2009年度9月卒業式 総長式辞

2009年09月20日
総長 白井克彦

 本日、ここに2009年度9月学部卒業式、芸術学校卒業式、大学院学位授与式を挙行するに当たり、大学を代表いたしまして、卒業生・修了生諸君ならびにご列席のご家族・友人の皆様に対し、心よりお祝いを申し上げます。本日、晴れてこの早稲田大学を巣立っていかれるのは、学部卒業者471名、芸術学校卒業者1名、大学院修士課程234名、大学院専門職課程84名、博士学位受領者65名、合計855名におよびます。

 早稲田大学は明治17年(1884年)の東京専門学校第1回卒業(得業)式ではじめての卒業生12名を送り出しました。以来、120年余、今年も多数の俊英を世に送りだすことができるのは、この上ない慶びであります。とりわけ、昨今のように世界が新たなビジョンを模索して苦しんでいる困難な状況の中で、時代を変革し新しい社会を生み出す可能性を秘めた、多彩で個性溢れる人材が早稲田大学から世界に飛翔することは大学人としてさらに大きな慶びとなっています。実際、早稲田大学の卒業生達の活躍が現在の混乱の情況の中で大いに目立つようになっていると皆様も感じることでしょう。本当にたのもしい限りです。

 ところで世界や歴史の大きな変化は、個人のレベルですぐにどうにかできるというものではないでしょう。しかし、皆さんには早稲田大学の『教旨』の精神にある「地球市民として人類のために貢献できる人間である」ということを、念頭におきながら、進んでもらいたいと思っています。自分には何ができるのか、われわれは何を為すべきなのかということを常に真摯に考え続け、そこに見出される課題解決のために具体的に働くこと。そして、われわれに課された責務である人類社会への貢献を目指して行動する気概を胸に、新たな第一歩を踏み出していただきたいと思います。問題が難しければ難しいほど、苦しんでいる人がいればいるほど、われわれは力を出す。その気概こそが誇るべき早稲田スピリッツの核心であります。
さてそこで本日は、自ら考え、自ら行動する早稲田スピリッツを現在進行形で体現しているふたりの若き先輩のことを皆さんにお話ししておきたいと思います。一人目は、本学の政治経済学部を2003年に卒業された原田燎太郎(はらだりょうたろう)さんです。

 原田さんは中国のNGO「家-JIA(ジェイ・アイ・エー)」の代表として、中国華南地方のハンセン病回復村で、中国や韓国、日本の大学生を集め、ワークキャンプ活動(労働奉仕のボランティア)のコーディネートを行っています。

 ハンセン病は長らく不治の病とされてきましたが、現在は治療法が確立し世界的にもハンセン病自身は制圧されつつあります。しかしながら、この病気に対する誤解は十分に解けておらず、ハンセン病回復者はいまだに社会的偏見、差別に苦しんでいます。このことは日本に限ったことではなく、世界中で見られるものです。

 原田さんは、中国内のハンセン病の元隔離治療施設約50箇所で、中国・日本・韓国・アメリカ・ドイツなどから毎年、2000名近い若者が参加するワークキャンプをコーディネートしています。老朽化した施設にトイレや水道の設置、家屋の修理などを行うことで、回復者の生活環境の改善に努めるなど、ハンセン病回復者に対するさまざまな支援活動を行っています。

 もともと原田さんは在学中はジャーナリストを志望していたそうです。しかし、「自分の心の内に差別意識があったら記者にはなれない」という思いから、卒業後の2003年、中国のハンセン病村に住みつき、自らハンセン病回復者の支援活動に参加しました。そして一方で、地元の中国人学生にワークキャンプへの参加を呼び掛け、JIAという組織をたちあげました。

 原田さんの活動は、きわめて独自な国際交流のあり方であり、ハンセン病の啓発活動に貴重な波及効果を生んでいます。また、これらの活動を通じて日中の人々の間に真の信頼関係や友情が生まれることで、日中関係を個のレベルから変えていく、そんな可能性をも秘めています。

