クフ王第二の船調査プロジェクト

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ギザ・クフ王第二の船調査

 1987年、早稲田大学ピラミッド調査隊はクフ王の大ピラミッド南側で第2の太陽の船の存在を確認しました。これは現存する世界最古の大型木造船です。全長40mに及ぶ第1の船は1954年に発見され、復元後、博物館に展示されています。今回そのピット(竪坑)の西隣で発見されたのが第2の船で、1987年10月、アメリカ隊は石の蓋に穴を開けファイバースコープで船の様子を撮影しました。そして遂に1993年1月、早稲田隊はその穴にマジックハンドを挿入し、木片サンプリングに成功しました。現在はこの第2の太陽の船の発掘、復元に向けての研究が進められています。

「クフ王第2の船」発掘復原プロジェクトの経緯
1. 復原された「クフ王第1の船」について
 古代エジプトでは王の葬祭に伴い、船を捧げる習慣がありました。その船は一説では、王が死後天空を駆けるために用いる「太陽の船」であるとされています。「クフ王の船」とは、古代エジプト第4王朝クフ王(紀元前2550年頃)に捧げられ、同王のピラミッド(カイロ市・ギザ)南側足下の石坑に埋蔵された、2隻の木造船のことを指しています。
 このうちの1隻(以下「第1の船」)は1954年に発見されました。船は649の部材に分解され、良好な保存状態で石坑内に収納されていました。エジプト考古庁は28年の歳月をかけて発掘、復原を行い、「第1の船」(全長42.32E、最大幅5.66E)を蘇らせました。約4500年を遡るこの世界最古の木造船は、ピラミッド脇の博物館に展示され、世界の注目を集めています。
2. 「クフ王第2の船」の発掘へ向けて
 一方「第2の船」に関しては、早稲田大学エジプト学研究所が1987年、電磁波レーダーを用いた地中探査により、「第1の船」石坑脇の同様の石坑内に木材反応を確認、翌年アメリカ隊が石坑内部を小型機器で視認しました。そして実際の「第2の船」発掘、保存、復原は、エジプト考古庁と早稲田大学エジプト学研究所が共同で行うこととなり、現在準備が進められています。
3. 本一連研究の目的と方法および本稿のテーマ
 「第2の船」の発掘、復原を行うに当たっては、類例である「第1の船」の現行復原を検証する必要があります。我々は当時「第1の船」の復原を指揮したアーメド・ユセフ・ムスタファ氏から、彼が個人的に作成していた「第1の船」全649部材の記録(形状スケッチ、寸法、特記事項を記)のコピーを提供して頂きました。そしてこれをもとに1/20スケールの模型を作製し、一つ一つの部材の納まりを検討しながら、「第1の船」の復原方法を改めて検証していきました。
 ここではその過程で新たに発見され、復原検討の重要な指標となった、部材に印されたヒエラティック文字による番付システムについて簡単に触れることにします。
4. 符合システムのヒエラティック文字(既往研究)
 「第1の船」の部材中、舷側板(36部材)とその継ぎ目を内側から覆う目板(257部材)に付されたヒエラティック文字については、既往研究で概要が紹介されています。それらは2種の文字からなり、両者の符合により多数ある目板の位置が正確に指定されています。2種の文字の1つは、船の平面を4分割して各々に位置する目板を分類する記号(図1中の「+」=jmj-wrt、他にt3-wr、w3dt、jmj-ndst(or 4)、以下第1記号と呼称)、もう1つはより詳細な位置を示す各目板固有の文字です。
5. 番付システムのヒエラティック文字
 しかし今回得たムスタファ氏の資料中には、上述以外にも未報告のヒエラティック文字が多数(134部材221箇所)記述されていました。そのうちの半数以上(89部材138箇所)は、第2記号が数字であり、文字同士の符合とは異なるシステムを示しています。これらが「第1の船」復原に際して考慮に入れられた形跡はありません。以下に甲板梁、覆舎梁を例に挙げ、これを分析しましょう。
甲板梁第50列目 覆舎梁第9列目
 (jmj-ndst・14・phwj) (w3dt・jmj・3・s3w)
6. 甲板梁のヒエラティック文字と部材の配列
 ムスタファ氏から教示を受けた舷檣間の甲板梁(50列51部材)の配列に、残存するヒエラティック文字(26部材39箇所)を当てはめ、配列に修正を加えた結果、次のことが分かりました。
A: 船首側から船尾側へjmj-wrt(推定18列)、t3-wr(同6列)、w3dt(同12列)、jmi-ndst(同14列)の順(目板と異)の第1記号で部材はグループ分けされます。
B: 各グループの中で、船首側から順に1、2、3、・・・の番号が、第2記号として付されます。
C: 最船尾側の部材には、付属文字ph(「船尾」を意味する言葉phwjの省略形)が印されます。
D: 塗料、刻線2種の表記法による2箇所の番付(表1中の^_、内容は必ずしも一致せず)が併存します。

