ダハシュール北部予備調査(1996春期)

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ここで掲載している内容は、西本真一・吉村作治・近藤二郎・長谷川奏 ・中川武の執筆による1996年日本建築学会大会論文梗概集、「ダハシュール北部で発見された新王国時代の建造物について 1」、pp. 391-2などをもとに再構成したものです。

ダハシュール北部予備調査(1996春期):

ダハシュール北部で発見された新王国時代の建造物について、その1

1、はじめに
早稲田大学古代エジプト調査隊はエジプト考古庁よりダハシュール北部の調査権を得、当地にて1996年3月に予備調査をおこないました(隊長:吉村作治早稲田大学人間科学部教授)。選地は東海大学との合同調査による衛星探査の結果に基づいている点が大きな特色です。

Investigation 探査班による調査 Investigation 探査班による調査


清掃の結果、日乾煉瓦による壁体基礎部が発見され、その平面構成や表土より採取された遺物などから、見つかった遺構は新王国時代後期に属するトゥーム・チャペルであると推定されています。この地域で見つかった新王国時代の文字資料についてはいくつかの報告例がありますが、同時期の大規模な建築遺構が発見されたのは初めてであり、ここでは当遺構に関する簡単な報告をおこないたいと思います。

トゥーム・チャペルに関する説明はこちらです。

2、出土建築遺構の残存状況
北と南に位置するワディに挟まれて、調査地のほぼ中央には高さ2〜3mほどの丘陵が見られます。

Excavation site at Dahshur敷地図1 Location Map at Dahshur敷地図2


Location Map at Dahshur敷地図3 Location Map at Dahshur敷地図4


建築遺構はこの頂上付近における清掃によって発見されました。詳細は発掘調査を待つ必要がありますが、いずれの日乾煉瓦造壁体も組積の最下部数段が残存するに過ぎないように思われます。かろうじて床面の様相をうかがわせる場所はごく一部分に限られ、戸口の痕跡は今までのところ見つかっていません。おそらく現存する壁体の大部分は床下の基礎部を構成していたものであると判断されます。現地で作成された平面の略図を以下に示します。

A building of the New Kingdom found at Dahshur, plan showing the present state日乾煉瓦造建築、現状平面図


A1〜2は並行して配置される壁体であり、外側は輪郭を比較的明瞭に残す一方、内側は甚だしく損壊していました。壁体B1〜2も同様に東西方向に並行して走っていますが、A1〜2の場合とは逆に内側の方が残存状態が良好です。

A building of the New Kingdom found at Dahshur, looking from east日乾煉瓦造建築、東より望む


壁体B1、B2と直交してCとDが配置されており、これらの壁体に囲まれる区画Eでは多少の起伏がうかがわれるものの、平坦に近い形状となっています。ここでは石灰岩片の散布がいくらか見られました。壁体A1、A2で挟まれる場所とEとでは高低差があり、Eの方が1mほど高くなっています。断続する壁体F1〜3はCやDと同様に壁体B1、B2と直交し、その厚さはほぼAと同じで他と比べて薄く、またB1〜2、D、F1〜3で囲まれる区画Gは正方形をなすように思われます。Gの北東隅部は丘陵の頂上に相当するやや平坦な場所であって、区画Eよりも高さはさらに1m弱ほど上がっていました。ここでも石灰岩片の散布が観察されました。区画Gの中央から少し西方に外れては大きな窪みが見られました。同様の窪みは調査地に点在していますが、ここでは落ち込みの落差が特に大きい点が注目を惹きます。
F1〜3の西にもH1〜2、Iに示す壁体がうかがわれました。いずれも今まで述べた壁体と並行あるいは垂直の方向に配されており、壁厚は幾分薄いのですが、当遺構に属するものとみなされます。地形はこの地点から西に向かってなだらかに下る傾向にありました。

3、復原考察
並行して配置される壁体A1、A2においては外面の方が、また壁体B1、B2では内面の方が良好に残存していた点は、該当するそれぞれの壁面が風化作用を受けにくい状態にあったことを示しています。同じ壁体の内側と外側で残存状況が異なるのは、各々の壁面が土に覆われていたか否かの違いによって生じたと推定することができ、地形を考慮に含めると区画Gを最も床高の高い場所とする建物が想定され、B1とB2は下部において擁壁の役目を果たす壁体であったと考えられます。
他方、壁体A1〜2は外側が土に覆われていたはずであり、内側が自然の風化作用を受ける状況にあったと推定されます。壁体B1〜2、C、Iによって囲まれる長方形平面の建築を念頭に置き、その長軸上に東方に延長されている性格を勘案するならば、壁体A1〜2はこの建物の導入路を形成していたと想定することができ、この導入路から前室、広庭、その奥に並べてしつらえられた3つの部屋という平面構成を仮想する際、新王国時代の典型的なトゥーム・チャペルを思い起こすことができるでしょう。ただし、西側に並ぶ3つの部屋の平面形状の復原に関しては、今後の検討を要します。