 そして、もうひとりの例を紹介したいと思います。先進国の肥満問題と開発途上国の飢餓の問題、このふたつを同時に解決しようという日本発のユニークな取り組みとして、「TABLE FOR TWO(テーブルフォーツー)」という活動を進めている、NPO法人がありますが、その事務局長を務めておられるのが、本学理工学部を1995年に卒業した小暮真久(こぐれまさひさ)さんです。

 この取り組みは先進国でカロリーを抑えたヘルシーメニューを出すことでメタボリック対策など生活習慣病予防に資する一方、その売り上げの中から一食あたり20円を途上国の学校給食として寄付する仕組みとなっています。賛同する企業や官公庁、大学など100団体以上がこの活動に参加しており、今大きな広がりを見せています。

 小暮さんは本学理工学部卒業後、海外で人工心臓の研究に携わり、コンサルティング会社などの勤務を経て、NPO法人「TABLE FOR TWO(テーブルフォーツー)」事務局長としてこの活動の立ち上げにかかわりました。現在は、開発途上国の子供たちのために、日々奔走しています。
「あまっているところがあれば、足りないところへまわしてあげる」、「TABLE FOR TWO(テーブルフォーツー)」という日本発のこのシンプルで独創的な試みは、人々の共感を得て静かに浸透しつつあり、世界の飢餓問題の解決に一つの重要な可能性を提示しています。 常に大きなビジョンを持ち、そのビジョンが社会にもたらす価値を見通し、その実現のために熱いハートで困難に打ち克ってゆく。この志の高い若きふたりの中にそのような早稲田人の系譜が見事に受け継がれていることを感じます。世界を変えることなんかできないという声に負けることのない、彼らの情熱と大胆で緻密な行動力は、やがて人々の思いと思いを結び、世界を変えていく大きな力になることでしょう。

 私は早稲田大学の総長として、原田さん、小暮さん、この若きふたりの活躍を大いにうれしく、また誇らしく思います。

 そして、諸君もまた同じです。志を高く持ち、この21世紀を人類の未来をさらに新しく拓くすばらしい世界にするために、それぞれの持ち場でぜひ汗を流してほしいと思うのです。

 最後に、みなさんに大隈重信の言葉を贈ります。大隈重信は、かつて「働く」ということについてこんなことを言っています。

 「やろうと思う勇気さえあれば、何ごともできるものである。あの仕事はおれには不適当であるとか、その職業は自分には不相応であるとか、徒に職業の選択ばかりに腐心しているようでは到底その人の成功はおぼつかない。実は自己の長所や短所や向き不向きというものも実際に社会の事物に触れてみなければ本当にわかるものではない。「何でもやろう」という大決心をもって社会の潮流に飛びこんでみるがよい。そして力の続く限り渾身の精力を集中してみれば出来ないことはないはずだ。もとより社会もひとつの大学だから、ゆるぎなき意思の力をもって、頭脳の力の続く限り、腕の力のある限り、働いて、働いて働きつづければ仕事はできるものだ。いかなる職業でも職業としては尊く、職業に忠実なる人また大いに尊しである。出来うる限り何でもやるべし。働け、働け、あくまで働け」という言葉です。

 20世紀は華々しい成長と共に悲惨な世界戦争の時代でした。君たちが巣立っていく21世紀は、全く異なる様相を呈しています。新しい困難も予想されているが別な可能性も存在します。いよいよ皆様の時代を始めるのに、何をすべきなのかをよく考え、小さなことでもできるところから行動してください。卒業生・修了生諸君、早稲田で学んだことを大きな誇りとして、どうか志高く生きてください。 諸君の新たな航海が、豊かで実り多いものであることを祈ります。今日は本当におめでとう。


2009年09月20日(日)
早稲田キャンパス・大隈講堂において