MNC Communications

Issue 3 / November 17, 2000


分科会1「教養基礎演習としての情報リテラシー教育」

 批判的に考えるための情報リテラシー
− 情報処理入門における分析的アプローチの実践 −

MNC非常勤講師・湘北短期大学電子情報学科 小棹 理子
発表用スライド(GIF/animation

司会
 まだ議論はあると思いますが、時間が来ていますので次の発表者の方にお願いしたいと思います。次は湘北短期大学電子情報学科の小棹理子先生、MNCの非常勤講師をやっていただいています。題は「批判的に考えるための情報リテラシー−情報処理入門における分析的アプローチの実践」です。

小棹
 「批判的に考えるため」という「批判的思考」というのは私の発案ではありませんで、メディアネットワークセンターの教務主任の原田先生といろいろと議論させていただいた中で出てきた言葉です。今日は「批判的に考えるための情報リテラシー−情報処理入門における分析的アプローチの実践」という題でお話しさせていただきます。本日の趣旨、私の実践内容をお話しさせていただくということは、いまも議論になっていたかと思いますが、情報リテラシーというのはいったい何を目指せばいいんだろうかということで、皆さまからいろいろなご提案、あるいは私の授業に対するご批判をいただければありがたいと思っています。
 私自身の本務校は湘北短期大学の電子情報学科です。応用情報技術コースと情報処理コースを担当しているということで、学生は文系も多いのですが、内容はどちらかというと理系志向です。ちょうど一昨年のいまごろだったかと思いますが、私が今年度からこちらのほうの情報処理入門を担当するに当たって、その担当者の懇談会がありました。その中でどういう話が出たのかというと、初等、中等教育機関において情報処理教育が浸透してくる。そうすると大学ではいままでのようなコンピュータ操作を教えていたのではいけないというお話がありました。ではいったいどういうものを目指せばいいのかという知恵を絞ったわけです。とにかく教養基礎演習的な色合いを持たせてほしい、それから情報倫理は徹底してほしい。たしかこの2点の要請があったように記憶しています。
 では私にどのような対応ができるのだろうかということになりました。もともと私は理系の、理工学部出身ですので、観察とか分析というのを取り入れたらどうだろうかという、非常に安易なところでスタートしました。それは実は批判的思考力というのです、ということを原田先生にお教えいただきまして、ではいただきますということで、こちらの言葉を使っているわけです。
 実際には何をするかというと、まずいちばん最初に学生をグループに分けて、グループごとに主張を設定します。なぜグループかといいますと、グループで主張を決めるためには、1人の人の主張を残りの人が聞いて、それが本当に正しい方向に向かっているかどうかということを、議論しながら進めていかなくてはならないからです。それからこれは私自身が分析屋ですので、物事を分析的に見ることをしてもらおうではないかということです。これはおぼろげながら短期大学のほうでも思っていることですが、最近の学生は第一印象ですべてをとらえてしまう。よく物事を見ない、観察力が不足しているなという感覚を持っていました。
 もう一つこの授業のデザインの中で、重要なことは、学習者の意欲を継続させなければいけない、ということです。途中でいやになって放り出してしまっては達成感がなくなりますので、まったく意味がなくなってしまいます。さらに、数多くの実例をあげて、いろいろな側面から物事を見ていく、ということにも配慮しました。最終的に、自分のものとなる知識、そして知恵、つまり、物事を考える上でのアプローチ法を獲得する上で重要です。この方法は、むしろ、辰己先生が以前より実践なさっておられます。
イントロが非常に長くて申し訳ないのですが、まずは、「情報処理入門」を私がどのようにとらえたか、ということ、それから、いろいろな用語について、私の理解している範囲でその定義をさせていただきます。その次に、実践内容のあらましと具体的な内容をご紹介いたしたいと思います。また、MNCの要請として倫理的なところをきちんと教えてほしい、ということがありましたので、この点でどのような配慮をしたのか、ということを述べたいと思います。これに関しては、メーリングリストを積極的に活用しました。これはとても有効でしたが、意外にも、教員側の対応時期によってもかなり効果が違うな、という感触を持ちましたので、このことに関しても触れたいと思います。
 まず、私は情報処理入門60クラスのうち、四つのクラスを担当しまして、政経学部、法学部、文学部、商学部、教育学部、社会科学部の学生が受講者でした。これもいちばん最初に指摘がありましたが、一応初心者対象になっていますが、中にはちらほらと3年くらいパソコンを触っているという学生がいます。あと、これは非常に困ってしまったのですが、半期の科目で、最初の学期の場合10回しか授業がありませんでした。これは非常にプレッシャーでして、10回でまとまったことができるのだろうかということがありました。ほかの4年制の大学は、こういった情報処理、情報基礎的な内容は通年で教えていました。それを半期でやってくださいということでしたから、最初にデザインをかなり考えました。
