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オピニオン

No.241 ヘッジファンドは規制されるべきか?

存在感を増すヘッジファンド

 近年、ヘッジファンドの急成長が注目を浴びている。運用純資産のグローバル残高は、2000年末に4,000億ドル程度であったものが、2006年末には約1兆5,000億ドルに達した模様だ。大量の資金流入は、ヘッジファンド投資がもはや一部の特別な人々だけのものではなく、機関投資家を中心に、広範囲の投資家に受け入れられるようになったことの反映と言える。欧米に比べるとやや遅れたものの、日本でも年金基金や保険会社などの投資対象としてはすでに定着しており、最近は一般個人向けのヘッジファンド類似商品も出回るようになった。

 このようなヘッジファンド人気を支えているのは、「伝統的な株式投資などと比べて、ヘッジファンドはリスクを抑えつつ、魅力的な『絶対収益』をもたらすことができる」という投資家の認識だ。「絶対収益」とは、株式市場や債券市場の全般的な相場変動とはあまり相関のないリターンという意味である。長期にわたって株式市場の低迷を経験した日本の年金・生保等にとって、株式相場とは独立した運用収益の源泉を確保することは至上命題であったため、ヘッジファンド投資を拡大するのは自然な選択であった。リスクの大きさという観点から見ても、ヘッジファンド指数の変動率(リターンの年率標準偏差)は7〜8%程度であり、主要株価指数(S&P500やTOPIX)の約半分に過ぎない。長期的なリターンは株式市場と大差ないので、リスクの割に高いリターンが得られるように見える。

 そうは言っても、ヘッジファンド投資のリスクは標準偏差だけで語れるような単純なものではなく、またヘッジファンド指数の実績値には期待リターンの過大評価につながるバイアスが含まれている。膨大な数に上る運用会社は本当に玉石混交であり、投資哲学や運用手法も千差万別だ。システム開発などに十分投資した上で、洗練された投資戦略とリスク管理によって安定したリターンを上げているファンドもあるが、他方では無謀なリスクを取って破綻に至り、市場を混乱させるケースもある。

ヘッジファンドは危険な存在か

 ヘッジファンドは本来、投資家を限定する代わりに公的規制を免除されて運用の自由度を得たファンドであり、投資家にとってのリスクは自己責任の問題であろう。しかし、ヘッジファンドの行動によって影響を受けるのは、そのファンドの出資者だけではない。各種取引を通じてヘッジファンドに融資している銀行なども大きな損失を蒙る可能性があり、その結果、金融システムの安定性が損なわれるおそれもある。実際、1998年にはロシアの債務不履行が引き金となって、大手ヘッジファンドであるロングターム・キャピタル(LTCM)が破綻し、先進国の債券市場に大きな混乱をもたらした。主要国の中央銀行や監督官庁も、この「LTCM危機」をきっかけにヘッジファンドの動向に注目するようになった。

 ヘッジファンドの監視に関する国際的な枠組みでは、金融機関とヘッジファンドの間の取引に焦点を当てるアプローチが基本となっている。直接的規制よりも、銀行等を通じた間接的コントロールが選択されたわけだが、その結果、金融機関や投資家の求めに応じる形で、ヘッジファンドの透明性はある程度改善された。これに対し、1997年のアジア通貨危機をきっかけにマレーシアのマハティール元首相などによって声高に主張されてきたヘッジファンド規制論は、国際的な金融監督の枠組みの中で主流となることはなかった。先頃(2007年5月中旬)開かれた主要8カ国(G8)財務相会合でも、外資による企業買収を警戒する主催国ドイツがヘッジファンド規制の強化を主張したものの、他国の支持が得られず、従来の枠組みが基本的に維持されることとなった。

 ヘッジファンドの投資戦略の基本は、市場の「ゆがみ」(明らかに割高・割安な資産が放置されている状態)を利用し、市場価格が適正価格へ収束していく過程で収益を得るというものだ。適正価格からの大きなズレは、制度や政策の不備や非合理性に起因することが多いが、ヘッジファンドはその行動の結果として適正価格への収束を促進し、市場の流動性・効率性向上に貢献する。したがって、過剰なヘッジファンド規制は市場の効率性を損なう危険が大きい。実際、これはG8諸国の多数派の立場でもある。

市場の構造的欠陥を示す警告シグナル

 これを裏側から見れば、透明で効率的な資本市場において、ヘッジファンドが大儲けする機会は少ないはずだと言える。アジア通貨危機も、外貨建ての短期資金に過度に依存したアジア諸国の資金調達構造が直接の引き金だったが、そもそもなぜそのような形でしか先進国からの資金が調達できなかったかという問題について反省すべきだろう。アジアの「インサイダー資本主義」では、外部株主の権利を守るコーポレート・ガバナンスの仕組みが決定的に欠けていたため、先進国の投資家側に不信感が強く、株式発行による資金調達ができなかったのだ。このような構造はバブルの発生に結びつきやすく、逆にいったんバブル崩壊が始まると、短期資金の引き揚げがいっせいに起きて大きなダメージを蒙る。ヘッジファンドは単にこうした危機の予兆に敏感に反応しただけである。

 ヘッジファンドが稼ぐ利益は、市場や政策の構造的欠陥を指し示す、一種の警告シグナルである。「投機の嵐が吹き荒れる」中で「世界のヘッジファンドを迎え撃つ」(NHK)といったセンセーショナルな表現で相変わらず人々の警戒心を煽るマスメディアもあるが、まじめな政策当局者や市場参加者にとって、ヘッジファンドの戦略は、市場の構造的欠陥とその改善策について真剣に考えるための良き材料となるはずである。

(2007年5月28日更新)


※この特集はasahi.comに2002年10月〜2008年3月まで掲載されたものです。
※掲載内容を早稲田大学と朝日新聞社に無断で転載することを禁じます。

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