A building of the New Kingdom found at Dahshur, tentative reconstrucion, plan 日乾煉瓦造建築、復原図


導入路(長さ約10m)を含めた長さがおよそ47m、幅が約17mという規模は、最大規模を誇る新王国時代第18王朝末期のホルエムヘブのトゥーム・チャペル(長さ約47m、幅約15m)に匹敵します。ダハシュールの遺構は現在、日乾煉瓦造による壁体が残存するのみですが、第18王朝末期のツタンカーメンによる遷都以降から第19王朝ラメセス2世時代前期までに至るメンフィスにおける類例では、煉瓦壁体に石灰岩製の薄版を表装に用いることが指摘されており、ラメセス2世時代後期以降は石灰岩を二重に積んだ壁体の空隙に同じ石材のかけらを充填する建築工法へ変化すると言われています。周辺に散乱していた土器片から推定される年代は、煉瓦壁体に石灰岩の版を表装石として貼る上述の時期と矛盾しません。やはり近辺より2点発見されたシャブティ像片もまた、第19王朝初期、もしくはそれより若干時期が遡る特徴を伝えています。
さらに壁体B2の西端では、損傷を受けているために文字の内容は読めなかったものの、押印煉瓦がひとつ発見されました。

Stamped Brick 押印煉瓦


以上の状況から考える限り、当建造物は第18王朝末期から第19王朝初期にかけての遺構と思われ、当初は石灰岩の薄版によって壁体が覆われていたと推定されます。
遺構例からは、広庭を連想させる区画Gに列柱がかつて立てられていたと見られ、またここでうかがわれる大きな窪みは玄室へと続くシャフト入口の位置を示唆するように思われます。後方に置かれるべきピラミディオンに関しては詳細が不明であるが、壁体Iの西方に目立った形跡が観察されないため、あるいは奥室中央の上に存在した可能性が指摘されるでしょう。
メンフィスにおける大型のトゥーム・チャペルと平面が酷似する一方で、床高を徐々に高めている断面の構成は他では見ることができず、きわめて特異です。敷地は古王国・中王国時代に建造されたピラミッド群に囲まれており、それらを見渡すことのできるダハシュールの景観を充分に踏まえて計画された建築であったことが予想されます。

Excavation Site 調査地遠望 Pyramid of Senwosret III センウセルト3世ピラミッド


Bent Pyramid スネフェル王の屈折ピラミッド North Pyramid of Sneferu スネフェル王の赤ピラミッド


近隣からは新王国時代に属する遺構例が報告されていないことも併せ、資料的価値はきわめて高いとみなされます。
この他にもいくつかのシャフト墓が見つかりました。詳細は今後の調査に委ねられています。

Shaft Tomb No. 8 シャフト墓8 Shaft Tomb No. 8 シャフト墓8


Shaft Tombs Nos. 13 and 14 シャフト墓13、14 Shaft Tomb No. 13 シャフト墓13 Shaft Tomb No. 14 シャフト墓14


Plan and Sections of Shaft No. 14 シャフト墓14平面・断面 Shaft Tomb No. 14 シャフト墓14 Shaft Tomb No. 14 シャフト墓14


Plan and Sections of Shaft No. 15 シャフト墓15平面・断面 Investigation of Shaft Tomb調査風景 Investigation of Shaft Tomb 調査風景


また、調査地からは多数の遺物も見つかっています。この中にはネクロポリス・シールの断片と思われるもの、ウシャブティの断片なども含まれています。

Selected Finds 出土遺物 Inscribed Stone 聖刻文字付石片 Necropolis Seal ネクロポリス・シール


Sherd with Incised Mark 刻み文字付土器 Ostracon with Human Figure 人物像付陶片


Painted Sherd 彩文土器


Alabaster Vessel アラバスター製容器 Glass Vessel ガラス製容器 Object in the shape of ear 耳型木片


Amulet アミュレット(護符) Shabti ウシャブティ Shabti ウシャブティ


4、小結
ダハシュール北部で発見された建築址は第18王朝末期あるいは第19王朝初期のトゥーム・チャペルであると考えられ、被葬者については今後の調査によって明らかにされるでしょう。アマルナからメンフィスへのツタンカーメンによる遷都以降の状況を考察する上で重要な鍵を与える遺構であり、今後の調査の進展が待たれます。


ご意見・ご質問は早稲田大学エジプト学研究所 (institute-egyptology@list.waseda.jp)、あるいはこのページの保守管理者である早稲田大学理工学部建築学科助教授、西本真一 (nishimot@mn.waseda.ac.jp) 宛にお寄せください。


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(First drafted: 15 February 1996)
(Last revised: 25 January 2000)