成果報告

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2016年度スポーツ庁委託事業 公開シンポジウム抄録

 

プロジェクト紹介と事業報告

田口 素子
早稲田大学スポーツ科学学術院 教授 / プロジェクトリーダー

 相対的エネルギー不足が続くことにより、女性アスリートの健康問題やパフォーマンスの低下を引き起こすことが知られている。女性アスリートの健康問題として、主に低エナジー・アベイラビリティー、機能性視床下部性無月経、骨粗鬆症の3つが挙げられ、「女性アスリートの三主徴」と呼ばれているが、これまで日本人の女性アスリートにおける相対的エネルギー不足が引き起こす健康問題については検討されてこなかった。
本プロジェクトでは、日本人の女性アスリートを対象に相対的エネルギー不足状態がスポーツ・健康のリスク及びパフォーマンスに及ぼす影響について調査を実施し、その結果をリーフレットにまとめた。
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女性アスリートのトレーニングとコンディショニングの課題:大学女子競泳選手の指導現場から

森山 進一郎
東京学芸大学教育学部 准教授

 競技力を効果的に高めるためには、パフォーマンスの背景にある指標の関係を理解し、分析することが有効だろう。とりわけ水泳、ボートや陸上の走運動のように一定の動作を繰り返し行う競技では、単位時間あたりの動作頻度は体力的要因、1かき(けり)で進む距離は技術的要因に影響を受けるため、これらの指標はパフォーマンスの背景を分析する際に有用だろう。専門とする競技種目の代謝特性を把握することも、日々のトレーニング効果を効率的に高めるために重要だろう。
筆者が長年指導に携わった競泳チームでは、血中乳酸濃度測定を定期的に実施し、泳動作の指標と合わせてパフォーマンスの変化を分析してきた。その結果、大学入学後に劇的にパフォーマンスを向上させた選手に共通して見られた変化としては、体力的要因の向上と、体脂肪率の減少および除脂肪体重の増加が挙げられる。体脂肪率を5%程減らし、除脂肪体重を1〜2kg程増加させた選手の中には、全国大会に出場できるかどうかのレベルから全国大会で決勝に進むまでの泳力を身につけた者も複数いた。この、いわゆる「肉体改造」の背景には、栄養に関する深い知識を持つ専門家のサポートによる栄養学的知識の理解と望ましい食生活の実践という大改革があった。
一方、女性特有の月経周期とパフォーマンスとの関係を検討した結果、個人差はあるものの、月経周期の影響が何かしらのパフォーマンス変動の要因となっている可能性が示された。女子選手のパフォーマンスのすべてを月経周期で説明できるわけではないが、指導者も選手自身も月経周期とそれに伴う心身およびパフォーマンスに見られる傾向を把握しておくことは、トレーニングおよびコンディショニングの観点からも意味のあることと言えよう。
まとめとして、女性アスリートがより高い競技パフォーマンスを獲得するためには、選手と指導者とが必要に応じて相互的な関わりを持ちつつ、身体組成の変化や月経との関わり方については最低限抑えておくべき事項といえるのではないだろうか。

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女性アスリートのための栄養摂取ポイント

長坂 聡子
早稲田大学スポーツ科学研究科 管理栄養士 / 公認スポーツ栄養士

 近年女性アスリートにおいて無月経を含む月経異常や疲労骨折などの問題が報告されている。これらの背景には幼少期から高強度トレーニングを行っていたり、パフォーマンスを向上させるために過度なウエイトコントロールを行っていることなどがある。
トレーニングなどにより消費するエネルギー量よりも食事などから摂取するエネルギー摂取量が少ない状態が長期間続くと、トレーニングに必要なエネルギー量が不足するだけでなく、貧血や月経異常などの原因となりパフォーマンスの低下や健康障害を引き起こす危険性が高くなる。
これらを防ぐための栄養摂取のポイントとしては、アスリートの食事の基本形である主食(ご飯、パン、麺類など)、主菜(肉類、魚類、卵、大豆製品などを使った料理)、副菜(野菜、海藻、きのこ、芋類などを使った料理)、牛乳・乳製品(牛乳、ヨーグルト)、果物の5つのカテゴリーを毎食そろえた食事を摂取することである。そうすることでさまざまな栄養素が摂取でき、ある程度の食事の質を確保することができる。貧血を予防するためにはこの基本形を軸に鉄が多く含まれているレバーや赤身の肉・魚、卵や木綿豆腐(主菜)などの食品や、鉄の吸収を高めるビタミンCが多く含まれている緑黄色野菜や芋類(副菜)、かんきつ類(果物)などを摂取すると良い。
また、ウエイトコントロールの方法として、欠食や炭水化物を摂取しない、野菜しか食べないなど極端な食事制限を行っている女性アスリートも少なくない。アスリートが行うウエイトコントロールはパフォーマンスを向上させることが目的であるため、ただ体重を減らせば良いわけではないことを選手本人が意識することが重要である。適切な減量を行うためには期日や目標の数値など明確な計画を立てること、現状の食事の問題点を把握する必要がある。
自分の目的に合った食事摂取ができているか、体重や体脂肪率の変動、血液検査データなど客観的な情報や疲労度や睡眠状況などの主観的な情報をモニタリングし、適切なコンディショニング方法を選択することがパフォーマンス向上のために重要であると考える。

