学部入学案内
8/198

188210月21日に東京専門学校創設開校式が挙行され、校長・大隈英麿が「開校の詞」を朗読、小野梓が演説を行って、「学問の独立」の精神を宣言しました。政治経済学科、法律学科、理学科、英学科を設置し、第1期生80名が入学しました。大隈重信が東京専門学校を創立192819031922早稲田の創立・経営に参画し、発展させた四人のことを指します。高田早苗は初代学長・三代目総長を務め、大学への昇格・理工科の開設などに尽力しました。天野為之は商科開設の時の科長、のち二代目学長。坪内逍遙は現在の文学部の基礎をつくりました。市島謙吉は大学の経済的独立の実現を図り、図書館の拡充にも貢献しました。所蔵:早稲田大学大学史資料センター、早稲田大学演劇博物館早稲田大学の発展に寄与「早稲田の四尊」高田 早苗坪内 逍遙天野 為之市島 謙吉早稲田大学の歴史   新制早稲田大学大学院6研究科(修士課程)設置。新制早稲田大学11学部(第一・第二政治経済学部、第一・第二法学部、第一・第二文学部、教育学部、第一・第二商学部、第一・第二理工学部)設置。空襲により校舎の約3分の1を焼失。終戦の翌月授業再開。女性4名が初めて学部へ入学。創立50周年記念祝典。大隈重信銅像、高田早苗銅像除幕式。演劇博物館開館。学生の織田幹雄が日本最初のオリンピック金メダリストに。大隈講堂落成。創立45周年記念祝典。図書館(現・2号館)竣工。大隈重信死去(国民葬)。早慶ラグビー定期戦開始。アインシュタイン氏来校。聴講生として初の女性12名が入学。大学令による大学となり、政治経済学部、法学部、文学部、商学部、理工学部と大学院設置。早稲田高等学院設置。教旨、校旗、式服式帽制定。創立30周年記念式典。理工科(高等予科)の授業を開始。大隈重信総長、高田早苗学長が就任。校歌制定。創立25周年記念式典。野球部第1回アメリカ遠征。清国留学生部設置。専門学校令による大学となる。大学部に商科設置。高等師範部設置。早慶野球戦開始。早稲田大学と改称。大学部と専門部を新設し、大学部に政治経済学科、法学科、文学科を設置。図書館開館。初の海外留学生2名をドイツに派遣。清国留学生入学。文学科設置。講義録発行。校外生制度(通信教育)発足。初の海外留学生受入。東京専門学校開校。明治14年の政変/大隈重信、野に下る。明治大正1945193919321928192719251921191319081905190319001899189018861884188218811922192019021907190419491951アムステルダム・オリンピックで、早稲田大学競走部の織田幹雄が、三段跳びで日本人初の金メダルを獲得しました。同競走部はオリンピックの帰りに、パリの国際学生スポーツ大会に出場し、後のユニバーシアード参加にも道を開いています。日本最初の金メダリスト1922(大正11)年11月29日、来日中のアインシュタイン博士が来校して、かつてベルリン大学で学んだ塩沢昌貞学長と会談。中央校庭での歓迎式典では、学生や教職員1万余名が熱烈な拍手で博士夫妻を迎え、最後は校歌を合唱して送りました。物理学者アインシュタイン氏来校ケンブリッジ対オックスフォードのボートレース、ハーバード対イエールのフットボールとともに、世界三大学生競技と称される早慶戦。1903(明治36)年にまで遡る伝統、母校の名誉のために闘う両校ナインと応援の華やかさが、その魅力です。早慶野球戦開始4

元のページ  ../index.html#8

このブックを見る