 あと、このデジタルネットワーク社会は進歩が非常に速いです。1年前に教えていたことが1年たってしまったらもう役に立たないことがあります。ではいったいどういったところが残って、どういったところが残らないのだろうかという見極めが非常に難しくなってきます。
 まず、目的の設定がなかなか難しいのです。私の本務校ではSEやプログラマーを養成しますので、情報処理入門はそのプログラミングをするための基礎知識を教えればいいわけで、ベクトルが一方向でいいのですが、これだけいろいろな学部の学生がいると、いったい何をメインにしたらいいのだろうかと、最初に非常に悩みました。それから最初にパソコン初心者ということだったのですが、実際には1年生から過年度生まで受講しておりパソコンの操作技術に個人差があることがわかります。
 では何をポイントにすればいいのでしょうか。まず、とにかく私の情報処理入門ではコンピュータ操作を教えるわけではないのですよということを最初に徹底したい。それから実際の社会において情報メディアとネットワークの正しい理解と効果的な利用法を理解してもらいたい。特に重要なことはインタラクティブ性です。いままでのメディアの世界と違う。つまり発信と受信、受信と発信、これをやらなければいけない。これができないとだめよということを言います。なおかつ自分が向かっているのはパソコンですが、パソコンはネットワークにつながれていて、つながれた先のパソコンの向こう側には人間がいる、これを必ず認識してくださいということを、学生に最初にいうわけです。学生の前に立って、あなたの前にコンピュータがありますが、実際にあなたがメールを発信したら、相手は人間ですよということを最初にいいます。
 それから社会的背景と問題点、まだまだこの社会は未成熟ですよということをいいます。
メディアネットワークセンターの教室には、教材提示装置というのがありますから、それで新聞の切り抜きを提示します。たまたま今回使ったのは、日経新聞の中で1920年代の町中の風景が出ているものです。それは大正時代で、車がぱらぱらと走っている、そういう写真です。御徒町だったか上野の風景で、車は1台か2台しか道を通っていないわけです。そうすると人間がそのあたりをうろちょろと動き回っている。これは左側通行になっているのかなと思うような、そういう写真です。
 いまはとてもとてもそういう悠長な時代ではなくて、車は必ず左側を通行しないと大事故になってしまいます。それから法規も認識していないと、たとえばシートベルトをしないで運転していたとすれば、つかまって罰則を受けても仕方がない。そういったことも知っていないといけない。実際にそういった成熟した車社会になるのに約100年かかっているわけです。
 ところが、何をコンピュータの原点というのか、パソコンの原点というのかということになるとかなり難しいかと思いますが、コンピュータの原点が1945年くらいだったとしたら50年間です。もしApple が原点だったとしたら、おそらく30年くらいです。そういう社会にあなた方はいるわけですから、自分自身でいろいろなことを考えていかなければいけませんよという話をします。ネットワーク社会はまだまだ成熟していません。ですから皆さん自身で考えていってもらいたい。特に皆さん自身が大人になって、次の世代を引き継いでいくわけですから、そういったことも考えてくださいねということで、情報倫理のイントロダクションにするわけです。
 次に、私の情報処理入門の中で狙っている批判的思考、特に分析による分析的手法の習得についてお話します。さて批判的思考というのは何なのか。これは他人を批判する、他人の言っていることに対して、それは違うという意味の「批判」ではなくて、正しい主張へ到達するための普遍的なプロセスであると定義します。対象をよく観察・分析して仮説を立てる。その仮説についていろいろな方向から調べていく。調べていって、あっ、これはどうも違うみたいだというと、仮説を立て直して同様のことを繰り返し、最終的には真理に到達するというような思考プロセスです。
 おそらく理工系の学生であれば自然とこういうことをやっているはずですが、文系の学生の場合には、特にこの批判的思考を身につける機会が少ないように思います。例えば、早稲田大学で文系の学生にknoxville.comのホームページでニュースを見せました。最初に何も言わずにそのホームページを見せて、それについて感想をメールで提出させます。 私としてはその内容を読んで、それについて何かコメントをしてくれるものだとばかり思っていたのですが、そうではなかったのです。字が小さくて見にくい、ホームページとしてはよくまとまっている、色がきれいとか、そのようなコメントがほとんどです。たまたま見せたのが東海村の事故のニュースです。驚くべきことに、それを見て、核の問題に言及した感想文は50人のクラスで3通か4通だったと思います。
 こういう状況で、私としては、とにかく観察と分析から始めることにしました。半期の科目で時間が限られていましたし、それからこれは私としても全く新しい試みでしたから、第一歩として分析をさせよう、そのためにはExcelを使うのがいいのではないかというところでスタートしました。
 ここに忘れてはならないのが、インタラクティブということです。独断に陥らないように必ずグループの中で何かテーマを決めて話し合ってもらおうということをしました。クラス全体でやると、いろいろな学部の学生が混在していて、みんなが同じベクトルを向いているわけではないこと、それから50人で議論となると中には黙ってしまう学生もいるだろうということで、グループ作業をさせようと決めて入りました。
