MNC Communications

Issue 3 / November 17, 2000


分科会1「教養基礎演習としての情報リテラシー教育」

 高等学校の情報教育はどうあるべきか?
〜2003年新教科「情報」実施を身のあるものとするために〜

本庄高等学院教諭 半田 
配布資料(pdf)
発表用スライド(GIF/animation

司会
 それで次の演者の方に交代していただきたいと思います。次は早稲田大学本庄高等学院の半田亨先生、題名が「高等学校の情報教育はどうあるべきか?〜2003年新教科『情報』実施を実のあるものとするために〜」です。

半田
今日はこのテーマで高等学校の情報教育はどうあるべきか、特に2003年からの新教科「情報」と、もう一つは「総合的な学習」という試みが同時に始まるのですが、その実施がこのままでは実のないものになってしまう危険性をはらんでいるのではないかということを含めながら、それを実のあるものにするためにどうしていったらいいのかという話題でお話ししたいと思います。
 高校では2003年の新指導要領の実施により、新教科「情報」の導入、数学では教える内容を3分の2に減ずるなど、極めて大きな変化があります。Y2Kではありませんが2003年問題と言われています。その卒業生が2006年に大学に入ることになりますので、大学としては2006年問題がけっこう大きな問題になってくるのではないかと予想しています。一方、この少子化の中で大学全入時代到来が予測される状況です。そういう中でよりよい情報社会を築いていくためには、小中高大と一貫性のある情報教育を展開していくように、われわれは努力していかなければなりません。今回は大学の関係者の方が多いと思いますが、そういう意味で大学の情報教育は大学だけでやるという視点ではいけないだろうということで、高校関係者ではない先生方も、高校の情報教育の問題と方向性を改めて認識していただき、一貫性という視点でお考えいただければありがたいと思っています。
2003年からの高校での新指導要領で導入される新教科「情報」は、大きく三つの科目に分かれています。それぞれの科目の目標を、学習指導要領では以下のように規定しています。

情報A コンピュータや情報通信ネットワークなどの活用を通して,情報を適切に収集・処理・発信するための基礎的な知識と技能を習得させるとともに,情報を主体的に活用しようとする態度を育てる。
情報B コンピュータにおける情報の表し方や処理の仕組み,情報社会を支える情報技術の役割や影響を理解させ,問題解決においてコンピュータを効果的に活用するための科学的な考え方や方法を習得させる。
情報C 情報のディジタル化や情報通信ネットワークの特性を理解させ,表現やコミュニケーションにおいてコンピュータなどを効果的に活用する能力を養うとともに,情報化の進展が社会に及ぼす影響を理解させ,情報社会に参加する上での望ましい態度を育てる。

