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20世紀メディア研究所:第36回研究会レジュメ
2006年12月16日
報告:山本武利(早稲田大学)

●第二次大戦期における北欧・東欧の日本機関の対ソ諜報活動
 ――スウェーデン公使館武官・小野寺信の供述書をめぐって

・資料としての小野寺供述書

資料 I Japanese Wartime Intelligence Activities in Northern Europe
     58ページのSSU文書(NA分類記号 RG263EntryA1−87Box4)
資料構成
 I 序
 II ストックホルム、ヘルシンキの武官事務所の活動と目的
 III 諜報の援助と方法
  1、資金
  2、通信手段
  3、諜報収集とセキュリティ保持の方法
 IV 接触とソース
  1、ポーランド人
  2、フィンランド人とバルト人
  3、ドイツ人
  4、ハンガリー人
  5、スウェーデン人
  6、他の欧州駐在の日本機関との関係
 V 供述した諜報のまとめ

資料 II ONODERA, Major General Makoto − Biographical Sketch of.
     10ページのOSS文書(NA分類記号 RG226Entry173 Box10)

資料 I−序(全訳)
 1、 日本陸軍参謀本部は長年、ポーランド、フィンランド、エストニア、ラトビア軍参謀本部と密接に協力して、ロシアの破壊的、諜報的活動を調べてきた。太平洋戦争開戦後、西欧連合国もその調査対象に含まれた。彼らの協力関係は訓練や教育面での参謀将校の相互交流、暗号解読などの諜報的情報の交換、平時、戦時の破壊活動の共同資金援助や計画、スパイや破壊工作員の共同訓練や方向性などであった。
 2、 こうした活動を主導した人物は欧州では日本軍武官であった。平時、戦時を問わず、彼らは外国において通常の外交的任務や受入国に公認された軍事面での代表者としての仕事に責任を負うだけでなく、あらゆる種類の破壊的活動たとえばスパイや破壊工作員との直接的接触、無線通信手段の維持、無線傍受や不法な商業工作を行なってきた。スウェーデン、フィンランド、ポーランド、バルト諸国において、彼らはこうした活動を行う唯一の日本人であったし、諜報活動に限れば、海軍武官とか外務省は副次的なことしか演じなかったことはたしかである。
 3、 小野寺や小野打自身がロシア諜報では専門家として長く訓練されてきた。小野寺は最初にスウェーデンに派遣されたとき、その能力しか持たなかった。しかし戦争が拡大するにつれ、彼の事務所は次第に欧州での全前線を対象とした指令を出す最重要な日本の拠点となり、諜報活動で約200万円を自由に動かせるまでになった。彼の組織は前述の協力関係に基づいて顕著な成果をあげた。ポーランド軍参謀第2部の元ドイツ班長であったリビコフスキーは彼の事務所で約3年半働いた。前のエストニア軍参謀本部第二部長で、ストックホルムで受け入れられた難民であったマーシングは、戦時中ずっと彼の主要な工作員であった。ハッラマー指揮下のフィンランド暗号解読部門はスウェーデンに亡命したとき、小野寺に資金を求め、その交換に彼らの活動の成果を彼に提供した。さらに彼はスウェーデン軍参謀本部の「*」なる人物を情報源として持っていたし、Abwehr(ドイツ国防軍防諜部)の最も成功した活動家といわれるカール・ハインツ・クレーマーと広範な諜報面で情報交換を行っていた。 *伏字

・小野寺の履歴(抄訳)―― 資料 I
 1940年11月 ストックホルム陸軍武官、1941年2月5日 ロシア、フィンランドの専門家の西村敏雄大佐の後任。
 参謀本部では彼を優秀なロシア専門家として欧州に派遣。第二戦線としての観察者、研究者にすぎなかったが、戦局推移の結果として活動的なセンターになる。しかしそうしたセンターとして必要なスタッフや設備を用意しないで赴任。
 *情報部「在「ソ」公館以外ニ於ケル工作」B02130979900
 スウェーデン政府に信任されただけであったが、ノルウェーやデンマークのも責任を持つ。
ドイツの軍事部門と関係が良かったので、ノルウェーによく行った。デンマークはドイツに閉鎖されていたが、ベルリンへ行く途中によった。
 欧州での他の日本軍事機関とはあまり関係がなく、ストックホルムの日本公使館とさえも完全に独立した活動。したがって資金も別で、東京との直接交信の個人暗号を所持。

