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10分だけオンデマンド化し「反転授業」 大人数での対話型授業を目指す

大鹿智基 商学学術院 准教授

授業の質を向上するには、教員の手間や時間が増大するのは不可避と考えがちだ。しかし、今までのやり方を否定するのではなく、技術の進歩をうまく活用し効率を上げることで、教育効果を向上させつつ、教員の負担も軽減する。そんなWin-Winの方向性を目指しているのが大鹿准教授の事例である。

授業前のビデオ予習により、教場での演習時間を充実させる「反転授業」
大鹿先生

今回この試みを導入したのは、「原価計算論」という授業だ。製造業における製造原価算出のための手法、および算出後の利用方法の学習を目的とするこの授業では、計算技術の習得が必須となる。必然的にある程度の反復練習が必要だが、理論部分の説明や考えさせるための要素も重要であるため、演習問題の時間を十分に確保することは困難だ。学生からは「もっと問題演習を増やして欲しい」という要望が寄せられていた。また、実務を知らない学生を相手に話をするには、できるだけ具体的な話題も紹介したいと思うものの、そのための時間も不足しがちであった。

そこで、予習用のビデオコンテンツを作成し、これを事前にオンデマンドで視聴させてから授業に臨ませ、教場での演習時間を増やす「反転授業(Flipped Classroom)」(*)を試すこととした。従来も、基本的には教科書を読む程度の予習をしてくることを求めてはいたが、実際に予習してくる学生はあまり多くはないようだった。「何か予習の動機付けになる仕掛けをと思い、ビデオを作ってみることにしました」。

(*)「反転授業(Flipped Classroom)」
従来の「教場では教員が説明,家庭(宿題)では演習」という関係を反転させた形態の授業のこと
10分の予習ビデオで授業時間は20分節約できる

2013年度秋学期の授業(週2回)に備え、ビデオはその前の夏季休業中に前半の15回分を、残りは授業開始後に学生の様子やアンケートを確認しながら、3回分ぐらいずつ何回かに分けて作成した。

各回10分程度の予習ビデオを作成し、Course N@viに設定。「反転授業」を狙う各回10分程度の予習ビデオを作成し、Course N@viに設定。「反転授業」を狙う
【各回10分程度の予習ビデオを作成し、Course N@viに設定。「反転授業」を狙う】

初めてということもあり、1本のビデオを作るのには収録時間のほぼ2倍の時間がかかった。そこで、作る教員側と閲覧する学生側、双方に無理のないように、1回分のビデオの長さを基本は10分、最大でも15分以内で作るよう心がけた。

あらかじめビデオを作ったり、それを事前に閲覧したりという、教員と学生双方に授業時間外の活動時間が発生する一方で、10分間のビデオを作っておくと、教室の授業時間は20分ぐらい節約できるという結果になった。教室ではスライドを準備する作業や、それを学生が書き取っている時間などが必要となるが、ビデオではそうした時間を省けるためだ。

現在は、節約できた20分のうち、10分は演習問題に費やし、残りの10分は授業を早く切り上げている。授業中の説明も、ビデオを見ていれば分かる部分は省略できるため、その分の時間を具体例などの話に費やすことができる。「10分のビデオを見ると当日の授業も10分短くなるということで、合計の時間としては同じ計算になりますが、効率は大幅に上がっていると感じています。」

予習用ビデオについては、個人の成績には反映していないものの、閲覧したかどうかの履歴はチェックしている。そのデータを小テストや中間テストの結果と照合してみると、予習ビデオをきちんと見ている学生ほど、その点数が上がるという相関関係が見られた。「このビデオを作ったことによって、予習をしてくる学生が増えたことだけでなく、毎回どのぐらいの学生が予習をしてきたかを数字で把握できるようになったことも収穫です」。

対話型・双方向型の授業へ近づけるためスマホ版クリッカーで演習問題の正答率を明示

さらに、授業の質を上げるためにこの授業で取り入れたもうひとつの手法が、メディアネットワークセンターが開発したスマホ版のクリッカーの導入だ。一般的には、クリッカーとは教場で学生に専用端末を配布し、質問への回答を入力させると瞬時に集計が行えるというものだ。しかし、端末の配布・回収に手間がかかることに加え、大学全体で200台しか所有していないため、300人以上いるこの授業では台数が足りない。

