2008年度 学部卒業式、芸術学校卒業式ならびに大学院学位授与式式辞

2009年3月25日
早稲田大学


 本日、ここに2008年度学部卒業式、芸術学校卒業式、大学院学位授与式を挙行するに当たり、大学を代表いたしまして、卒業生諸君ならびにご列席のご家族・友人の皆様に対し、心よりお祝いを申し上げます。本日、晴れてこの早稲田大学を巣立っていかれるのは、学部卒業者9,695名、芸術学校卒業者106名、大学院修士課程1,909名、大学院専門職課程686名、博士学位受領者171名、合計12,567名におよびます。


 有効な制御機能を持たないまま複雑に相互依存を深めそして巨大化した世界の金融経済システムの帰結として「100年に一度」ともいわれる世界同時不況が生じています。世界がビジョンを模索している困難な状況の中で、早稲田大学が、今年も、時代を変革し新しい社会を生み出す可能性を秘めた、多彩で個性溢れる俊英を世に送り出すことができることは大学人としてこの上ない慶びであります。


 知識基盤社会といわれる21世紀もほぼ10年経ち、市場万能の考え方もこの間の危機で崩れ、各国の金融・経済システムの脆弱性が明らかになりました。米国のサブプライムローン問題に端を発した金融不安から国際金融危機に陥り、世界各国の実体経済に多大な影響を及ぼしています。


 世界の状況が米国の一極支配から多極化に向けて大きく舵をきるかもしれないこの歴史の大転換点において、他方で、気候変動・エネルギー問題、感染症対策、食糧問題など人類に共通で地球規模の緊急課題も急速に増えつつあります。それらの課題に立ち向かい、新しいシステム構築に取り組む人財こそ今必要とされています。既成概念に制約されない国境を越えた真理、すなわち深くしかも実践的でもある学問の基盤の上に人財を育成する大学がその期待に応えなければなりません。大学はその責任を自覚し努力しなくてはなりません。


 創立125周年を経過した本学が第二の建学で目指すものは、「権力の下に支配されず、独立して意の向かうところへ赴くこと」という大隈重信の志した私立大学の原点を基礎として「日本の大学という存在を超える」グローバルユニバーシティに飛躍することです。


 早稲田大学は昨年、ここ10年のビジョンとして「Waseda Next 125」を社会に公表し、経済不況の影響を受ける中、計画を厳選しつつ、教育面では多文化融合に対応した教育システムの高度化を進展させ、研究面では、国内外の機関との連携による国際レベルの研究体制を構築し、新学術分野の創出に不可欠な若手研究者の増強に着手しています。アジアの早稲田、世界のWASEDAとして、学問の活用を通じて社会に問題解決の方向性を提示し、世界や人類に貢献することが今まさに私達に求められている責務と考えています。


 さて、津波のような突然の経済危機とその解決の困難さを前に社会に飛び立つことに逡巡している人がいるかもしれませんが、今日にも共通する道徳の大切さや社会に立ち向かう姿勢を、近代国家形成の過程で説いた二人の人の言葉を贈りたいと思います。


 一人は、本学に多大な財政的援助をいただいた本大学「校賓」の一人であり、「日本資本主義」の父といわれた渋澤栄一です。


 渋澤栄一は日本の資本主義的経営の確立に大いに貢献し、基幹産業のうち500余りの会社を設立するとともに約600の社会公共事業の創立に関係しました。「君子の実業家となれ、小人の実業家となる事勿れ」と喝破し、倫理と利益の両立を掲げ、富は社会に還元するものとする「道徳経済合一説」の理念を実行しました。真の成功とは「道理に欠けず、正義に外れず、国家社会に利益するとともに自己も富貴に至る」ものでなくてはならない。事に対しては、「どうすれば道理にかなうか」をまず考え、そして「その道理にかなったやり方をすれば国家社会の利益となるかどうか」を考え、さらに「どうすれば自分のためにもなるか」と考えるべきである。と説いています。自分から考えはじめる考え方は間違いであると強く言っています。


 渋澤栄一は、校歌が制定された25周年、「教旨」が制定された30周年、大隈記念大講堂が竣工した45周年にかけて、本学が名実ともに私学の雄と称される原型が形作られた20余年の歴史のなかで常に募金活動の先頭にたち、「終始一貫して熱誠なる賛助を与えられた。」と記されています。渋澤をはじめすべての「校賓」は、大隈の説く「学問の独立」に共鳴し、教育・育英事業を国の未来への投資と考えて、一切の見返りを期待せずに、浄財を本学に寄付したのであり、教育立国を考えた大隈の初志貫徹を支えた成果が、今日の早稲田大学と私学の繁栄に繋がっていると言えます。


 渋澤のごとく、まず私欲を捨て、社会に貢献しようとする志こそ、本学において深い教養と学識を身につけた皆さんに第一に求められる姿勢であると考えています。


 次に、大隈重信が創立15周年祝典に際し、卒業生に初めて行った演説を紹介します。「卒業生諸君が、卒業証書を得て社会に出るのは、いわば、これから複雑な社会で勇戦奮闘する初陣である。ところが、初陣というものは、なかなかむつかしい。どうも、諸君の向かうところには、種々の敵がたくさんある。種々の伏兵にも出会う。道徳の腐敗とか、社会の活気なさなどは、もっとも恐ろしい敵である。もう、出陣しない前から敵があらわれてきている。」と述べ、さらに「この複雑な社会の大洋で、航海の羅針盤は何であるかというと、学問だ。諸君はその必要な学問を修めたのだが、まだ初歩である。」「すべての仕事をすると同時に、手に本を持っていなければならない。本を放したら、誰でも直ちに失敗し、再び社会に立つことは出来なくなってしまう。この一言をもって、まず諸君を戒めておこう。」と社会へ出てからの学問と生涯にわたって学習することの重要性を説いています。私達にとって生涯学ぶという意味は何か、それは単に知識を得て仕事がうまくできるようになることではありません。終生自分自身が納得できる生き方を目指して学ぶことを意味しています。大隈さんは私達に一生謙虚に常に新しい自分を発見するべく学び続けることを要求したのです。


 高速に変化する現代さらにグローバリゼーションの進展によって多くの異なる文化が接点を作り、ときには混合する複雑な社会ですが、人類には歴史を通じた価値観が厳然として存在しています。皆さんは、世界の縮図ともいえるこの5万人の学生の学ぶキャンパスで、この価値観を、学問、社会を学ぶ中で身につけたことと思います。そして自分を知る喜びを、厳しい失敗と経験の中で獲得し培ったと信じます。皆さんは、全世界で活躍する50万校友とともに現在のこの困難な状況に十分立ち向かえる力と資格を与えられています。大隈さんは「学校は決して一人のものではない、国のものである。社会のものである。」と述べました。早稲田で育った皆様は疑いなく「社会のために育った」と確信します。早稲田人として前を向いて自信をもって進んでいって下さい。


 卒業生諸君本当におめでとう。


2009年3月25日(水) 戸山キャンパス・記念会堂において