・履歴 ―― 資料 II
  1912−15 仙台幼年学校
  1915−17 中央幼年学校(東京)
  1917−19 陸軍士官学校、ロシア語を学ぶ
  1919 少尉、歩兵29連隊付
  1920 陸士卒
  1923 中尉、歩兵連隊中隊長
  1925 陸軍士官学校予備門教師
  1925 陸大受験
  1927 結婚
  1928 大尉、陸大卒
  1930−32 陸軍幼年学校教師(千葉)。名目のみで教師活動なし。
     ソ連、ドイツの軍事組織と戦略を研究。北満の視察と地誌研究
  1931−33 陸軍参謀本部第U部ロシア課、ソ連の戦術と戦略の調査
  1932−33 陸軍参謀学校で軍事科学の教師、高度な大演習の訓練
  1933−34 ハルビンでロシアの欧州での未来軍事行動を研究したが、
     ロシア語教師以外はロシア人との接触なし。
  1934  少佐
  1934−35 参謀本部第2部シナ課、ソ連満州国境の地誌的研究。ウラジオ、チタなどへの旅行
  1935−38 リガ公使館の武官
  1937 欧州の日本人使節団との接触 外国武官との接触
     ソ連の研究、ラトビア、エストニアの参謀から豊富な情報入手
  1938 参謀本部第2部員で、陸大教官を兼ねるが、教師は名目
  1938−39 シナ派遣軍作戦部。中国共産党と国民党CC団の諜報
  1939−1940 陸大教官、大佐
  1940 スウェーデン武官

・資料 I ――資金
1941年まで 横浜正金(ドル)→ニューヨーク→ストックホルム(クローネ)
敗戦まで  横浜正金→ベルリン支店→ストックホルム銀行
        管理費    諜報費
1941年   120,000    30,000
1942年   120,000    40,000
1943年   120,000    40,000
1944年   120,000    360,000
1945年    75,000     40,000