そこで今回は、学生自身のスマートフォンを回答用の端末として利用できるクリッカーを利用した。学生は各自のスマートフォンのブラウザで指定のURLにアクセスし、画面上の操作で回答を送信する。教員はPCから集計結果をリアルタイムに確認し、それをスライドなどによってその場で学生に共有することができる。ブラウザから利用できるため、インターネットにつながってさえいれば、スマートフォンに限らず、学生個人のノートPCやタブレットPCなど、端末の種類を問わずに利用が可能だ。

この授業では、授業中に扱う演習問題の解答をこのスマホ版クリッカーを使って入力させている。これにより、問題別に正答率が明確に分かる。現状は個人認証機能がなく誰が回答したかは分からないこともあり、クリッカーへの参加は強制しておらず、その参加度や正答率は成績に反映していない。あくまで正答率を統計化して共有するために利用している。クリッカー入力に参加しない学生にとっても、その場で集計結果を見ることは参考になる。「間違いやすい問題をあえて用意してある場合など、実際に多くの学生が間違えたという結果を明示できるので、単にこの問題は間違えやすいから気をつけてと口頭で言うだけよりも説得力が増すという効果があります」。

従来は大人数を対象とした授業では、うなずく、首をかしげるなどのしぐさから推測するしかなかった学生の理解度を、クリッカーを使うと明確に把握することができる。「正答率が高い問題は軽く流して、誤答の多かった問題の解説に時間を割くなど、学生の理解度に合わせた授業展開ができるようになりました」。

学生からは「おもしろい」とプラスの評価を得ているようだ。自分の答え合わせをするだけではなく、他人がどのぐらいできているかがわかってよかったという声もあった。「大人数の授業ではあるけれども、学生が一人ひとり参加している感覚が持て、こちらも理解度が分かるという点では、対話型、双方向型の授業に近づけているのかなと思います」。

クリッカー出題の流れ学生回答画面結果表示画面
【クリッカー出題の流れ】【学生回答画面】【結果表示画面】
【教員が示した設問に対して、学生はスマートフォンの画面から回答する。回答は数字による選択式のほか、自由記述による回答もできる。教員側には回答結果が表示され、この結果画面を教室全体に示すことで、クラス全体の傾向を明示化することも可能。】

ただ、予習ビデオもクリッカーも、学期を通して次第に利用率が落ちてくる傾向が見られた。「最初は目新しさから参加してみたものの、次第に飽きてくるのかもしれません。それでも、続ける意欲のある学生には効果の出る授業を提供できたと感じています」。利用率低下を減らすための改善策は今後の課題だというが、どこで飽きてきたかが可視化されるため、それを分析することがヒントにつながる可能性はある。

Course N@viの小テスト機能で膨大な手間が軽減された

この授業では30回のうち15回で小テストを実施している。しかし、300人以上と履修生が多いため、用紙の配布や回収、採点などに膨大な手間がかかってしまっていた。そこで、15回のうち2~3回は、Course N@viの小テスト機能を利用したところ、かなり負担が軽減されたという。

ただし、現状は自宅やコンピュータルームなど、教員が学生の取り組みの様子を見ることができない状況で受験することになるため、確実に自力で取り組んでいるという保証がない。「小テストは成績にも反映させるものなので、今のところすべてをCourse N@viで実施することは躊躇しています」。

ICTをうまく組み合わせ授業改善と効率化を両立

この試みでは、予習用ビデオコンテンツを用いた「反転授業」や、Course N@viによるオンデマンドテスト、クリッカーという複数の仕組みを組み合わせることで、時間や手間を効率化し、その分で、より双方向性を重視した効果的な授業が行えるという方向性が示された。「せっかく便利なものがあるのだから、ぜひそれを積極的に使って、授業改善に役立てていけたらいいと思っています」。

今回の取り組みに手応えを感じている大鹿准教授だが、以前は自分の授業にはオンデマンドは向いていないと考えていたという。「ビジネス系の科目なので旬な話題にも触れたいし、そもそも私は教室内を歩きまわって授業をするスタイルなので、学生の反応が見えづらいオンデマンドの導入には否定的でした」。

しかし、定型化した部分を10分間だけオンデマンド化することで、自分のスタイルを変えることなく、授業の充実につなげることができた。「オンデマンドというと90分フルにというイメージにとらわれがちですが、実際にやってみると、組み合わせ方次第でいろいろなことができるような気がしています」。

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