大学院入学案内
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人の根源的欲求である「移動」を理論的かつ多角的に考察する 今日の世界では、急速なグローバリゼーションのもと、国境を越えた人々の移動が活発になっています。アジアにおいても、人の動きに新たなパターンが生まれ、それに伴う社会的問題や文化的事象が生じています。例えば日本では現在、開発途上国から多くの外国人技能実習生を受け入れていますが、その一部は非常に過酷な労働環境に置かれるなどの問題が顕在化しています。一方で政府は海外から高度職業人材を呼び込みたいと考えていますが、なかなか定着していません。私はこうした日本やアジアにおける人の国際移動の現状を包括的に分析し、課題解決を図ることを目指しています。ヨーロッパやアメリカの移動パターンとの違いなど、比較研究にも取り組みながら「人の移動」を理論的かつ多角的に研究しています。 私自身も「移動」には深い思い入れがあります。生まれ育った中国では「戸口(フーコウ)」という戸籍制度によって、最近まで人々は国内でも自由に移動ができませんでした。特に農村から都市への移動は厳しく制限されていたため、江蘇省の小さな町に住んでいた母と私は、上海にいる父と長く別々に生活しなければならず、幼い私の心に「なぜ自由に移動できないのか」と疑問が膨らみました。上海で家族そろって暮らせるようになったのは10歳のときです。 上海の復旦大学を卒業した後、アメリカのシカゴ大学に留学して教育学で修士号を取得し、その後、研究者である夫の日本赴任に伴って日本に移り住みました。それを機に、日本で暮らす中国人移民の研究をしようと決めシカゴ大学の博士課程で学び直し、幼いころから関心のあった「人の移動」を研究することが、私のライフワークとなったのです。 これまでの人生で移動を幾度も経験し、また研究するなかで、「人の移動」は自由の象徴の一つであり、人間の根源的な欲求であると考えるようになりました。移動は、貧困や人権侵害などの困難な状況から抜け出す有効な手段ともなり得ます。また、自らの夢を実現するために移動する人も多くいます。自由な移動は、すべての人に保障されるべき基本的な人権の一つだと私は捉えています。 移動する人と、受け入れる側の社会とが、どう調和し共存していけるか。困難な課題ながらも、現状をより良く変えていく方法は必ずあるはずです。これから人口が減少する日本が、経済成長を維持していくためには、外国人労働者を今以上に受け入れなければならないのは明らかです。私は日本や世界が直面する移民問題の解決や、実効性ある移民政策の提言活動などに、研究の成果を結び付けていきたいと考えています。世界中から学生が集う環境自体が研究活動を豊かにする重要な資源 国際移動やグローバリゼーションをテーマに研究を進める上で、アジア太平洋研究科(GSAPS)は非常に恵まれた、価値ある環境と言えます。第一の理由は、GSAPS自体が、早稲田大学の中でも極めて国際性や多様性に富んだ研究科であること。学生の約8割を外国人留学生が占め、出身国は世界約50カ国、私が担当する修士・博士ゼミの中だけでも18カ国にのぼります。学部から直接進学してきた学生もいれば、企業やNPOなどで豊富な社会経験を持つ学生もいて、バックグラウンドは実に多様で、各国の学生間のネットワークは将来の大きな財産になるはずです。 加えて、学問領域の枠を超えた学際的な研究環境も、GSAPSの大きな特徴です。私は「地域研究」の領域で学生の研究指導を行っていますが、個々の学生の具体的な研究テーマは多岐の分野にわたります。そのため、ゼミのディスカッションでは、異なる文化的背景や宗教的価値観などに加え、異なる専門分野から多角的な意見が交わされます。この環境自体が学生にとって研究の重要な資源であり、偏った考え方に陥ることなく多様な面から問題を理解し解決しようとする姿勢が身につくはずです。また、アジアを対象としたフィールドワークへの助成金制度もあり、実際に多くの学生がこの制度を活用して研究に取り組んでいます。 さらに、GSAPSではアジア各国の教育・研究機関とのネットワーク構築にも力を入れ、研究科独自の協定校への交換留学プログラムも充実しています。また、経済協力開発機構(OECD)やユニセフ、赤十字などの国際機関とインターンシップ受け入れの提携を結んでいます。国連や国際機関に勤めた経歴を持つ教員も多く在籍し、こうした機関への就業を希望する学生にとって有益な情報を入手しやすい環境と言えるでしょう。 GSAPSの特色ある研究環境を最大限に活用し、ぜひ多様な意見や価値観に積極的に触れて、大いに議論を重ねてください。その過程で培われる広い視野や建設的な思考力を強みに、研究者として、あるいはプロフェッショナルとして、世界に貢献してほしいと願っています。研究最前線学際的で多様な観点や考え方に触れ、広い視野と思考力で国際的な課題に挑戦1993年復旦大学外国語学部卒業、2007年シカゴ大学大学院博士課程修了、博士(社会学)。東北大学社会階層と不平等研究教育拠点フェロー、お茶の水女子大学助教、一橋大学地球社会研究専攻客員教授、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科准教授を経て、2014年より現職。専門は、国際移動、社会階層論、グローバリゼーションなど。2014年に早稲田大学リサーチアワード受賞。2016年に早稲田大学の「次代の中核研究者」の1人に選ばれ、国際労働移動をテーマに研究プロジェクトを展開している。アジア太平洋研究科 教授 ファーラー グラシア LIU FARRER, Gracia5Academism

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