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ジュニアアスリートのコンディショニング

鳥居 俊
早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授 / スポーツドクター(整形外科)

 2020年東京オリンピック・パラリンピックを前に、国内各地で有望な選手を見つけ出そうというタレント発掘が活発化している。また、競技によっては10代のジュニア期が主力となっており、指導者が発育期の身体や心に関する知識を持つことは重要である。
日本陸上競技連盟ではインターハイ入賞選手を対象にコンディショニングや傷病既往に関する調査をしてきたが、練習を休む日は、0日が約15%、1日が全体の2/3であり、疲労に応じて練習調整をしないとの回答が約15%であった。睡眠時間は7時間の回答が最大で、次いで6時間であり、十分といえない時間であった。貧血は男女とも中2と高校1,2年で多く、高校2年でオーバートレーニングも多くなっていた。女子選手の無月経は高校1年での発生が最も多かった。練習量や強度が変化する高校1年時にさまざまな問題が発生しやすいことが示唆され、この時期は発育の個人差にも配慮してコンディションを良好に整える必要がある。

 
 

女性アスリートの傷害予防と機能的評価

小出 敦也
早稲田実業学校専任 アスレティックトレーナー

 女性アスリートの急性傷害の代表的な例として前十字靭帯損傷が上げられる。その発生頻度は男性に比較すると平均3.5~4倍多く(Arendt, 1999, Ireland ML.2002) 受傷機転としては70~78%は接触がない状況(Olson,2007)でおこり、減速、着地、切り替えしなどの動作で頻発する。女性に多い理由としては解剖学的な要素や女性ホルモン等の影響もあるが、これらを改善する事は実際の現場では難しい。そこで、膝や靭帯に負担のかかる危険な地面との接地方法をさけるために正しい動作を学習したり体力的要素を向上を目的とした傷害予防トレーニングを導入し、傷害の発生リスクを減少する事に焦点を合わせるべきである。前十字靭帯の予防トレーニングの効果は多数報告されていて(Hewett, 1999.Craffa, 1996)、特にジュニア世代に対してのその効果はかなり高い(Myer, 2013)。トレーニングで意識する事は筋量・最大筋力や体幹固定力の増加、神経筋制御や固有知覚など動的バランスの向上、減速や着地などから段階的に切り返しやジャンプ系動作に発展させるプライオメトリックスなどをバランスよく実施する事が重要である。これらのトレーニングや傷害予防運動を実践する事により、前十字靭帯だけではなく様々な急性及び慢性障害の予防、競技力の向上につながると思われる。また選手のコンディションを客観的に評価する方法としては様々な方法があるが、機能的評価方法としてY-バランステストとホップテスト(4種類)を紹介した。どちらのテストも簡易的に測定ができジュニア世代の現場でも導入しやすい。テストスコアで下肢の左右差が大きいと傷害発生リスクが高くなる研究も多数報告されている(Plisky,2006. Reid, 2007. Iguchi, 2012)。定期的に測定を実施して選手の状態を把握したりトレーニングや予防運動に取り組む選手の意識付けにも利用できる。

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女性ジュニアアスリートのこころ:多様な変化を見せるジュニア期にどう関わるか?

今井 恭子
早稲田大学スポーツ医科学 クリニックメンタル部門

 本講演では,「女性」「ジュニア」「こころ」「アスリート」という4つのキーワードを取り上げ,選手育成やコンディショニングの心理的側面に関する話題提供を行った。初めに「女性らしさ」について,脳構造,内分泌機能,社会文化的影響の3つの観点から概観した。脳構造に関しては,性差の有無について包括的な知見は示されていないものの,脳梁の体積が女性は相対的に大きくマルチタスクを得意とするという知見とともに,情報処理において共感や言語コミュニケーションに長けているとする説を紹介した。内分泌機能については,愛着や母性に関与するオキシトシンとエストロゲンの関連性を示唆する研究を紹介した。社会文化的影響については,嗜好性の性差に関する調査研究を引用し,幼少期からステレオタイプ的な物の見方や価値観,社会的役割期待を引き受けている推察が示された。
つづいて「ジュニア」というキーワードでは,思春期ならびに青年期女子の一般的特徴を提示した。身体,認知,情動が加速度的に発達する時期であり,また自分を確立し始める発達課題に直面する背景から,情動のアップダウンや相反する感情を抱えるなど複雑な心性を示す傾向にあり,心の問題と親和性の高い年齢であることが述べられた。
三つ目の「こころ」については,教育や指導場面において危険信号を見逃さないこと,摂食障害や不安障害は女性が好発する疾患であること,配慮ある言葉がけと専門家への橋渡しの役割を認識する重要性が述べられた。
最後に「アスリート」というキーワードの中で,指導におけるポイントをまとめた。1)競技者アイデンティティに偏重することなく,選手である前に人間であり,女性である前提を持つこと,2)一方で「女性は○○である」というステレオタイプ的な見方よりも,個々の違いを見極めて対応するほうが合理的であること,3)意図的に大人扱いすることで,自主性,判断力,問題解決能力を育む働きかけをすること,4)強要から得られるものは少ないことが述べられた。

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