 「分析」という言葉は改めて定義することもないかと思いますが、私は物質の事象を正しく理解するための作業を「分析」と定義します。いいかえれば、多面的に見るということです。対象を具体的にさまざまな観点から分けて把握する。たとえば、円柱は上から見れば円に見えますが、横から見ると長方形に見えます。多面的に物事や事象を把握するためには、「分けて」みるだけではなく、いろいろな方法があります。たとえば、他と比較する。他人の意見を聞く、アンケートを取ってみる。あるいは、ある変数を特定の軸にとって、たとえば、時間を軸にとって、これに対してどういう変化があるのだろうか。このように多面的に物事や現象を調べるということを分析と定義します。
  たとえばAさんが「ポップスがはやっている」と言う。ところがBさんのほうは「演歌のほうが優勢だと思う」。Aさんは「MDウォークマンで演歌を聞いている人なんか見たことないですよ」。Bさんは「飲み屋さんでポップスなんかかかっていないわよ」ということになります。Aさんはポップス主張、Bさんは演歌主張に見えるのですが、実は両方とも批判的思考をしていない。たとえばポップスがはやっているねとか、演歌のほうが優勢だと思うというのは、「何々という感じ」という印象をもとに話を進めています。
 次に、電車の中でMDウォークマンで演歌を聞いている人は見たことがない、飲み屋さんでポップスなんかかかっていない、と言っています。しかし、これは限定された場所あるいは年代に限った話ではないでしょうか。そういったところだけを取り出して見ているにすぎないわけです。多面的に物事を見ていない、分析していない、ということです。
 ではどうしたらいいかというと、これが実際に実行してみたあとです。1983年から1997年の年間トップテンとトップ 100に入った演歌です。初期を見ると、 100曲中22曲入っているわけですが、年を経るにしたがって徐々に減少し、最後のほうには1曲とかゼロになってしまいます。ああ、なるほど、たしかに演歌は落ち目なのかなというのがわかります。あるいはこれは紅白歌合戦におけるポップスと演歌の割合です。このデータを見るかぎりでは、演歌とポップス、青と赤ですから同等のウエートが置かれているように見えます。この結果を見ただけでは演歌もポップスも差はないように見えますが、実際には売り上げを見てみると、ほとんどポップスで売り上げが出ているんだな、というのが理解できます。このような分析を行って、これをもとに何か主張してもらえばいいわけです。先ほどのポップスの売上金額が全体売り上げにほぼ一致している具体的なデータを示しながら、「いまはポップスが隆盛ですね。実際に売り上げの変化を見ればこれは明らかです」ということ言えば、これは立派な批判的思考を行ったことになるわけです。
 情報技術は批判的思考のための道具として使います。Eメールやメーリングリストは議論とか連絡とか人の募集、つまり、グループ作業を進める場合に、「助っ人を頼む」のようなメンバー募集、あるいは逆に、「テーマのアイデアがあるのだけれど、どこかのグループに入れてもらえませんか」といったようなFA(フリーエージェント)宣言、にメーリングリストを活用してもらいます。それから文章作成は重要だと思います。抽象的概念は言葉でしか表せません。いくらきれいな絵であっても抽象的な概念は文章をきちっと書けないといけない。というわけでWordを使います。それから分析にはExcelを、とくに、発表する際にグラフにしたほうが効果的ですから、グラフ機能も使えるようになっていただかないと困る。あとInternet関連では検索エンジンの利用などです。また、私の場合は結果を必ずHTMLドキュメントにして公表させています。
 メーリングリストの利用例ですが、こちらのほうで初期グループを適当に決めますので、テーマをクラス全体にアナウンスしたり、あるいは操作の技術の程度が個々違いますから、メンバーを募ったり、新しいテーマを提案したりしても良い、ということを告げておきます。あるいはフリーエージェントではないですが、だれか自分をこういうところで使ってくれませんかというのもOKとしました。
 では実際の授業の様子をご紹介します。まず第1回目は私自身の自己紹介をします。パソコンで何ができるのかというのを見せます。ノートパソコンとデジカメを持ってきて、音も鳴らしてみたりします。とにかくこういうことができるんですよ、楽しいですよという態度で最初はスタートします。あとメールを利用したアンケートを取ります。これはアンケートと言っているのですが、実際にはWordの操作能力をチェックするわけです。これは私のほうに返信してもらいます。
 あと授業のホームページでどういうスケジュールで物事が進んでいくかというのがわかるようになっています。また、発表テーマの例示も併せてしておきます。ですからいちばん最初にこのイントロダクションをすると同時に、こういう課題が出ますよとテーマを例示して、最終的には結果をプレゼンテーションしてもらいますよというふうにしておきます。とにかくこのページに飛んでもらえば、私の情報処理入門の内容がわかりますよというふうにしておきます。そうすると中にはこの授業は捨てたという学生が出てきたりもします。