この「情報A、B、C」の中から学校ごとに1科目(2単位)を選択し、必修とするとされています。ただ大学入試科目には採り入れられないのではないかという話がありますので、そういう意味では、高校教育の現場では現在の家庭科とか体育のようなイメージで捉えられているようです。
 もう一方、新しい試みとして「総合的な学習の時間」が設けられました。これは高校卒業時までに 105単位から 210単位を標準としてと明記してありますので、計算してみると3学年を通じて週1〜2単位程度になります。教科横断的な、たとえば環境問題とか福祉、情報といった内容を従来の境界にとらわれないようなテーマを、かつ地域や学校の特色を生かした多様なテーマを学校ごとに考えて、またクラスごとに考えてやってくださいということです。これはあとで申し上げますが、では「総合的な学習の時間」で取り扱う情報の部分は新教科「情報」とどこが違うのかということで、これもまた現場ではいろいろ物議をかもしているという状況です。
 「情報A、B、C」の関係をわかりやすいように図にしてみました。こんな感じでそれぞれの科目で重要視する的が違っています。「情報B」を採用する学校がいちばん多いのではないかというのがおおかたの予測のようです。
 それから教科「情報」と「総合的な学習」の関係としては、こんなイメージになろうかと思います。「総合的な学習」では情報の仕組みなどをあまり気にしないで、メディアとかネットワークを通じて何かの作業を実践していく方向に力を入れるということが書かれていますので、だいたいこんな感じになろうかと思います。
 これから私の言いたいところになりますが、新教科「情報」を実施するためにいろいろ調べてみると、非常に大きな問題点がいくつか存在していると思っています。試みとしてはいいけれども、このまま行くとその実が上げられないだろうという気がします。たとえば学会とかシンポジウムで「情報」を取り上げた討論会がけっこうあります。そういう所で話を聞いてみますと、たとえば今年の夏にあった討論会では、これはある情報担当の先生のお話だったのですが、「電話が登場したときに電話を授業で教えたか。携帯電話が最近出ているが、携帯電話の使い方を授業で教えているか。コンピュータも同じようなもので、なぜわれわれはコンピュータを授業で扱わなければいけないんだ。私は新教科『情報』には反対だ」という意見もありました。情報関係の先生にも、このような極端な意見をお持ちの方がいます。そんな感じで現場の先生の間でも意見が非常に錯綜しているという状況です。
 実際に「情報」実施にあたって、私は五つの点が問題になるのではないかと思っています。まず一つは、学習指導要領は10年ごとに改訂していくわけですが、現行の指導要領の中に、「数学A」、「数学B」、「数学C」があって、「数学A」の「コンピュータ」、それから「数学B」の「算法とコンピュータ」という章で、 BASICで簡単なプログラムを組んで、たとえばエラトステネスの篩とか代数的な話題を扱ってみるところがあります。それから「数学C」では、たとえばニュートン法とか積分の台形公式のような数値解析とか統計処理を BASICを使って実践してみるという部分があります。しかし、実はいまのパソコンは、ただ立ち上げても BASICは使えません。
 現行指導要領が実施されたのが1993年ですので、この教程はその何年か前から検討されていたと思います。その時点ではたとえばPC98などのパソコンを立ち上げると、システム BASICという黒い画面が立ち上がって、基本的に BASICが使える状況になっていました。しかし、いまはOSの画面が立ち上がってしまいますので BASICは使えません。現行指導要領の BASICを使って、従来日の目を見なかったが興味深い数学のいくつかの場面に照明を当ててみようという試みは大変よかったと思いますが、この急激な情報技術の進歩の中でそれが全然時代遅れのものになってしまっています。ところがこの10年間にそれが改訂されることはありませんでした。したがって今や「数学A」「数学B」「数学C」のその部分は、実際の授業では全く顧られない状況になっています。今回の「情報」についても、10年ごとに改訂していくという指導要領のサイクルでは、情報技術の急激な進歩におそらく対応できないのではないかという予想がつきます。
 次は指導者の問題です。先ほどの辰己先生のお話にもありましたが、文部省では2003年からの「情報」導入のために、今年の夏から3年間で、希望する教員に「情報」の免許を取得させるべく、夏休みに15日間だけの免許取得のための講座を開きます。その15日間の講座を受けたものが情報教育に携われることになるのですが、一方で単に15日間の講習を受けただけの人が、これから先10年間、またはそれ以上続く情報教育を展開できるのかということで、いろいろな方面から疑問の声が上がっています。
 3つ目は設備と管理体制の問題です。これは今年の「情報白書」から取ったデータですが、現在の1校当たりのインターネット接続の端末台数です。いろいろな統計で発表されるデータでは、学校全体のインターネット接続台数がどんどん上がっていっているのですが、実は1クラス分全部接続されているわけではなく、1台から3台程度のパソコンがIP接続されていて、そういった接続状況の学校がだんだん増えているというのが実態です。
 これは現在の設備についての不平、不満の部分です。今後は端末をインターネットにつなぐ学校が増えてきます。2001年までだったと思いますが、文部省は公立のすべての学校にインターネット環境を整えると言っています。私が調べた限りですと、接続に対する1校当たりの年間の予算は十数万です。十数万で接続するというのはどういう状況か、ご家庭で接続されている方はご存じだと思いますが、ダイアルアップ接続で2〜3台程度の端末という計算になるのではないかと思います。アメリカが 1.5MBの専用線接続を国の方向として進めていることを考えると、日本の小中高校のインターネット環境整備の実態は実に貧弱な状況にあります。
 それから学校には端末とかソフトのシステム管理について専門の要員を確保する予算は多分ないでしょうから、講習を受けるにしろ、大学の教職課程で資格を得るにしろ、「情報」の担当教員方は、システムの管理もやらなければいけない。つまり情報教員の肩にどんどん荷重がかかっていくことは避けられません。
 四つ目に、情報教育の「同時代性」にそれぞれの学校はどう対応すべきかという問題です。すなわち、情報教育は2003年以降小中高と同時に始まっていきます。たとえば国語ですと小学生は漱石の『こころ』を読んではいけませんということはないですね。情報教育も同じで、小学生がインターネットをしてはいけませんとか、中学生はメールをやってはいけませんということはありません。つまり同じような内容が小中高で行われていく。2006年からは小中高大で同じような内容が行われていきます。
 そういう中で小中高大それぞれの部分で、どういう切り口をもって情報教育を位置づけていけばいいのかというところをはっきりさせないと、結局小中高大で同じようなことをやり陳腐な内容になって、「情報」の時間が退屈なものになってしまう危険性をはらんでいます。小中高大という一連の情報教育の流れの中で、それぞれの学校のやるべき位置づけをはっきりしておかなければいけないのではないかということです。