・資料 I ―― 小野寺とポーランド人のソース(訳)(p15)
 小野寺自身のポーランド人との協力関係はリビコフスキーという元ポーランド参謀本部の諜報将校が軸となっていた。彼は3年半、小野寺の事務所で働いた。小野寺がストックホルムに着いたとき、彼は日本とポーランドの協力関係が確立され、機能していることを知った。1940年、小野寺の前任者の西村大佐はリビコフスキー(以前のドイツ班長で、ガノの最良の補佐役の1人)に満州国のパスポートと日本の武官事務所で秘密の職務を与える協定を結んだ。最初彼はリガの小野打の事務所にいた。後にバルト諸国へのソ連侵攻で閉鎖されたとき、彼はストックホルムへ移動した。彼がスウェーデンに到着したとき、そこで働くギルビッチとコナールという2人のポーランド人がいた。彼らはコペンハーゲンのスパイグループを管理していた。彼ら3人が留まって、独ソへの工作を行う予定になっていた。しかしギルビッチは自分の工作員の一人がスウェーデン当局によってゴーテベルグで逮捕されたため、危うくなった。そこで彼は活動の停止を余儀なくされ、1941年に英国へ行くことになった。リビコフスキーが唯一のポーランドの諜報員になった。さらに身分を隠すために、彼はフィンランドで警察に接触し、ピョートル・イワノフのいう名の偽のパスポートを得た。彼は以前から別名のミカロウスキーを使っていた。
 小野寺は1944年春まで個人的な親しい関係で彼と仕事をともにし、彼を“主任”と呼んでいた。リビコフスキーは彼の事務所で雇われていたが、自分の諜報活動は完全に独立していて、自分の工作を慎重に隠していた。彼の主要な目標はいつも独ソであった。彼は西欧側の情報を小野寺になにも与えなかったし、小野寺もなにも求めなかったという。
 *イワノフと夫との間で個人的なけじめ(『バルト海のほとりにて』p152)
 小野寺から給与を受け、ストックホルムの彼の事務所で働きながら、リビコフスキーは北東欧州全域やロシアにいる彼の工作員ネットワークからリポートを受け取り、それを日本の外交運び人を通じロンドンへ送った。ドイツ、バルト海諸国、フィンランド、ポーランドにあった日本の事務所はこのシステムでつながっていた。戦争初期、ベルリンが最も活発な情報交換所であった。そこではポーランドの諜報部員のヤコビック・クンセウイッチが日本のパスポートを与えられ、三浦武官や石田と公使館で働いていた。ケーニヒスベルグでは日本人領事の杉原(千敏)の事務所が、リガ、ヘルシンキでは小野打の事務所が諜報活動にそれぞれ使われた。
 * ハルビン学院卒業後、ハルビン特務機関に勤務。1931年以降、杉原は帝国陸軍将校であり、同時に満州国外交部の官吏となった。この2重の身分は、彼がハルビンで情報活動をするのに絶好。ロシア語を駆使した有能な諜報員(芳地孝之『ハルビン学院と満州国』141p)
 * 対ソ情報収集は、執拗に継続することはいうまでもないが、杉原が育成している情報網を、一時的にせよ中断することは遺憾である。早くケーニッヒスベルグ総領事館を開設して、杉原の情報活動ができるように(来栖ベルリン大使 1940・11・2、渡辺勝正『杉原千畝の悲劇』111p)
 リビコフスキーに報告するポーランド人のネットワークはビィウィストク(ポーランド)とミンスク、スモレンスク(ロシア)にあり、前者は長い間、ソ連へのポーランド諜報活動のセンターになっていた。後者はワルシャワの満州国総領事の保護下にあり、日本公使館が閉鎖となっても、1942年初期まで開いていた。ケーニヒスベルグの杉原の事務所はリトアニアのカウナスのポーランド抵抗運動のメンバーと接触する工作員の本部になった。
 リビコフスキーはフィンランドに二つのソースを持っていた。ザバはヘルシンキのポーランド公使館で働く新聞記者であったが、ロシアの工作員から情報を得ていた。もう一人のポーホーネンはフィンランドの諜報機関にいた。エストニアのナルバには2人のポーランド人の工作員がいた。また東方ロシアのウラルや南方ロシアのコーカサスには一団がいた。リビコフスキーはストックホルムからこの集団へのコミュニケーション手段を確立できなかったので、工作員の名前のリストをのせた組織説明書が東京へ送られた。小野寺はこの情報が東京で使われたかどうかは知らないが、その集団との関係はペルシャやトルコの日本人武官がつけたと思っている。そして今村将軍(アンカラ)が当時その統括責任者であったという。
 1941年8月、シコロフスキー将軍のロンドン政府が最初にモスクワに公使館を開いたとき、一人のポーランド諜報将校がかれらに加わった。彼は小野寺がロンドンに行ったとき、ポーランドの外交運び屋を使ってロンドンへ情報を送ってきた。このソースはポーランド暗号のロシアによる解読によって不可能となった1942年まですばらしい情報を届けていた。

・資料 I ―― 小野寺とエストニア人のソース(抄訳)
 リガ武官時代 1936−1938。1938年 エストニア軍にペイウス湖の高速船購入代金1万6千マルク提供―ソ連往復の工作促進のため(24ページ)
 最も親しいエストニアの協力者 エリスチアン中佐 ロシア内(レニングラード、モスクワ、ボルガ、東シベリア)にいるエストニア人にスパイネットワーク構築。マーシングに引き継がれる。
 戦中にエストニア、ラトビアの参謀部は解体、小野寺の知己はスウェーデン、フィンランド、ドイツなどに分散。小野寺は彼らの家族に資金、物資の援助。この方法で他の武官などよりも有益な情報を得る。
 小野寺の最も緊密で最良の協力者はマーシング大佐であった(25ページ)。ミンスク陸軍学校出身でツァーの軍隊の元将校。第1次大戦で大尉。小野寺のリガ時代はエストニアの諜報部主任。ソ連進行直前にストックホルムのエストニア武官。ソ連へのエストニアスパイを指揮。41年ドイツに参加。エストニア前線でAbwehrのために働く。その間ずっと小野打と日本外交便で小野寺」に連絡。42年小野寺の示唆でドイツ、フィンランドとの関係を絶ち、文民としてストックホルムに帰ったが、実際は彼の主要な独立した協力者。 彼が不在のとき、家族に1千から1500クローネの援助を毎月行なう。ストックホルムからエストニア、ラトビア、レニングラード、モスクワの工作員に指示。彼らはほとんどエストニア人。あらゆる階層にいたが、共産党メンバーもいた。ソ連船乗組員もいた。
 アンチドイツだが、ドイツにも多くのソースがいた。とくにストックホルムにいたドイツ人工作員カール・ハインツ・クレーマーとは親しく、相互に情報を交換。
 * Japanese Intelligence Activities in Sweden,1945.8.11,RG38Oreiental Box17
 スウェーデンやフィンランド軍の将校ともすばらしい関係。西側にも多数のソース。