 2回目はいちばん最初にグループづくりをしなければいけませんから、メールの利用とメーリングリストの紹介、それから情報検索の方法を解説します。第3回目からは、グループごとにメンバー間でメールを交換し始めます。あとはWordで文書作成。パブリックのディレクトリの中に間違いのあるテキストベースのお知らせ文である、同窓会通信(dosokai.txt)を置いておきます。その中には日付が間違っていたり、それから中には変換ミスがあったり、というように、とにかく間違いをいっぱいつくって入れておきます。それを使ってこういう同窓会通信をつくってくださいねと、きれいに成形され、誤りも訂正された見本を提示します。出来上がりの文は随時参照できるようにパブリックにおいておきます。そうすると何も考えていない学生は、ああ、なるほど、こういうふうにきれいに作ればいいのか、ということで、誤りを含んだままきれいな同窓会通信を送ってきてくれます。ですが実際には次のところで dos and don'tsということで、これはだめよというのをやるわけです。お知らせ文ですから、日付とか時間、いちばん重要な部分があるわけです。「同窓会開催の日時が間違っていては、また訂正文を送らないといけないでしょう、ここをちょっと間違ってしまったがために、また切手と紙代を浪費することになるのですよ」と指摘するわけです。また、「ここに変換ミスがあります、ここの変換ミスも恥ずかしいですよ」という話をします。ですがこれくらいだったら、あとで訂正文を出す必要もありませんねといって、そこで情報の軽重を考えさせるというような仕掛けです。
 その一方で、Webページには最終目標を提示します。テーマ発表の仕方ということで、ごくごく一般的に、目的と考察と結論、その間必ずデータを入れてくださいということを言います。ここでは評価ポイントを明確にしておきます。そうすると目的と考察と結論の部分がうまく整合しなければならないというところが評価ポイントに入っていますから、学生はそういうふうになるように課題も選びますし、発表も考えます。
 発表、つまり、プレゼンテーションツールとしては、PowerPointではなく、HTMLドキュメントを利用します。後期はフレーム構造の雛型ファイルを配布しています。つまり、menu(メニュー)部とcontents(コンテンツ)部を用意し、menu部にプレゼンテーションの骨格を書いておき、この部分をクリックして各部の内容を表示させて説明するようにするわけです。こうすれば、内容はMS-Wordで書くことができます。この方法の利点は、メンバーが分担しやすいこと、また、内容を随時付加していきやすいこと、などです。
 最後は発表と評価です。評価ポイントとしては、選択されたテーマは適正であったか、目的は発表の際に明示されていたか、目的のない発表はだめですよ、ということを強調します。あとデータ、具体例は議論を展開するのに十分であったか。それからこれは表現のほうになるかと思いますが、データはわかりやすく提示されたか。最終的にきちんと主題に合っているか、問題の答えとして正しい方向に行ったかということを評価します。
 話が少し飛びますが、情報倫理に関する話です。これは要請があったとおり、情報倫理を考えてもらうために導入しています。また、最初にお話し申し上げましたが、こちらのほうで知識を投入するタイミングによって反応が違うということを表しています。前期と後期では、話題を提供する時期が違います。風俗営業適正化法の質問、著作権の問題等、計三つの質問で、これらはすべていけないという回答にならなければいけません。
前期の質問時期ははあらかじめいろいろな情報倫理、著作権の話をしたあとです。後期のほうは、発表の前、かなり授業が進んだあとです。半年の間にさまざまな情報を得られますし、また、前期の発表の内容をホームページで見られるようになっています。中には著作権に関することを調べたグループもあります。多分そういうのを見ているでしょうから、ちゃんとした回答が返ってくるだろうと思ったわけです。ところが結果は違いました。これはかなり構成メンバーや情報倫理の話題の導入時期によって違ってくるのではないかという気がします。
 これは発表の例です。テーマは堅いものばかりではありません。特にこれは前期の場合ですが、デジカメやノート型パソコンの性能比較など、わりとコンピュータのハードウェアの話が多いです。それは私のほうで意識的に、前期の授業だったということで、コンピュータそのものについてわかってもらおうとして、パソコンを買うときに、このパソコンはいいわよと勧められたからといって、はいはいと買うわけではないでしょうということを話したことなどが影響しているかもしれません。
 まとめとしては、批判的思考力養成を目指した本授業では、その第一歩として、学生自身は意識することなく、分析的に物事を見ることができるようにデザインしたつもりです。最初スタートした時点では、学生は最終的にどこに行くかわからないという状況だったと思います。適当にこちらのほうからいろいろな知識を投入したり、いろいろな目標を設定したりすることによって、最終的には自分自身でどういう主題について発表するか、つまりどういう主張をするかという最終目標を決めるということをします。その最終目標は到達できたかどうか、自分たちで評価するところまで行うことになります。本授業では批判的思考の第一歩として分析的アプローチを用いました。学生はテーマそのものを観察する段階から評価に至るまで、多側面から対象を見ることになります。最終的な結論に至る知的作業において、パソコン、ネットワークの有効性を認識して活用できたものと思われます。中には非常にクオリティーの高いホームページがありました。