 最後に「学校の体制と情報教育」です。これもありうる一つの危険性として考えてほしいと思います。たとえば現行指導要領で家庭科が行われています。家庭科は4単位必修になっていますが、実はいくつかの進学校では家庭科は行われていなくて、やっているように見せかけてほかの教科に転用しているということがよく聞かれます。「情報」も受験に関係なければ、特に進学校などは「情報」の授業をやっているように見せかけて、ほかの授業に転用してしまうことがありうるのではないでしょうか。
 そうすると結果として、現状と同様に、大学はいろいろな情報リテラシーを持った新入生を相手にし続けなければならないわけです。「情報」が必修になるということは、実は情報リテラシーが統一されるということでは必ずしもなく、それぞれの高校の体制によって、情報教育の位置づけが全然変わってしまう危険性をはらんでいるということです。
 以上のような五つの危険性が、新教科「情報」にあると考えています。
 では高校における情報教育はどうあるべきか? 
 一つは、高校で身につけさせるべき情報リテラシーとは何かをはっきりさせなくてはなりません。そして、それから高校における情報の授業、情報教育の役割をはっきりさせなければなりません。そして、情報教員の養成における大学の役割は重要であるということを訴えておきたいと思います。
 まず情報リテラシー、情報リテラシーと言われますが、高校で取得させるべき情報リテラシーは何なのかということについて整理したいと思います。情報とは何かと考えてみると、要は貴重な資源であるという位置づけができると思います。情報を金や鉄鉱石と同じような資源の一つとして見なす立場に立ったときに、おのずと情報リテラシーというものが決まってくるだろうと思います。
 それはいったい何なのか。(ア)資源があるかないか確認する力。資源を調査・開発して採掘する力。(イ)調査・採掘された資源を利用する力。(ウ)浪費するだけではしようがありませんので、新たにリサイクルしたり生産する力、再生産する力。(エ)その資源を枯渇させたり不当に消費されないよう保護する力。この四つの力が必要となると思います。その四つの力の養成を小中高大と続く情報教育の中のどこで重点的に行うかを考えることによって、それぞれの学校における情報教育の位置づけ、切り口が見えてくると思います。以下は私がこんな感じでやっていくのがいいのではないかというイメージを描いたものです。
 (ア)は資源を調査・開発・採掘する力でしたので、これは小学校のときから教えておかなければいけません。資源があるかないかわからないと情報の授業にならないからです。一方で資源を保護すること、つまり個人情報を守ったり、プライバシーを守ったり、著作権を守ったりすることについても、小学校からしっかりとずっと教えていかなければいけないだろうということです。小学校から調査する力がだんだんついてくると同時に、(イ)の利用するほうにも重点が置かれていきます。
 一方、(ウ)の生産する力が実は高大においてはいちばん大事な力だと思いますが、それを高大とだんだん増やしていきたい。なぜかというと生産する方はいろいろ技術を知らないといけないからです。そういう意味で、高校・大学では、生産するための道具として情報リテラシーを位置づけたいと考えます。たとえば私がイメージしている情報リテラシーは、ワープロ、表計算、または Mathematicaみたいな数式処理のアプリケーションを利用できる力、それからHTMLやJava等を書いてWebページをつくれる、表現するものをつくれる力、そしてプログラミング等ができる力、そのような力を指していますが、そういう生産するための道具を使える力を高校での情報リテラシーと定義したいと思います。
 その上で高校において情報教育の役割としてどういうものを担わせればいいのかということですが、時代に即したそのような基本的な力、情報リテラシーを涵養しながら、もう一方で自己表現力であるとか分析力、問題発見力、意思決定力、責任意識という新しい力を涵養できるような、コンピュータやネットワークを利用した新しい教育プログラムを展開することではないでしょうか。すなわち、従来の、黒板を仲介して教師が一方的に生徒に知識を教授するタイプの授業ではなかなか身につかなかった力が、コンピュータとネットワークを使うことによって新たに開発することができるようになるのではないかということです。たとえば自己表現力は、先ほどから話題に出ているPowerPointを使ってプレゼンテーションをどんどん繰り返していくことにより、自分の主張したいことをどのようにしたらほかの人に伝えられるかということを生徒に学んでいかせられるのではないかと思います。
分析力については、たとえばネットワークを通じたデータ収集や自由研究などで多数のデータを集めて、それをどう加工していったらいいのかということを学ばせたい。意思決定力とか責任意識等については、いろいろな協調作業をしながら共働で何かをつくることについて学ばせていきたい。一方、そういう授業を展開できるような情報教員を養成する教職課程の役割は重要であるということも、ここにいらっしゃる大学関係の先生方に再認識していただければありがたいと思います。
 最後に学院の情報教育はいまどうしているかということですが、これについては詳しく話している時間はありません。現在、本庄高等学院、高等学院と早稲田大学の間で「高大一貫教育を視野に入れた学院の情報教育を考えるオープン化研究部会」を開いています。ここで特に付属である高等学院の生徒にとっての基本的な情報リテラシーとは何かという議論を元に、基本的な情報リテラシーを取得させたい、それからコラボレーションを重視したい、同時に健全なネットワーク社会を築く構成員になれるよう情報倫理教育を強化していきたい。その三つを大きな目標にして、現在両高等学院で使える「情報リテラシー基礎」という名前のテキストをつくっています。これは3月までに完成できないと思いますが、未完成でも一度製本して4月から実際に授業で使ってみて、生徒たちの感想を聞きながら、どんどんいいものにしていきたいと思っています。
 われわれとしては独創的でけっこういいものができていると自負しています。このようなテキストをコンピュータに関する授業だけで使うのではなく、学校全体における授業や特別活動など、あらゆる場面で利用できるようなものにしていきたいと思っています。つまり「情報」の授業の中で主体となってやることは当たり前ですが、情報教育というのはコンピュータを使った部分だけの授業で賄えるものではありません。コラボレーション作業として教材で取り上げているものに、たとえばMESEという経済シミュレーションの世界的なコンクールがありますが、そういう授業は情報の授業でやるよりも政経の先生に経済のしくみを説明してもらいながらやってもらったほうが、ずっと効果的なわけです。または授業でやるよりも、放課後コンピュータ室を開放するときに、自主性に任せて生徒たちに独自にやってもらったほうがいいかもしれません。そういう学校全体の雰囲気として情報教育を展開していくという方向で行ければと、両学院では考えています。

