Sphinx


エジプト学研究所の歴史と活動

Click here for English version
英語版は ここ をクリックしてください

はじめに

 早稲田大学のエジプトにおける調査研究は、1966年のゼネラル・サーベイに始まりました。このゼネラル・サーベイの後、1971年には第1回目の本格調査を、ルクソール西岸のマルカタ南遺跡において開始しました。この調査は当時のエジプト考古庁長官モクタール博士のご好意で実現したもので、本来ならばエジプトの調査実績のない日本の調査隊に発掘権が与えられるような状況ではありませんでした。

 その後、幸運にも「魚の丘」の彩色階段の発見、クルナ村貴族墓における 200体のミイラ発見とそのCTスキャニング、そしてコンピューター・グラフィックによる復顔など、調査研究は順調に進みましたが、1978年に、隊長を務めていた川村喜一教授が亡くなり、続いて1980年には形質人類学者でミイラの専門家でもあった小片保教授が亡くなったため、一時調査の継続が危ぶまれました。しかし、故川村教授の先輩たちや同僚たちの支援と早稲田大学当局のたゆまぬ努力により、その危機を乗り越えることができ、今日に至っています。

 その間、私たちは学問的に、科学的にという視点を外れることなく活動し、それに加えて戦後の学術の報告にある学問の大衆化への要望にも応えるべく、報告書だけでなくテレビや新聞、出版において逐次その成果を公表してまいりました。現在、報告書は和文、英文をあわせて30点、関係する出版物は50点を超えております。また教育にも還元すべく、毎回数名の学生を現場に同行することで、実地の教育を達成してきました。

 現在、早稲田大学のエジプト調査は、古代エジプト調査委員会(委員長 文学部教授 菊池徹夫)を核に、エジプト学研究所(主任 人間科学部教授 吉村作治)が中心となって活動しています。現在進行中のプロジェクトとして、(1)ルクソール西岸、王家の谷西谷調査、(2)アブ・シール南丘陵頂部調査、(3)ギザ台地「太陽の船(クフ王の第2の船)」調査、(4)衛星探査によるダハシュール調査、などがあります。どれも10年を目標として活動しており、今後の成果が期待されるとともに、私たちの責任の重さを痛感しています。

 1995年は本格調査開始25年になります。10年を1期と考えますと第3期になり、後継者の育成、今、手がけているプロジェクトの完成、そして第4期への継承と責任は重くなるばかりでありますが、私たちは最善の努力をするつもりです。これからも皆様のご理解とご支援を切にお願い申しあげます。

エジプト学研究所 主任 吉村 作治


エジプト学研究所による活動と歴史

 早稲田大学のエジプトにおける調査研究は、1966年のゼネラル・サーベイに始まった。このゼネラル・サーベイは、1966年10月から1967年3月にかけて、故川村喜一教授(当時講師)と早稲田大学の5名の学生によって行われ、この調査隊の成果が、今日の早稲田大学のエジプト調査隊の基になった。その時収集した数多くの遺物と撮影した写真は、早稲田大学のエジプト学研究所に保管されている。

 このゼネラル・サーベイの後、1972年には第1回目の本格調査を、ルクソール西岸のマルカタ南遺跡において開始した。以来、考古学、人類学、建築学、歴史学などのメンバーによる調査隊を毎年派遣し、焦らず、ゆっくりと地道な調査を続けてきた。

 さて、絢爛豪華なエジプト古代文明の調査、研究は、広くそして深い。私たちは、先ず、古代文明に謙虚であらねばならぬという前提から、直ちに王朝文化の遺跡調査に入らず、先王朝文化をテーマとし、ルクソール西岸のマルカタ遺跡に最初の鍬をおろした。その結果、先王朝時代の遺物を発見したが、その上層にローマ時代の建物址のあることが判明し、この発掘を3次にわたって実施した。またこれに平行して砂漠中の旧石器文化の調査を行い、大量の旧石器を採集した。

 そして、この第3次調査も終りに近づいた1974年1月中旬、マルカタ南遺跡の一角にある「魚の丘」から、ゆるやかな階段が発見された。その踏面に、彩色された3種類の等身大の人物像が描かれていたのである。土地の人びとが「魚の丘」と呼称していた小さな丘は、実は、第18王朝アメンヘテプ3世によって建設された彩色階段を伴う建物址であった。このニュースは全世界に伝り、世界的発見として評価され、私たちは否応無しに王朝文化と取り組まねばならなくなった。一方、ルクソール西岸の王家の谷の入口近くに早稲田大学の研究施設として「ワセダ・ハウス」が建設され、半永久的な拠点が確保された。さらにローマ時代の建物址に近い井戸址の発掘を行い、さまざまな出土品があった。

 1980年よりルクソール西岸で、新王国時代の貴族墓の発掘調査及び清掃作業が開始された。これまでにアル=コーカ地区、シャイク・アブド・アル=クルナ地区、ドゥラ・アブ・アル=ナガ地区で清掃と調査を行っている。これらの墓の清掃調査と並行して、比較資料収集のためクルナ村の貴族墓の観察調査を行った。

 1985年には新王国時代第18王朝において最も権勢を誇ったアメンヘテプ3世が建造した王宮の主要建造物と彩壁画の再調査を開始した。

 1989年からは王家の谷西谷にて、アメンヘテプ3世王墓とその周辺の調査が開始された。

 1987年にはギザ台地のピラミッド調査を開始した。調査は先端科学技術を応用し、遺跡を破壊することなく進めている。1990年以降、調査地をギザからアブシールへ移した。


エジプト学研究所 (institute-egyptology@list.waseda.jp)


早稲田大学エジプト学研究所ホームページへ戻る


Copyright (C) Institute of Egyptology, Waseda Univeristy
All rights reserved.

(First drafted: 15 February 1996)
(Last revised: 25 January 2000)