司会
 会場からご質問等がありましたらお願いします。では私から、必ず何かデータがあって、それに対して分析をするというのは非常に新しい手法だと思います。私も視聴覚教育メディア論という、これは視覚系の科目で、やはりプレゼンテーションを中心とした授業をやっています。受講生の中には、単に紹介をすることだけをしたいという学生が結構いるのですが、それをいかにこちらの方向に持ってくるかというところはどういうふうに配慮されていますでしょうか。

小棹
 ご指摘のとおりです。できあがってきたものの中には、単に紹介をしただけという場合があるわけです。ところがその場合には評価として、選択されたテーマが適正であったか、ここで必ずこれに対して考察、結論があるわけです。中にはいろいろな画像ファイルをべたべた貼り付けただけのようなものが出てきます。たしかに見ていて楽しいかもしれませんが、ではあなた、何を言いたかったのと最後に言うわけです。そうすると全体的に評価が下がってしまう。これはなかなかおもしろいです。学生に評価用紙を配布します。全部集計を取るわけです。そうするとこちらが評価しているのと同じ傾向になります。だいたいA、B、Cというランクにしますと、単にこれは紙芝居だなというものは非常に低くなります。学生自身もやはりよく見ているのだと思います。

○○
 先ほど先生のお話の中で、議論を進める、あるいは学生のグループ活動をするときに、先生のインプットが入るタイミングとか、そういうところは非常に大事だと。それを私もいちばん感じているのですが、最終的には先生はどんな意図を持ってそういうタイミングを選んでおられるのでしょうか、あるいはどういう方向にガイドするというか、かなり意識的にそういうポイントを選んでおられるのでしょうか。というのはたとえば最終目標も学生が決められるようにしますよ、これが理想的ですよとおっしゃられたのですが、学生がそこまで自分で自主的に目標を決められるにはかなり習練がいるのではないか。そうすると先生があまりガイドしてはまずい。かといってそれをしないととんでもない方向へ行ってしまったり、あるいはその目標のほうに行かなかったりする。私もあるメーリングリストをやりながらそのジレンマを感じたのですが、そのへんはどんなふうにお考えになっていますか。