・資料 I ―― 供述したソ連情報
○ソ連の動員計画(1941) ○ソ連の訓練計画、“スターリン・ライン”の計画と詳細(41)
○ソ連参謀のリポート
○モスクワ防衛のための貯蔵品の移動 ○スターリングラード戦略的後退(42)
○ドイツ攻勢へのソ連参謀の見積もり(42)
○ドイツ降伏後に迫る対日宣戦布告 ○極東への10師団の移動
○ソ連の技術、生産力、戦争遂行能力などの多様なリポート
北欧でのソ連軍の展開、バルト海やフィンランド前線 ○ソ連バルチック艦隊(41)(45)、ソ連海軍の活動
○ソ連飛行機、タンク、ロケット(42)
○暗号資料、暗号解読成果(参考文献の宮杉論文に掲載)
○東部戦線での刊行物分析
○バルカンでのソ連の活動 ○フィンランド参謀第2部のソ連推測

・小野寺供述書の史料価値
(意義)
○ A級戦犯の大島浩大使に比べ地位が低かったが、戦争責任の追及は恐れる必要があった。ONIやOSS資料は小野寺を欧州の日本諜報機関の実質責任者として大物視し、マークしている。彼の極秘のベアリング積み出しをONIが把握している。また彼のフィンランドからのソ連暗号書購入もONIの報告書に出ている。
*Fino-Japanese Secret Intelligence Liaison in Sweden,1945.8.13,RG226 Entry171A Box64
○ 小野打武官らに比べて比較的長期(46年3月26日から8月6日まで)拘留され、洗いざらいしゃべった感がある。とくに小野打に比べ長期にSSUの取り調べがなされている。
○ 責任追及を免責された731部隊の石井中将のように、アメリカ側に情報提供の全面協力をしている可能性がある。
○ 連合軍とくにアメリカ軍が相当の準備をして、尋問に臨んでいたため、供述に具体性がある。巻末に詳細な人名録、索引ができているほどだ。
○ 小野田夫人の著書『バルト海のほとりにて』と基本的に内容は矛盾しないが、その内容ははるかに多岐にわたり、具体的である。
○ 冷戦に備えたアメリカが小野寺の持つ対ソ諜報に期待を寄せていたし、それに懸命に答えているように見える。
(限界)
○ 北欧の日本での地位が低く、戦時中からその諜報は彼が嘆いているように参謀本部は軽視していた。現実に『大本営機密日誌』でも、小野寺、小野打ともに1回しかでてきていない。
○ 満州でのポーランド暗号将校の協力関係の証言があるが、シベリアなどの情報は少なく、独ソ戦など西部戦線のものが多い。
○ スウェーデン人中心に人名が伏字となっているのは、その後それらの人物がアメリカCIAなどへの協力者になったからであろう。
○ 本発表はその大半を占める小野寺供述に焦点をあてるため、小野打、大内供述にはほとんど触れない。暗号専門の大内供述にかんしては、宮杉論文を参照されたい。
○ 下の参考文献トップにあるレポートと対比しながら評価する必要があるが、それは次回の課題である。

参考資料
○ Japanese Intelligence Activities in Scandinavia,1945.1.30, RG263 Entry A1-87 Box4
○ 山本武利編『第2次大戦期日本の諜報機関分析』第7巻、欧州編1、柏書房、2000年 ○ 小野寺百合子『バルト海のほとりにて』(復刊)共同通信社、2005年
○ 黒羽茂『日露戦争と明石工作』南窓社、1976年
○ 稲葉千晴「北極星作戦と日本−第2次大戦期の北欧における枢軸国の対ソ協力」『都市情報学研究』第6号、2001年
○ 宮杉浩泰「戦前期日本の暗号解読情報の伝達ルート」『日本歴史』2006年12月号
○ 百瀬宏『北欧現代史』山川出版社、1980年