司会
 戦後最大の教育改革と言われている今回の指導要領の改訂についてのお話でした。会場からご質問、ご意見等がありましたらお願いします。
 筧 情報リテラシーについての話ですが、私は大学の理工学部の情報学科の教員ですが、情報学科の1年生の学生さんで情報リテラシーというのは、べつにパソコンを使うとか何とかというレベルではなくて、最近しばしば、こんなところでリテラシーが抜けているのかと以外に思う経験をしています。たとえば1例を言いますと、学生にレポートを出しなさいと言います。もちろん情報学科ですから実験といってもプログラムを書いてデータをつくる。それについて理屈で習ったような話と、どうなっているか考えてごらんなさいというレポートなんです。
 出している先生は何を期待しているかというと、当然いろいろなデータをコンピュータでつくったりしても、データの個数を変えていったときにどんな具合に結果が変わるかというのをグラフを描いて、グラフというかプロットをするぐらいのことをやる学生さんが大部分であろうと期待しているのですが、全然そうはなりません。わっと数値が出て、その数値に対応する表の格好に描いた人がいたらいいほうで、多くはただコンピュータで出たか数値をそのままプリントアウトしただけです。数値を見ると一応公式を習っていますから、もとになる数が大きくなるとどんどん大きくなるようですとか、検算もしていないのであまりぴったり合っているように見えません。これは本にも書いてあったようにNの値が十分大きくなれば、いずれ等しくなるのでしょうという感想文を書くことはできるけれど、具体的に資料を集めて自分でも納得できる格好に整理をするというところができない。
 コンピュータを使った、プレゼンテーションを作るのはいいんですが、データを取って点だけが並んでいる、データ自体見るからに合ってない。いかにアニメーションできれいに形だけ整えたところで、それはまともな議論だとは思えないんですね。そこらへんは情報ではないかもしれないのですが、リテラシーとしてはものすごく重要だと思いますので、何かアイデアはありませんでしょうか。

