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プレスリリース

長船騏郎氏にスポーツ功労者賞を贈呈

2007年4月1日

 長船騏郎氏は、1924年1月30日岡山県で生まれた。1941年早稲田大学専門部法律学科に入学後野球部の捕手として活躍し、1942年には秋季リーグ優勝を果たした。しかし、1943年に連盟解散を命ぜられたことで氏の競技生活は終わり、同年9月に戦時下のため繰上げ卒業をし1944年10月出征した。

 氏は1946年8月に復員後、1952年に設立間もない「学生野球指導委員会」(後に財団法人日本学生野球協会)に勤務した。同年東京六大学野球連盟へも兼務し、米国進駐軍に接収されていた明治神宮野球場が解除されたのを機に第1回全日本大学野球選手権大会の開催に尽力した。1970年に明治神宮野球大会実行委員として第1回明治神宮野球大会の開催に奔走した。また1972年には国際交流が少なかった当時としては画期的な第1回日米大学野球選手権大会を立案し、開催する中心的な役割を果たした。

 1990年には学生と社会人による全日本アマチュア野球連盟の結成に大きく貢献し、2001年に専務理事、2005年より副会長として連盟運営にあたっている。1994年には日本の野球全体の発展を考え、プロ野球界との交流を広げるために全日本野球会議を開催し、オリンピック出場への道を拓いた。2000年のシドニーオリンピックでは史上初のプロ・アマ合同チームを編成して派遣し、続く2004年アテネオリンピックでは日本チームの団長を務めた。同大会で日本チームはアジアの代表として本大会に出場し銅メダルを獲得した。こうした氏の野球界への幅広い功績により、2006年春に旭日双光賞を受賞した。

 氏はまた自然環境保全のためにバット材のアオダモ植樹活動を行う特定非営利活動法人アオダモ資源育成の会の結成に尽力し、現在も副会長として同会の活動を支えている。

 日本学生野球協会は本学出身である安部磯雄初代会長の教えを基に今日に至っているが、54年の永きにわたりアマチュア野球界の指導者として現在も活動を続けている人物は氏をおいて他に例をみない。

 ここに早稲田大学は、大学野球を始め野球界全体への永年にわたる功績と献身に対して、長船騏郎氏を早稲田大学スポーツ功労者として表彰し、その名誉を永く讃えるものである。

掲示責任箇所:広報室広報課


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