『Intelligence』第9号・特集・戦前期日本の暗号と諜報<予定>
1、森山優  日本の暗号解読能力
2、宮杉浩泰 日本の暗号解読に関する対外協力関係
3、木村洋 日本とポーランドの暗号協力関係
4、山本武利 小野寺信の諜報活動
5、佐藤優 20世紀末期の在外公館のインテリジェンス活動

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2年連続の“書物復権”
山本武利著『近代日本の新聞読者層』
(法政大学出版局)

     四六判 424頁 4,200円
 地味な専門書を出版する12社が、今年も読者リクエストで決めた共同復刊イベントを現在主要書店で行なっています。
 昨年“書物復権”に選ばれた『新聞と民衆』(紀伊國屋書店)は、1973年に出版されたものの4回目の新装版でした。
 今回の『近代日本の新聞読者層』は、1981年に初版が出たものの第9刷です。版元によると、今回の増刷で1万部に達したとのことです。
 細々ながらも自著が生命力を持っていることを著者として喜んでいます。

山本武利編
『占領期文化をひらく――雑誌の諸相』
(早稲田大学出版部)が刊行されました!

     A5判 260頁 2006年8月刊
     定価 3675円(本体 3500円+税)
     ISBN 4-657-06815-6

目次
   序 ・ 山本武利
   占領期雑誌研究のための基礎資料―GHQによる代表的雑誌の調査―
     ……(訳・解説)山本武利
T 大衆文化と雑誌
   占領期の手塚治虫……谷川建司
   GHQ占領期の宝塚歌劇……川崎賢子
   浮浪児と映画―『蜂の巣の子供たち』の周辺―……原田健一
U 国際文化と雑誌
   占領期の婦人雑誌―国際的要素を中心にして―……加藤敬子
   占領期雑誌におけるソビエト文化受容……吉田則昭
V 政治文化と雑誌
   占領期における「原子力の平和利用」をめぐる言説……御代川貴久夫
   結核患者たちの戦後―プランゲ文庫雑誌資料を中心に―……佐々木啓
   占領改革期「警察社会」の意識とその変容―警察機関誌の分析から―……戸邊秀明

 すでにお知らせしましたように、日本学術振興会の科学研究費による「占領期雑誌記事情報データベース」は5年がかりで完成し、http://prangedb.kicx.jp/ のドメインで公開されています。その過程で20世紀メディア研究所では、「占領期雑誌研究会」をつくり、よりよきデータベース作成のための活動を行なってまいりました。その成果の一つが、この本です。本書は、「早稲田大学現代政治経済研究所研究叢書26」となっています。

占領期雑誌記事情報データベースの利用者の皆様へ

(占領期メディアデータベース化プロジェクト委員会 代表:山本武利)


 いつも 占領期雑誌記事情報データベース をご利用いただきありがとうございます。
 このたびドメインおよび利用画面を一新し、利用案内も一部改めました。当データベースの利用にとって重要な内容を含んでいますので、ご案内いたします。

1 ドメイン変更の再度のお知らせ
   新ドメイン http://prangedb.kicx.jp/
 ドメインの変更は、すでに2006年4月から実施しています。その旨は、ニュースレターや20世紀メディア研究所発行の雑誌『Intelligence』7号などでお知らせしています。したがって、すでにご変更された方は必要ありませんが、一部に古いドメインを使用されている方が見受けられましたので、念のために上記に新ドメインを記載いたしました。古いドメイン(http://prangedb.jp/)をご使用の方は、上記の新ドメインへの変更をお願いいたします。なお、古いドメインにリンクされている方も新ドメインに変更をお願いいたします。

2 内容の修正
 占領期雑誌記事情報データベース 作成の際には、正確に入力するよう十分に注意したつもりですが、一部に重複、見落し、誤入力などが発生しています。196万件全体にわたって修正を行なうことはできませんが、判った範囲内で原文と照合し、随時修正を行なっています。古いドメインはそのままですが、新ドメインのデータベース内容は日々、改善されております。
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3 原文の閲覧、コピー
 占領期雑誌記事情報データベース は、プランゲ文庫所蔵の占領期雑誌を見るための道具にすぎません。雑誌の本文を見るには、それを所蔵しているアメリカ・メリーランド大学か、そのマイクロフィッシュを所蔵する機関を訪ねる必要があります。フルセットを所蔵する機関は現在、日本では6カ所ありますが、公開性、コピーサービスなどの点でもっとも利用者に便利な機関は、国立国会図書館憲政資料室です。同室では、同館へ直接出向けない方にも、コピー郵送の便宜を図ってくれています。そのサービス内容の詳細に関しましては、同館(電話03−3581−2331)にお問い合わせください。

