MNC Communications

Issue 3 / November 17, 2000


質疑応答

司会
 ありがとうございます。非常におもしろい切り口からのお話でした。きっと質問、議論をしたいというご希望の方々が多いのではないかと思います。希望のある方は手を挙げていただければと思います。

○○
 大きな話もありますが、簡単なところからです。最後の絵で、いちばん右側の図はなんとなく気持ちはよくわかるし、そこでデータベースというお話もなんとなく気持ちがわかるところもありますが、心はなんでしょうか。

松岡
 心ですか。

○○
 要するに下に下りているというところと、データベースということです。

松岡
 私はだれかのことをある情報を通じて知りたいのではなくて、その人と直接話をしたいということです。いまから15〜16年前だったか、糸井重里さんという有名なコピーライターの方がいらっしゃって、「おいしい生活」というのが有名なコピーですが、あの方の作ったコピーの中に「会う贅沢」というものがあります。
 覚えていらっしゃる方がいるかどうかわかりませんが、会うというのはいかに贅沢なことか、人と人が同じ時間と場所を共有することの重要さ、それが非常に大切なことだというのを「会う贅沢」とたった4文字で表したすごくいいコピーだと思います。私はそういう感覚をもう1回取り返したいというか、それが本当はいちばん重要なことだと思います。
 先ほどどなたかが「私たちが向かっているのはディスプレイではなくて、その向こう側に相手がいる」とおっしゃったと思いますが、私もそのとおりだと思います。ですから手前にあるコンピュータ、ネットワーク、インターネット、プロトコルは、相手とコンタクトして、自分の思いを伝えて、相手の思いを自分に伝えてもらうための手段にしか過ぎないので、そこにあまりとらわれて欲しくないし、その向こうにあるものをちゃんと見据えていかないと、変なふうになってしまうのではないかと思います。それもこの図の中にありますが、そういう意味でこれを書いたのです。

小棹
 湖北短期大学の小棹です。本当に初めての切り口だったので教えていただきたいのですが、2点ばかりあります。
 1点は先ほどの最後のデータベースで、具体的にどういうものを指しているのかということです。WWWは私どもはデータベースだと思っています。中にジャンクのデータも入っていますが、十分に使用に耐え得るのではないかということが一つです。
 もう一つは、コンテクストという言葉です。これは私どもコンピュータなどを触っている者は文脈と訳すのではないかと思いますが、私もまだよくわかっていないので、この点について教えていただければと思います。

