ヘモグロビン小胞体

1. 分子集合体としての構成

 赤血球は直径約8μmの中窪み円盤状粒子であり、酸素を結合できる蛋白質ヘモグロビン(Hb, 分子量64,500)の高濃度溶液(約35%)を赤血球膜に内包した構造を持ちます。Hb溶液が赤血球膜で覆われている理由は、 (i) 35%濃厚Hb溶液の高い粘度と膠質浸透圧の抑制、 (ii) 腎臓の糸球体からの漏出など血管外漏出を防ぎ血中滞留時間を長くする、(iii) 本来毒性のあるHbの逸脱の抑制、 (iv) Hb機能維持のための各種リン酸などエネルギー分子、解糖系、並びに還元-酵素系の保持、(v) 血管内皮弛緩因子(NO,CO)との反応性の制御(JBC 2008)などです。また、 (vi) 血液(血球分散系)は非Newton流体で、体内循環とくに末梢血管内における特色ある流動形式と生理作用(ホメオスターシス)が特性です。これら赤血球本来の構造と機能の関係が解っていれば、小胞体(細胞型)構造が無害で投与妥当との結論が容易に想像できます。

 1950年代からChangら(McGill Univ.)はHb溶液のカプセル化を試みました。1960年代後半には、両親媒性分子であるリン脂質が水中で二分子膜を形成し、これが小胞構造(liposome)に成ることがBanghamによって報告されました。1970年代には、Djordjevici (Univ. Illinois, Rush Presbyterian Med. Center) らがリン脂質小胞体にHbを内包した”Synthetic Erythrocyte”の研究を開始しました。米国海軍研究所や日本のグループもHb溶液のカプセルを試みましたが、粒径制御など調製の困難さ、血漿蛋白質との相互作用に起因する凝集阻止に充分な手段を得なかったため具体化しませんでした。その後、リン脂質二分子膜で高濃度Hb溶液を被覆する技術と、特に毛細血管を容易に通過できる粒径の制御、また血中分散安定度向上は、高分子と分子集合の科学に立脚した工夫(1990年代)を組込んで漸く、早稲田大学でHb小胞体として完成しました (図1)。

図1 高濃度精製ヘモグロビンを内包したヘモグロビン小胞体 (HbV)

 高純度・高濃度Hb溶液(濃度35%以上, 約3万個のHb分子)を脂質分子二層膜(厚さ5 nm)で包んだ小胞体(平均粒径250 nm)は、脂質成分とHbが分子間相互作用(二次的相互作用: 疎水的相互作用、静電的相互作用、水素結合など)だけで形成している分子集合体です(Biotechnol Progr1996, 2003)。原料のHbは日本赤十字社から提供されるNAT検査済みの献血由来の期限切れ赤血球由来ですが、精製に際しHbに一酸化炭素を結合させて安定化することにより、60℃の加熱処理とウィルス除去膜処理の組合せで、感染に対する安全性を確保できます。また、小胞体1個当たり約1500本のポリエチレングリコール(PEG)を粒子表面に配置して小胞体粒子間の凝集抑制と分散安定度向上の効果が得られ、脱酸素化してボトルに封入することにより溶液のまま室温にて2年以上の保存が可能になりました(Bioconjugate Chem 2000)。「ナマモノ」の血液から高純度Hb溶液を単離し、これを人工赤血球という「物質」に再生したといえます。現在では、Hb小胞体の微細構造、粒子表面の物理化学的特徴、ヘムのレドックス、微粒子分散流体としての粘弾性や配位子反応などを最新の測定技術を駆使して解析し、効能・安全性との相関を明らかにする研究を継続しています。

2. 輸血代替としての酸素運搬機能 3. 酸素治療剤としての活用 4. 安全性の実証 5. 指向性小胞体による薬物送達