4 20世紀メディア研究所の所在地などの変更
 2006年7月から、 占領期メディアデータベース化プロジェクト委員会 のある20世紀メディア研究所が、以下の場所に移転しました。
 それにともない、以下のように、住所、電話番号、メールアドレスなどが変わりました。お手元のアドレスなどの変更をお願いいたします。

〒169−8050 東京都新宿区西早稲田1−6−1
     早稲田大学現代政治経済研究所 気付
   20世紀メディア研究所
    電話・FAX: 03−5286−1988
    E-mail: m20th@list.waseda.jp
    URL: http://www.waseda.jp/prj-m20th/
 

20世紀メディア研究所:研究会のお知らせ

●20世紀メディア研究所:第35回研究会・関西大会開催のご案内●
当研究所では20世紀メディア研究会の月例会を東京の早稲田大学で行なっておりますが、11月例会を今秋11月25日に大阪梅田で開催することになりました。
時間を延長し、関西大会と銘打ちました会とさせていただきます。
つきましては、当日の研究報告者を募集致します。
東京の研究会にはなかなか参加できない方、とくに関西あるいは西日本方面に在住の方の積極的な参加をお待ちしております。
 ・日 時:2006年11月25日(土)午後1時〜午後6時30分
 ・場 所:大阪市立大学文化交流センター ホール(定員:100名)
      (大阪駅前第二ビル6階、JR大阪駅・地下鉄梅田駅などから徒歩5分)
*報告を希望される方は、9月15日までに、御氏名、御所属、報告題名(仮題でも可)、ご連絡先住所および電話番号を20世紀メディア研究会事務局(Mail:m20th@list.waseda.jp)までご連絡下さい。折り返しご連絡をいたします。
ただし交通費、宿泊費などは自己負担となります(講演料も無料です)。
研究大会の詳細が決まり次第、ご案内をメールで差し上げ、またホームページにも掲載する予定です。

なお現在、大阪歴史博物館(http://www.mus-his.city.osaka.jp/news/index.html)でプランゲ文庫の特別展示(「あのころ、こんな子どもの本があった――戦中・戦後の絵本から教科書まで」)が行なわれています。8月28日までですので、ご関心のある方はぜひご覧ください。

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発売中!
●20世紀メディア研究所発行の雑誌『Intelligence』 第7号のご案内●
      定価:1890円  発売:紀伊國屋書店  発売日:7月29日

【特別企画:鶴見俊輔と占領期雑誌ジャーナリズム】
◇〔記念講演〕若き哲学者の占領期雑誌ジャーナリズム活動:鶴見俊輔
◇書きはじめたころの鶴見俊輔:黒川 創
◇占領期雑誌に読む「大衆」概念の変容と文芸:川崎賢子

【資料紹介】
GHQ民間情報教育局による日本新聞分析:1948年:解説・訳:山本武利

【特集:映画史と政治・社会】
◇映像による「日本文化」表象をめぐる議論――1930年代官公庁関連機構製作映画を中心に:加藤厚子
◇「パブリック・ディプロマシー」の出発点としてのアメリカ占領軍・CIE映画:土屋由香
◇占領下日本における米ソ映画戦――総天然色映画の誘惑:谷川建司
◇綴方と映画――重層化したメディアにおける意味の変容:原田健一

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◇李承晩政権期韓国における郵便検閲体制の諸相――植民地期朝鮮との連続性をめぐって:小林聡明
◇合衆国の対外文化政策におけるラジオ放送――第二次世界大戦期から冷戦期までのVOAの活動を中心に:市川紘子

――――――――――――
◇占領期メディア・データベースの作製――雑誌から新聞へ:山本武利

…………………………………………………………………………………………………………
◆20世紀メディア研究所と占領期雑誌記事情報データベースのアドレスが以下のように変更されています。
ご注意ください。
Mail:m20th@list.waseda.jp
URL:http://www.waseda.jp/prj-m20th/
占領期雑誌記事情報データベース:http://prangedb.kicx.jp/

