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顕 彰 状
末吉興一氏は1934年9月20日に生まれ、幼少期を福岡県北九州市で過ごした。1958年東京大学を卒業と同時に建設省に入省。1978年自治省大臣官房地域政策課長を経て、1984年建設省河川局次長、1985年国土庁土地局長を経験し、国土の建設のために28年間にわたって北は仙台市、南は宮崎市まで公務員として奮闘し、持ち前の気概と行動力によって多くの業績を残した。
1987年北九州市長選挙において初当選し、市政に関わり現在5期目をむかえている。
北九州市は、末吉氏の強いリーダーシップのもと、1988年「北九州市ルネッサンス構想」を策定し、1989年国際東アジア研究センターを開設、1996年北九州国際物流センターを開業、2000年にアジア・太平洋環境大臣会議を開催するなど、アジア地域との文化・経済交流に力を入れており、姉妹都市の締結をした韓国の仁川広域市等の協力のもと、2004年東アジア経済交流推進機構を創設し、水辺と緑とふれあいの「国際テクノロジー都市」へと再生している。そして、2006年3月には、新北九州空港を開港し、200万都市圏の空の玄関にふさわしい態勢を整えることとなった。その他、教育、環境、福祉分野においても市民と一体となった改革は他自治体に先駆けるものであり、末吉氏の行政運営における先見性のみならず、強い実行力と優れたリーダーシップによるものである。
早稲田大学は、アジア志向の方向性を明確に示すため、北九州地域に産業技術の高度化と新たな産業の創出を目指して、末吉氏の全面的な協力のもと、1998年に北九州市と基本協定を締結した。この協定書に基づき、本学は研究所の土地・建物・備品および教職員宿舎の無償貸与を受け、2001年理工学総合研究センター九州研究所を開設したのである。
その後、さらに北九州市から土地・建物の無償貸与と北九州学術研究都市教育研究機関整備補助金の交付を受け、広くアジア全体を含む生産工業への転換のための総合的視野を持つ人材育成および研究のために、2003年には大学院情報生産システム研究科を開設した。同研究科設置にともない、その地を「早稲田大学北九州キャンパス」と位置づけ、北九州学術研究都市の一角を担うとともに、早稲田大学はアジア地域との更なる交流を促進することとなった。
末吉氏のその情熱あふれる行動、時代を切り開いていく高い志と強い意志は、市民と共に地域を発展させるリーダーとして高い評価を得ている。
早稲田大学は、「アジア太平洋地域における知の共創」を目指し、特にアジア地域と様々な教育研究交流を通じて、アジアのリーダーとなるべき地球市民の育成や最先端の研究を進めているが、氏の理念はまさにこのコンセプトと一致するものであり、長年氏が地方自治の場において率先して実践されていることにほかならない。
以上のごとく、氏の経歴および業績が示すように、学術研究都市の形成、産学創出、国際交流など国際社会を見据えた地方自治の場における氏の功績はまことに卓越するものであるのみならず、本大学の発展に寄与するところ大というべきであり、末吉氏を名誉博士として迎えることは、本大学にとってこの上ない喜びである。
ここに早稲田大学総長・理事・監事・評議員ならびに全学の教職員は一致して
末吉興一 氏に
名誉博士(Doctor of Laws)の学位を贈ることを決議した。
学問の府に栄えあれ!
大学が栄誉を与えんとする者を讃えよ!
(Vivat universitas scientiarum! Laudate quem universitas honorabit!)
2006年3月25日
早稲田大学
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