小棹
 いまのお話で私の理解するところでは二つご指摘になられたかと思います。一つは最終目標にどうやってうまくリードしていくかというお話だったかと思います。これに対しては、こちらのほうでプロトタイプみたいなものをいちばん最初に見ておきます。こうして、こうして、こうして、こうすると、こんな簡単にできてしまいますよというものを見せてしまいます。それに沿ってやってもらえばいい。そこから最終的なところは多少ずれてもかまわないと思っています。グループの中でいろいろな話し合いがあるわけですから、振れてもかまわないと思っています。
 もう一つ、メーリングリストがどういうふうにすれば正しい方向に行くのかということです。これはメーリングリストだけではなく、授業で直接学生と顔を合わせて話をします。実はそのタイミングというのは今回あまり意図的にやったものではないんです。たまたまそういうのを発見したというのが正しいです。
私はこちらの授業は今年が初めてですので、いろいろ試行錯誤的な部分があります。とにかく前期は情報倫理に関してはきちっと学生に伝えてくださいねという要件がありましたので、最初からそれについてさまざまな事例を挙げました。特に前期はいろいろな大学の何とかというサイトが摘発されたとか、実は短大のほうにもそういう査察が入ったということがあって、著作権侵害の関係ですが、そういったものがありまして、そういう事例を挙げました。皆さんがメディアネットワークセンターでいろいろなコンピュータを触って、あちらこちらに情報発信をするということは、後ろに必ず早稲田大学を背負っているのですよと、かなりそういう話をしました。
 後期のほうはあまり意図的なものはなかったんです。学生もそういうところはかなりめざといですから、いろいろな授業の内容を聞いているでしょう。それから前期の学生で著作権問題とか法的な話について、かなりよく調べたホームページをつくっているところがありました。それは閲覧できるようにしておいたわけです。ですから後期の学生ではそういったことをあまり考えず、私のほうであまり言わずにいても大丈夫だろうと思ったところで、何も予備的な知識を与えずにアンケートを取ったということです。
 著作権については私のほうからこういうメーリングリストに流して、喚起を促して、最終的に、実は私の答えはこれにいちばん近いです、といいます。今後そういったものを皆さんのほうで考えていっていただきたい。いまは過渡的で著作権に関しても厳しくなるとか、企業のことに関しては厳しくなるとか、いろいろな変更点が加えられていますから、とにかくこれを考えていってくださいと。そうすると後期の発表の段階においては、ほかのホームページから画像をコピーしてくるといったトラブルは多少減りました。これは発表の少し前に実際に後期にはこれを行っていただいたということです。このようなことでお答えになりましたでしょうか。




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