20世紀メディア研究所・第30回研究会:2006年5月20日
占領期メディア・データベースの作成――雑誌から新聞へ
報告:山本武利

T 雑誌データベースの作成
1 科研費(研究公開促進費)「占領期雑誌目次データベース」採択
  期間 2000年〜2004年
  2000年度分:2001年10月 CD-ROM作成
  2000年、2001年度分:2002年11月 インターネット公開
  2000〜2004年:2006年2月 完成にともなう196万件全面公開
2 サーバーとドメイン
  2002年2月〜2006年3月 prangedb.jp
  2006年4月〜 http://prangedb.kicx.jp/
3 仕様
  全雑誌の目次(タイトル、執筆者)の入力
  小見出しの入力

U 新聞データベースの作成
1 2004年 科研費(萌芽研究)
  「占領期新聞情報データベース作成への新聞紙面データベース化パターンの構築」の採択
2 科研費(研究公開促進費)「占領期新聞記事データベース」の採択
  期間 2006年〜2011年(予定)
  2007年〜  インターネット公開(予定)
3 サーバー
  雑誌データベースとの統合検索
4 仕様
  日本新聞協会加盟120紙の記事、広告のデータベース
  リード、冒頭100字、記事中人名など固有名詞の入力

V 20世紀メディア研究所
1 開設 2001年6月 新宿区西早稲田2−1−23 パシフィック西早稲田213号室
2 移転 2005年7月 新宿区西早稲田2−1−21 荒井ビル
3 再移転 2006年6月中旬
  新住所:新宿区西早稲田1−6−1早稲田大学1号館現代政治経済研究所気付
  電話03−5286−1988
  ホームページ http://www.waseda.jp/prj-m20th/
  アドレス m20th@list.waseda.jp

W 20世紀メディア研究会(公開)
1 2001年10月27日:第1回研究会
2 2006年5月20日:第30回研究会

X 占領期雑誌研究会(非公開)
1 2002年5月9日:第1回研究会
2 2005年12月17日:第21回研究会
3 2006年7月:山本武利編『占領期文化をひらく――雑誌の諸相』
  (早稲田大学出版部)刊行(予定)

Y 記念講演会等
1 2003年11月22、23日:
  国際シンポジウム:東アジアにおけるメディアとプロパガンダ―政治・文化史への新視覚
2 2004年5月13日:
  第1部 中曽根康弘元首相講演会:国際情勢と小泉内閣
  第2部 公開研究発表会:占領期データベースからの新発見と分析
3 2005年1月21日:
  講演会・シンポジウム:PHPと松下政経塾――松下幸之助の戦後ビジョンと実践
4 2006年4月9日:講演会・シンポジウム:占領期の雑誌メディアをひらく
  記念講演:鶴見俊輔 若き哲学者の占領期雑誌ジャーナリズム活動
  シンポジウム:占領期雑誌の諸相

Z 研究誌『Intelligence(インテリジェンス)』
     編集・発行 20世紀メディア研究所
     発売 紀伊國屋書店 定価 1,800円
  1号 戦時期・占領期の一次資料による研究調査の現在:2002年3月23日
  2号 通信と暗号の情報戦:2003年3月13日
  3号 占領期研究の成果とプランゲ文庫:2003年10月30日
  4号 東アジアのメディアとプロパガンダ:2004年5月13日
  5号 中国・台湾のメディアと広告:2005年1月17日
  6号 現行憲法への新しい視点と分析:2005年11月17日
  7号 鶴見俊輔と占領期雑誌ジャーナリズム
      映画史と政治・社会:2006年7月(予定)

占領期雑誌記事情報データベースのドメイン変更のお知らせ

以下のドメインに変更します。

http://prangedb.kicx.jp/       

20世紀メディア研究所

『メディアのなかの「帝国」』の刊行

岩波講座『「帝国」日本の学知』は2月24日に第1回配本がされています。それについては、3月19日の『日本経済新聞』が“「帝国」日本支えた知”として、次のように紹介しています。

  植民地帝国の道を進んだ近代日本と、それを理論面で支えた様々な学問との関係を読み解くシリーズ『「帝国」日本の学知』(全八巻、岩波書店)の刊行が始まった。編集委員は山本武利・早稲田大学教授ほか。既刊の第一巻『「帝国」編成の系譜』(四千八百円)では植民政策学の形成、植民地期の台湾などの法学界の実態などに注目する。次回は第四巻『メディアのなかの「帝国」』(二十四日刊行)。

