2009年度卒業式 特別功労者・芸術功労者・スポーツ功労者を表彰

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2010年3月26日

 3月25日に挙行された2009年度卒業式において、奥島孝康前総長を特別功労者、北村治氏を芸術功労者、日下田實氏をスポーツ功労者として表彰いたしました。

【特別功労者:奥島孝康前総長】
 1939年、愛媛県生まれ。早稲田大学第一法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程満期退学。法学博士(早稲田大学)。早稲田大学教務部長、図書館長、法学部長を歴任し、1994~2002年、第14代総長。現在、早稲田大学学事顧問、日本高等学校野球連盟会長等を務めている。2002年、フランス叙勲パルム・アカデミック(教育功労章)受章。本学に奉職以来、教員として、また多くの要職で大学の発展に尽力した。特に総長在任中は、多方面にわたる大胆かつ緻密な改革によって、大学の活性化と早稲田第二世紀への礎を築いた。

【芸術功労者:北村治氏】
 1936年、東京生まれ。幼少より、名人と謳われた厳父・北村一郎の薫陶を受け、11歳で初舞台を勤めて以来、日々研鑽を続け、繊細で深みのある芸境を確立した現代屈指の囃子方。1955年、憧れていた早稲田大学第一文学部文学科仏文学専修に入学。同専修三年の1957年には、大曲「道成寺」を初演し、小鼓役者として自立した。卒業後は着実に歩みを進め、若手小鼓役者の随一と目される。1975年には日本能楽会会員に推され、古典の名曲ばかりでなく、新作能や現代演劇との共演など、幅広い活躍を見せた。80年代以降は、能の秘曲上演のほとんどの小鼓役を一人で勤めるなど、斯道の重鎮として不動の地位を築いた。
 氏の鼓は、決して派手やかな大音ではないにも関わらず、いわゆる遠音の利いた深く澄んだ音色を身上としており、簡にして要を得た間合いの取り方も絶妙。現代の能楽囃子の魅力を代表する芸と称される。観世寿夫記念法政大学能楽賞を受賞、人間国宝として斯道を代表する名人であり、氏の鼓を聞くために能楽堂を訪れるファンも少なくなかった。昨年、職業病ともいうべき腕の故障により、惜しまれつつも、潔く舞台を引かれた。その業績は、本学卒業の芸術家の鏡ともいうべきものである。

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【スポーツ功労者:日下田實氏】
 1930年、栃木県芳賀郡益子町(現)生まれ。1948年、早稲田大学専門部政治経済学科に入学。在学中は山岳部に所属し、北アルプス剱岳、穂高岳の積雪期登山を成功させるなど、当時の学生登山界をリードする登山家として活躍した。四年次には代表委員主将を務めるとともに、早稲田大学南米アコンカグア登山隊に隊員として参加し、登頂を果たした。この遠征によって早稲田大学体育名誉賞を受賞している。その後、1956年にはマナスル世界初登頂に成功した第3次マナスル登山隊に隊員として参加し、8163メートルの頂上に立った。マナスル世界初登頂は、ヒマラヤ・オリンピックといわれた当時の8000メートル峰登山の中でも特筆される成果で、一連の新聞報道や記録映画「マナスルに立つ」は国民を熱狂させ、若者、少年たちを勇気づけた。終戦から10年余、歴史的といってよい快挙だった。
 マナスル登頂から帰国後、毎日新聞社に入社し、運動部記者として活躍。1960年からは早稲田大学体育局講師として体育実技「山岳」を担当し、62年からは山岳部監督を務めて後進の育成に当たった。その後は郷里に戻り、益子町教育委員会委員長、県教育委員会委員長などを歴任して郷土の振興に貢献。また、社団法人日本山岳会の評議員などを務めて日本登山界の発展に寄与した。2001年にはマナスル登頂、地方教育への貢献などに対して勲五等双光旭日章が贈られた。

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以 上