切腹申付る者也聞くよりはつと驚く奥方並居る諸士も顔見合せ軻果たる斗也判官動ずる氣色もなく御上意の趣委細承知仕る扨是からは各の御苦労休めに打くつろいで御酒一つコレ〱判官だまりめされ其方が今度の科はしばり首にも及ぶべき所お上の慈悲を以て切腹仰付らるゝを有がたう思ひ早速用意もすべき筈殊に以て切腹には定つた法の有物それに何ぞや当世様の長羽織ぞべら〱としらるゝは酒興か但血迷ふたか上使に立たる石堂殿此薬師寺へぶ作法ときめ付ればにつこと笑ひ此判官酒興もせず血迷ひもせぬ今日上使と聞よりもかくあらんと期したる故兼ての覚悟見すべしと大小羽織を脱捨れば下には用意の白小袖無紋の上下死装束皆々是はと驚けば薬師寺は言句も出ず顔ふくらして閉口す右馬之丞指寄て御心底さつし入則拙者検使の役心静に御覚悟アヽ御親切忝し刃傷に及びしより斯あらんとは兼ての覚悟うらむらくは館にて加古川本蔵に抱留られ師直を討もらし無念骨髄に通つて忘れがたし湊川にて楠正成最期の一念によつて生を引といひしごとく生かはり死かはり鬱憤を晴らさんと怒の声と諸共にお次の襖打たゝき一家中の者共殿の御存生に御尊顔を拝したき願ひ御前へ推参致さんや郷右衛門殿お取次と家中の声々聞ゆれば郷右衛門御前に向ひいかゞ斗
切腹申付クる者也聞くよりはつと驚く奥方並居る諸士も顔見合せ軻果たる斗也判官動ずる氣色もなく御上意の趣キ委細承知仕る扨是からは各の御苦労休めに打くつろいで御酒一つコレ〱判官だまりめされ其方が今度の科はしばり首にも及ぶべき所お上の慈悲を以て切ツ腹仰付ケらるゝを有がたう思ひ早速用意もすべき筈殊に以ツて切ツ腹には定つた法の有ル物それに何ンぞや当世様の長羽織ぞべら〱としらるゝは酒興か但シ血迷ふたか上使に立たる石堂殿此薬師寺へぶ作法ときめ付クればにつこと笑ひ此判官酒興もせず血迷ひもせぬ今日上使と聞よりもかくあらんと期したる故兼ての覚悟見すべしと大小羽織を脱捨れば下には用意の白小袖無紋の上下死装束皆々是はと驚けば薬師寺は言句も出ず顔ふくらして閉口す右馬之丞指寄ツて御心底さつし入則チ拙ツ者検使の役心静に御ン覚悟アヽ御親切忝し刃傷に及びしより斯あらんとは兼ての覚悟うらむらくは館にて加古川本蔵に抱留られ師直を討もらし無念骨髄に通つて忘れがたし湊川にて楠正成最期の一念ンによつて生を引といひしごとく生キかはり死かはり鬱憤を晴らさんと怒の声と諸共にお次の襖打たゝき一家中の者共殿の御存ン生に御尊顔を拝したき願ひ御前ンへ推参致さんや郷右衛門殿お取次キと家中の声々聞ゆれば郷右衛門御前に向ひいかゞ斗
地:聞くよ,ハル:聞くよ地/ハル
ウ:並ウ
フシ:軻フシ
地:判官,ハル:判官地/ハル
ウ:御上意のウ
色:仕る色
詞:扨詞
地色:上使に,ハル:上使に地色/ハル
ウ:薬師寺へウ
色:につこと色
詞:此詞
地:大小,ハル:大小地/ハル
中:捨れば中
ウ:下にはウ
ウ:死装束ウ
ウ:薬師寺はウ
フシ:顔フシ
地:右馬之丞,ハル:右馬之丞地/ハル
色:指寄て色
詞:御心底詞
地:師直を,ウ:師直を地/ウ
ハル:無念ハル
色:忘れ色
詞:湊川にて詞
地:怒の,ハル:怒の地/ハル
ウ:お次のウ
中:打たゝき中
詞:一家中の詞
地色:家中の,ウ:家中の地色/ウ
ハル:郷右衛門ハル
色:御前に色
詞:いかゞ詞