7. 覆舎梁のヒエラティック文字と部材の配列
 当初天幕を張っていたと思われる覆舎は、桁の仕口から甲板室部に18本の梁を架けていたと推定されます。出土した梁(23部材)と甲板室の寸法からこの18本を特定し、残存するヒエラティック文字(15部材23箇所)を当てはめた結果は、次の通りです。
A: 2箇所に記されたヒエラティック文字のうち片方は、船首側から順にt3-wr(推定9列)、w3dt(同3〜4列)、jmj-ndst(同6〜5列)の順の第1記号で、部材をグループ分けしています。
B: 番号はグループ内での固有番号ではなく、通し番号となっています。番号は船尾側から船首側へと振られます。
C: 最船尾側の部材に付属文字phが、また第1記号の変わる部材にはw3dt・jmj・3・s3w(すなわち3つの記号のうちのw3dtが担当、の意)が印されます。
D: 塗料、刻線2種の表記法による2箇所の番付が、一部に併存します。両者の番付内容は異なります。

4.結論
 我々がここで新たに紹介し、分析したヒエラティック文字による番付システムは、
A: jmj-wrt、t3-wr、w3dt、jmj-ndst(or 4)の4つの第1記号は、船の1/4区画を絶対的に示すのではなく、各種部材をグループ分けし、その位置を記号に内在する序列(例えば縦一列に並ぶ甲板梁では、船首側からjmj-wrt→t3-wr→w3dt→jmj-ndst)で相対的に示す。
B: 第2記号の番号は、グループ内または全体内での部材の配列を示す。
C: 第1・2記号に付加される付属文字には、番付の最船尾側を表すphや、第1記号の変化する境を示す○・jmj・□・s3wj(□個の記号のうち○が担当)があり、それぞれ番付システムをより明確なものにしている。
D: 塗料、刻線2種の表記法による、内容の異なる2箇所の番付が併存するが註8、両者は同じ配列を示す。
という内容であることが明らかとなりました。
 このヒエラティック文字や部材の寸法形状をもとに現行の「第1の船」復原を検証した結果、我々は異なる復原像に到達するのだが、それは次稿で説明したいと思います。なお本稿の研究には白井裕泰、近藤二郎、西本真一、廣田吉三郎、柏木裕之、和田浩一郎、アシュラフ・アーメド・アッザム各氏の協力を得た。また貴重な資料を提供してくれたムスタファ氏に、謝意を表します。

註1 : S.Yoshimura, T.Nakagawa, S.Tonouchi, K.Seki, "Non-Destructive Pyramid Investigations (1): By Electromagnetic Wave Method", Studies in Egyptian Culture No.6, 1987, p.6, 61
註2: "National Geographic, April 1988", pp.513-551
註3: 発掘に関する報告書(M.Z.Nour, M.S.Osman, Z.Iskander, A.Y.Moustafa,“The Cheops Boat - Part 1”, 1960)は刊行されているが、復原報告書は未刊で、その詳細は不明であった。
註4 : A.M.Abubakr, A.Y.Mustafa,‘The Funerary Boat of Khufu’,“Beitraege zur Aegyptischen Bauforschung und Altertumskunde”, 1971 , p.12 ; N.Jenkins,“The Boat Beneath The Pyramid”, 1980, pp.87-88 ; P.Lipke, “The Royal Ship of Cheops”, 1984, pp.82-87
註5: この4文字については、右舷、左舷、船首、船尾をさす船舶用語に由来するという説(W.Helck, "Die Handwerker- und Priesterphylen des Alten Reiches in Aegypten", Welt des Orients 7, 1973, pp.2-5)、建造を分担する4つの大工集団の表象とする説(A.M.Roth, "Egyptian Phyles in the Old Kingdom", 1991, pp.9-52)がある。
註6: こうした形式のヒエラティックは、古代エジプトの他の遺構でも若干数見られるが、その番付システムは未だ明確に分析されていない。
註7: ヒエラティック文字を当てはめた結果、現行復原の第9列目と45列目の甲板梁が入れ替わることが分かった。両者の寸法は同じである。
註8: 併存する2種の番付は、おそらく異なる時期(例えば部材製作時と組立時)に、配置の指示を入念に行うため印されたと思われる。


 早稲田大学理工学総合研究所プロジェクト、「古代エジプト太陽の船・文化財保存研究」のページもご覧ください。


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(First drafted: 15 February 1996 / Last revised: 25 January 2000)