 その第2回配本の第4巻は山本武利の編集担当です。各章のタイトルと執筆者は以下のようになっています。

 序 「帝国」を担いだメディア  山本武利
  「帝国」日本の新聞学  土屋礼子
  徳富蘇峰と権力政治家  佐々木隆
  体制変革と情報戦  加藤哲郎
  総合雑誌の盛衰と編集者の活動  植田康夫
  同盟通信社の「戦時報道体制」  里見 脩
  「帝国」とラジオ  川島 真
  「外地」の映画ネットワーク  川崎賢子
  日本軍のメディア戦術・戦略  山本武利
  付録 メディア関連年表、文献解題
   土屋礼子、川崎賢子、小林聡明、馬 挺、林恵玉
 
△詳しい内容はこちらへ

占領期雑誌データベースから個人歌集の編纂

山本武利は母山本貞子の短歌61首(雑誌『潮汐』、『晩鐘』所載)をまとめた『山本貞子初期作品集』を3月24日に出しました(非売品)。

占領期雑誌記事情報データベース完成記念 講演会・シンポジウム

プランゲ文庫所蔵の雑誌記事データベースは完成し、
193万余のデータベースをすでに公開しています。
それを記念して、鶴見俊輔氏をお招きして、以下の講演会・シンポジウムを開催いたします。
月例研究会もかねております。皆様のご参加をお待ちいたします。

■占領期雑誌記事情報データベース完成記念 講演会・シンポジウム■
     ――占領期の雑誌メディアをひらく――

主催:20世紀メディア研究所/早稲田大学現代政治経済研究所
日時:2006年4月9日(日曜日)午前10時〜午後5時40分
場所:早稲田大学国際会議場
参加費:無料

事務局・連絡所:早稲田大学現代政治経済研究所(Tel 03-3204-8960)
20世紀メディア研究所 E-mail:m20th@luck.ocn.ne.jp  Fax:03-3205-1939

△詳しい内容はこちらへ

『延安リポート』ようやく刊行

山本武利編訳、高杉忠明訳で『延安リポート―アメリカ戦時情報局の対日軍事工作』が二月二四日に岩波書店から刊行されることになりました。同書は一九八六年〜八年の訪米時に山本がアメリカ国立公文書館で収集し、十年がかりで整理、分析を進めていた七一号全文の翻訳です。

第二次大戦末期、アメリカ軍事視察団が延安を訪ねました。アメリカによる初めての毛沢東の認知です。日本兵捕虜を使って心理戦争、プロパガンダ戦争を進める八路軍の戦術・戦略に多大な関心を示すアメリカに、中国共産党は積極的に情報を提供しました。一年足らずの蜜月時代を反映した本書には、長く秘されていた毛沢東や中国共産党の対日、対米戦略の本質や実態が示されています。

 土屋礼子氏がアメリカ国立公文書館で収集されていたビラのうち、本書に関連するものが多数掲載されています。

  A五版、上製カバー・八九六頁、定価一五七五〇円

岩波書店による同書の紹介

公開セミナー「プランゲ文庫をめぐる新展開
―日本占領期出版物の継承と発展―」のご案内

厳しい寒さが続いておりますが、ご健勝のことと存じます。

1月〜3月は、大学の入試等の関係もあり、定例の研究会はお休みとさせて頂きます(したがって、一部にお知らせしました1月 28 日の研究会は中止となります)。

4月9日(日曜日)にデータベース完成記念の講演会と特別研究発表会を早稲田大学国際会議場で開催の予定です。

詳しくは、改めてご連絡をさせて頂きますが、どうぞ、よろしくご予定おき下さい。

なお、2月 16 日に国立国会図書館で開催されます「プランゲ文庫に関する公開セミナーのお知らせ」をお届け致します。

研究所の山本武利所長も講演の予定です。

予約が必要ですので、早めにお申し込み下さい。

△詳しい内容はこちらへ

研究会で発表されたテーマのレジュメを公開します    

※ 例会で発表されたテーマのレジュメの一部は、20世紀メディア研究所のホームページ[研究所活動]でご覧いただけます。 今後できるだけ、発表者のご協力を得て、発表のレジュメを掲載していきます。

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