松岡
 WWW、いわゆるホームページがすでにデータベースではないかというのは、おっしゃるとおりだと思います。たとえば探しものが何かわかっているとき、情報デザインでもかまいませんが、情報デザインが知りたいとわかっていれば、検索エンジンに入れれば、何件あるかわからないけれどもヒットするから概要をつかむことはできます。
 しかし、ここで言っているのは少し違います。私はよく本屋さんに行きます。いまは宅配便などを利用していろいろなブックサービスで本が買えるし、インターネットでも本の注文ができますが、私は一度も利用したことがありません。本屋さんは自分が何を探しているかわからないけれども、行くと、これが読みたかったんだということがあるからです。
 人間は、常に自分が何を欲しているかわかっているわけではありません。むしろわかっていなくて、偶然会ってしまうときのほうが非常に重要だし、そういうときのほうがかえってスッと入ってきたりします。新聞がおもしろいのもそうです。もちろんいまはWebでもいくつか新聞が出ているので私も読みますが、やはり紙の新聞の何が出てくるかわからないところの楽しさみたいなものはありません。
 少し話がずれてしまいましたが、非常に簡単な例を話すと、たとえばフィアンセと6カ月後に結婚することになったとします。結婚するにあたっては、どういう手続きが必要になるのか、どこに届けを出すのか、新居を構えるにあたって何が必要なのか、新婚旅行はどこへ行くかというようなことがあります。おそらく昔は母親、父親、あるいはおじいちゃん、おばあちゃんがどういうふうにすべきか知っていて、当然そういう経路を通じて流れてきましたから、よくわかったし、調べることでもなかったと思います。
 ところが共同体みたいなものがだんだん壊れていって、人づての情報回路が失われてきてしまうと、それを別回路で探さなければいけません。しかし常に自分が何についてどういうかたちでとはっきりわかっているわけではないから、そういうものを調べるツールとして、自分が何を探しているかわかるようなデータベースが必要なのではないかと考えます。非常に漠然とした話でわかりにくいかもしれません、また、もしかしたらデータベースとは違うのかもしれません。つまり何か情報が必要になったという、自分の周りにある何かのきっかけがあればいいということです。それはその下にある特定の情報を探し出すのではなくて、なんとなく階層を探っていくみたいなものです。
 多分これではご満足いただけないと思いますが、もし私にもっとはっきりとしたアイディアがあるようであれば、正直言ってベンチャービジネスでも興したほうがいいのではないかと思います。漠然としていますが、何かあいまいなものを探し出す方法が、多分私がここで思ったことだと思います。
 それからコンテクストのことですが、もちろんごく一般的に言う文脈という言葉で使っているつもりです。たとえば皆さんがおうちに帰って、奥さんなりだんなさんなりに「ちょっと、あれどうなった?」と言うことがあると思います。なぜ「ちょっと、あれどうなった?」で通じるのか。当然その朝に「悪いけど、FAX用紙が切れているから、文房具屋で買ってきておいて」というコンテクスト、共通理解があるから通じてしまうわけです。
 そういうコンテクストの例でいくと、たとえば企業の中では業種あるいは会社によってコンテクストが存在しています。それは専門用語で表現される場合もあるし、「あそこのあの部長は危ないから、近寄らないほうがいい」というコンテクストもあるかもしれません。その中でコミュニケーションが行われています。日本の企業はなるべく長い時間いて、どうでもいい話をしているんだけれども、なんとなくお互いの間にコンテクストが作られていって、非常にコミュニケーションがスムーズになるというのが特徴だと思います。
 さっき「会う贅沢」と言いました。そういうふうにお互いに日常的に触れ合っていればそれのようなコンテクストが醸成されるのですが、仮にサテライトオフィスやSOHOというかたちでバラバラになってしまったときに、どうやってコンテクストを作っていくのかという問題が出てくると思います。それはいろいろな方法があるのかもしれませんが、そういうコミュニケーションの土台になっているものという意味で「コンテクスト」という言葉を使っていました。当たり前と言えば当たり前の話です。

スワン
 日本語研究教育センター非常勤講師のスワン彰子です。コンテクストについてはなんとなくわかりましたが、二つ日本語を教えてください。コンテンツとリテラシーについての説明をお願いできますでしょうか。

松岡
 コンテンツは最近の言葉です。コンテントですから内容ですが、たとえば本があると、紙とインクは情報を載せるための媒体あるいはキャリアで、そこにインクで印刷されている内容そのものをコンテンツと呼びます。
 ホームページもコンテンツです。コンテンツという言葉が一般的になったのはホームページができてからで、だれでもコンテンツが作れるというので、コンテンツという言葉が一般的になってしまったと考えていただいたほうがいいと思います。
 私がいまここでリテラシーという言葉を使っているのは、たとえばわかりやすいのは送り手と道具です。何か書きたい人とワープロかもしれないし、パーソナル・コンピュータかもしれませんが、機械だから人間とは完全に異質な存在です。その異質な存在どうしがある共同作業をするためには、お互いのことをある程度わからなければいけません。しかしコンピュータに人間のことがわかるわけはないので、当然人間の側が大幅に歩み寄って、コンピュータはどうやると止まるものか、どうやるとまともに動くものかを知らないといけません。
 異質なものの接点は、たとえばインターフェースという言葉を使ってもかまわないと思います。ですから、インターフェースとインターフェースを作り出すための努力あるいは技能がリテラシーと言ってもいいかもしれません。つまりコミュニケーションを成立させるためには、間のたくさんの断面というか、途切れてしまっているところがあると思うので、「そこをつないでいくもの、そのために人間が身につけるものをリテラシーと呼ぶ」と言っていいと思います。

