないと見なす。また旧版が出た直後の社会主義の崩壊も第5のモデルを修正ないし放棄させていない。消えたソ連のところにテロ国家が居座って、第5の原則を生かせている。
 たしかにこうしたモデルは日本にもかなり当てはまるようである。ライブドアのフジテレビ買収劇は失敗し、その主役ホリエモンは法律違反で裁判にかけられている。フジの広告メディアとしての地位は、系列の関西テレビの番組捏造にもかかわらず、不動のようである。大手広告代理店が情報を支配したり、メディアに報道を抑制させたりする陰湿な力を及ぼしている(上杉隆『小泉の勝利 メディアの敗北』草思社参照)。第2のモデルも日本に貫徹しているようだ。権力の情報コントロールの場としての記者クラブは断続的に起こる批判にもかかわらず、強化されている。むしろアメリカにおいても日本の記者クラブまがいの支配システムが存在していることを指摘した第3のモデルは、日本の記者クラブ擁護者を力づけるかもしれない。
 アメリカの言論界、学界では、チョムスキーの主張は少数派である。主流派のメディア研究関係の著作、論文に彼の名前を見ることはまれである。プロパガンダの専門書でも彼に言及しない。したがって彼の著作は大手書店のメディア論のコーナーには置かれていない。それは彼の主張が政治的に過激すぎるからとばかりは言えない。それよりも彼が主張するようなメディア万能論、すなわち強力効果モデルは過去のものと見なされているからである。リップマンのメディア論は40年前にメディア研究に入った評者が手にした内外の研究書には、擬似環境論として紹介されていたが、すでにメディアの影響は限定的と見るモデルが優勢になっていた。最近のメディア論では日米ともにメディアの受け手への影響は無視できないというような論者が復活してきたが、メディアが圧倒的な影響を持つというリップマンやチョムスキーのような議論に組みする者は少ない。
 先の中間選挙でブッシュ政権を支持する共和党は敗北した。ネオコンといわれる勢力は5つのプロパガンダ・モデル使って支配を強めたはずであるが、世論と選挙では敗北した。しかし限定効果論は社会心理学的なミクロのレベルの議論である。本書の価値はサブタイトルの「マス・メディアの政治経済学」が示すように、世界にケースを求め、マクロにプロパガンダ・モデルの構築したことにある。メディア論はマクロ・ミクロの多角的、有機的な視覚で展開しなければならないことが分かる。
『論座』2007年6月号掲載

Copyright © 2002 The Institute of 20th Century Media. All rights reserved.
Email:
[email protected]