
ヒト赤血球の酸素親和度(P50: 酸素が50%結合飽和するときの酸素分圧)は、37℃で約28 Torrです。全身の酸素消費量は、動脈血酸素分圧(110 Torr)と静脈血酸素分圧(40 Torr)の間の酸素飽和度較差(A-V較差, ヒト赤血球の場合は25%程度)とHb濃度、それに心拍出量の積として算出されます(図1)。

赤血球から精製単離したHbのP50は 8 Torr程度と低く、静脈血酸素分圧(40 Torr)では到底酸素を放出しないので、Hbを利用する人工酸素運搬体のP50も、赤血球と同等あるいはそれ以上に調節すべきと考えられてきました。正常の組織であればこの理論が成り立つと考えられます。しかし、血管性障害により十分な血流が行き届かない組織(虚血性領域)の場合、血流速度も組織酸素分圧も極度に低下しているので、動脈血はこの領域に到達する前に既に酸素を殆ど放出してしまいます。従って、酸素親和度を赤血球よりも大きく(P50値を小さく)すれば、虚血性領域に到達してから酸素を放出できると考えました(AJP Heart 2004, 2005, 2006; CCM 2007)。このとき、赤血球よりも小粒径の人工赤血球(250nm径)は、血漿中に均一に分散しているので、赤血球が行き届かない狭窄部を経由して到達出来ます。このような仮説の下、これまでにハムスター有茎皮弁虚血モデルにおいて、高酸素親和度Hb小胞体(P50 = 9 - 15 Torr)で血液希釈することにより虚血領域の酸素分圧が有意に上昇できることを明らかにしました(カリフォルニア大学サンディエゴ校、ベルン大学附属インセルスピタル病院との共同研究)(図2, 3)。従って、酸素治療剤としての適応症、例えば脳や心筋など虚血領域の酸素化、腫瘍組織の酸素化など、低酸素領域へ選択的な酸素ターゲッティングとして利用ができます。

他方、Hb小胞体がラット固形癌の組織酸素分圧を上昇させ、放射線感受性を修飾する結果が最近得られました(J Surg Res 2008)。この場合、小粒径であるHb小胞体が、癌組織内の複雑な血管内に到達し、血管外漏出することで酸素が効率よく運搬され、P50は血液と同等が良いと考えられています(慶應義塾大学医学部との共同)。Hb小胞体の酸素親和度はアロステリック因子の内包により自在に調節出来るので、各々の適応に相応しいP50を有するテイラーメイド人工赤血球が可能に成ります。