司会
 そのほかに何かございますか。

半田
 本庄高等学院の半田と申します。私は早稲田の付属高校の教員ですが、いま付属の教育プログラムの中でいくつか独自なものを作ろうという取り組みをしていて、その中にぜひDTPを取り入れたいという意向があります。Webのコンクールはけっこうあっても、DTPのコンクールはわりとないのですが、出版したときにどうアピールできるか、どう意思が伝わるかはすごく大事なことだと思うので、そこはぜひ付属としてのリテラシーの中に入れてあげたいと思っています。
 そこで実際の面のアドバイスをいただければありがたいのですが、どの程度の環境があればそれなりにできるという確信がおありですか。

松岡
 環境というのは?

半田
 つまりソフトウェア環境です。たとえばPageMakerなどプロ用のものがなければDTPにならないとおっしゃるのであれば、また考えなければいけないということです。

松岡
 DTPは昔卓上印刷というとんでもない訳語がありましたが、デスクトップ・パブリッシングは結局出力というか、最終的な成果物として何が欲しいのか、きちんと製本された本が欲しいのか、せめて両面印刷になっていて欲しいのか、片面でもいいからとじはなんでもいいのかで全部違ってきてしまいます。
 もちろんどの程度のものになるかにもよりますが、レイアウトそのものはそれこそWordでも一太郎でもかまわないし、単純なレイアウトであれば普通のワープロソフトでもかなりのことはできます。だけど最終的に本というかたちにするためには、ソフトウェア環境ではなくて、全然話が違ってしまいます。PageMakerが必要か、必要でないかというお話でしょうか。

半田
 具体的に言うとWordの環境しかないのです。生徒にDTPの味を味合わせるのに、そんなものでいいのかなというのが不安としてあります。

松岡
 昔私たちはがり版をよく使っていましたが、ああいうイメージでもいいのか、たとえば高校生が自分たちで1ページでもかまわないからある情報がきちんとレイアウトされた状態のものを作るという意味でしょうか。

半田
 もう少し具体的に言うと、いま想定しているのは新聞の号外を作ろうというプロジェクトです。歴史上のある事件を扱って、たとえば「紫式部さん芥川賞を受賞」などというものです。そんな楽しい号外を作らせると歴史を調べることにもつながるし、いろいろな事件をいろいろな切り口で見ることにもつながると思うからです。

松岡
 ある意味で1枚でもかまいませんね。だったらなんでもできます。Wordで十分だと思います。PageMakerなど全然必要ありません。使い方によっては、PowerPointでもできます。
 私は昔某雑誌の編集長から、アプリケーション・ハッカーという称号をいただいたことがあります。どういう意味かというと、たとえば昔Excelの前身でMultiplanというものがありましたが、あれでスケジューラーが作れます。それからキャッチコピーを作る機械です。縦に「おいしい」とか「会う」とかいろいろな文字を入れておいて、横に別の文字を入れると、こことここを足してコピーが作れます。知的言語生成器という名前をつけましたが、表計算でそういうものを作ってみたり、DTPソフトがない時代にワープロで1マスを1行と数えて300ページの単行本のレイアウトをシミュレーションすることもやってみました。
 DTPをやるんだったPageMakerがないとだめというのではなくて、そこにあるものでどこまでできるかです。私たちのようにプロフェッショナルとしてこういうものを求められているのではなくて、与えられた範囲の中でどうやったら伝えられるだろうかと工夫することが重要ではないかと思います。ですからそれは、Wordで十分です。エディタではちょっと難しいかもしれませんが、いまのワープロのソフトはかなりDTPの機能がありますから、私はいいのではないかと思います。

司会
 話題は尽きないと思いますが、会場の都合がありますので、この会場でのディスカッション、ひいては今日のメインのセミナーそのものは終えさせていただきたいと思います。最後に質問、ディスカッションに加わっていただいた皆さんと講演者の皆さんに感謝の意を表して拍手で終わりたいと思います。




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