半田
そこはリテラシーだと思いますが、どうでしょうね。


 理工学部ですから情報リテラシーという科目で実験を兼ねてレッスンをやるところがあって、それこそ先ほど原田先生が、そういうのではだめだと言ったパターンかもしれないですが、 Mathematicaの使い方も習っている、ワープロの使い方も習っている、Excelの使い方も習っている、Excelにデータをほうり込むとグラフが描けることも習っている。だけどそういうのを習ったということと、それを本当に使って自分で考えてみるという話とは別みたいなんですね。

半田
 それでしたらよくわかります。いまの子供たちはマニュアルに従ったこと、型に沿ったことだったらできるんですが、ではその上で何かやりなさい、またはもう少しいい整理の仕方はないのかということについては、なかなかやってくれません。そこを含めて教えなければいけないんだろうなということだと思います。もう少し見やすいやり方、表現の仕方はないのか、もう少し早く収束させるためにはどんなふうにやるのか、たとえば Mathematicaを使っても収束の様子はわかるんだけれども、もう少し人にわかりやすいような表現のし方を工夫するという部分まで、情報のリテラシーとしては入れたいと思います。
 先ほどの発表の中で決め文句を考えてきたのに忘れて言わなかったのですが、付属高校における情報リテラシーは、単純にコンピュータをどういうことをして使うという部分の情報リテラシーより、一歩踏み込んで、それを使っていかに創造的なことができるかというところまで考えようとわれわれのグループでは定義づけています。

○○
 いまのお話と少し関係があるかもしれませんが、先ほど半田先生が指導者の養成の問題が非常に重要であるという話でした。私はいま教員の研修を担当していますので非常に身近に感じています。まず最初に情報提供ですが、文部省では3年間で9000人の研修を予定しています。単年度で3000人です。神奈川県では来年の7月から3週間かけて、おそらく2会場、60名から 120名程度で15日間の研修をする予定です。全国で50会場で促成栽培というと変ですが、そういうかたちでやります。
 実はそのための講師になる人たちの研修が、先ほど辰己さんがおっしゃったように来週から長岡工科大、東京近辺は南関東ブロックで東工大で3月5日から3月10日までの5日間ありますが、それを受講した人たちが夏の講座の講師候補になるというスケジュールです。実は3月に行くメンバーも神奈川県ではまだ確定してないという、非常に脆弱な状況で物事が進んでいるので、われわれとしては若干心配です。まさに半田先生がおっしゃったように、非常に大きな問題点を指導者の養成に抱えています。
 また、数学、理科、工業、商業等の教員が「情報」に流れることになります。非常に平たい言い方をしますと、数学や理科でいままで一生懸命コンピュータを使って数学の授業の改善をやっている、物理の実験の改善を行った先生たちが、実は、コンピュータができるから「情報」に行ってみないかと「情報」の先生になってしまう。「情報」の先生になったとたんに、もう数学や理科は教えられないという場面ができてくる。そうなると理科や数学の教科は人材不足にならないのかという問題点が実はあります。
 それがいま筧先生がおっしゃったように国語や数学、理科、そういう基礎的な教科で物事を考える場面が非常にあいまいになってくる危険性を私は感じています。ですから情報教育の指導者の問題は、間違ってしまうと子供たちに非常に深刻な影響を与える、大事な時期だと思っています。ですから大学に希望することは、専門的な教職課程の中で教科「情報」を教えるような先生方のシラバスをつくって、仮免の先生方が「情報」を教えるのではなくて、ちゃんとした免許を持った人たちを早く現場に供給してほしいという希望をもっています。

司会
 早稲田大学教育学部では情報教育の教員養成の研究をスタートさせています。私もメンバーの一員ですが、ぜひともいいものにしたいといま思っています。




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