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−2006年2月13日、早稲田大学国際会議場 井深大記念ホールにおいて名誉博士学位の贈呈を受けてー
ありがとうございます。どうもありがとうございます。総長、早稲田大学名誉教授の皆様、アウォリ大使、ご来賓の皆様、生徒の皆さん、そしてご来場の皆様、日本の、卓越した教育機関の一員に加えていただくという大変な名誉に浴し、胸がいっぱいです。本日この場に立ち、大変に素晴らしい教育機関の壇上でお話しさせていただき、その一員とさせていただくとは夢にも思っておりませんでした。皆様は教育機関として私に大きな名誉をお与えくださり、大変に恐縮しております。総長、そして皆様、私は今回いただきました栄誉に対し、お寄せいただいた期待に恥じないように活動していく所存です。
来日はほぼ1年ぶりとなりますが、今回の訪問の目的の1つは、前回の来日時に私たち使節団が皆様から受けた友情と歓迎にお礼を申し上げたかったことがあります。恥ずかしながら、英語は私にとっても皆様にとっても外国語であり、私は日本語がまったくわかりませんでしたので、前回は自分が世界に向けて発信したかったメッセージを日本できちんとお伝えできるかどうかあまり自信がありませんでした。そしてスワヒリ語がおわかりになる方は、もしいらっしゃるとしてもほんの少数の方しかいらっしゃらないのではないかと思います。ですから私はどのようにコミュニケーションを図ったらよいか自信が持てなかったのです。ところが、思いもよらない運命の巡り合わせで、私は日本に到着したまさにその日に、毎日新聞東京本社編集局長の観堂氏から精力的で興味深いインタビューを受けることになったのです。話をしていくなかで、私はケニアで展開しているキャンペーンについてお話ししたのです。1回使っただけで廃棄してしまう薄いプラスチックパッケージは新聞の包装に使用しないようにしようと訴えるキャンペーンです。私は「プラスチックパッケージは、一度捨てられてしまうと、蚊の繁殖に最適の住処になってしまいます」と話しました。ご存知のようにマラリアは蚊が媒介になるのですが、マラリアは、アフリカでは重大な死病の1つなのです。ですから私は、薄いプラスチックで新聞を包装し、それを廃棄するということは、蚊を繁殖させるすみかを作っているのと同じことで、つまりはマラリアが蔓延する確率を上げているにすぎない、と私の仲間と共に主張し続けているのです。
そこで私は、私がケニアで「3つのR」キャンペーンの推進に努めており、少なくともプラスチックに関しては、我が国のプラスチック業界に対して、たとえそこから利益が生まれるとしても業界は責任を取る必要があり、環境に対する企業責任を負わなければならない、従ってたった1度しか使わないプラスチックの生産は中止すべきである、と述べていることを毎日新聞の観堂編集長にお話ししました。その代わりに、生分解性プラスチックを生産するか、パッケージとして繰り返し使える厚手のプラスチックを使うかしなければなりません。
すると観堂編集長は、日本では資源を大切に使い、資源を無駄にしないという概念を「もったいない」という言葉で表現していると教えてくださいました。「なんて美しい言葉だろう」と思いました。「もったいない」と、私は繰り返してみました。「すてきな言葉ですね」。そこで私は次の機会に、つまり翌日のことですが、日本の友人や聴衆の皆様とお話を始めるときに、「もったいない」という言葉を使いました。そして「私が申し上げたいのは、私たち1人1人がこの概念を個々のライフスタイルに取り込まなければならないということ。買い物をするときであろうと、何か食べるときであろうと、消耗品を購入するときであろうと、この言葉を使うのです。個人レベルで『もったいない』を実践しなければなりません」とお話ししたのです。すると日本の方々は即座に私の言わんとするところを理解してくださいました。私は自分のメッセージが熱く受け入れられてとても嬉しく思います。
環境省の小池大臣、小泉総理大臣にもお礼を申し上げなければなりません。お二人は深い理解を示してくださいました。小泉総理大臣はすでに「3つのR」という言葉を使われていて、「これからは『3つのR』と『もったいない』を使うことにします」とおっしゃいました。小池大臣も同じです。お二人はどこへ出かけても、3つのRともったいないという2つの概念を一緒に使おうとしてくださいました。毎日新聞は私が訪問する先々にお越し下さり、もったいない精神の提唱をお手伝いくださり、大きな支えになりました。その後、私たちは国連を訪問しました。G8サミット、ローマ、ニューヨーク、ナイロビも訪問しました。そして環境というのは世界的なレベルで議論できるのだということを世界に提示しようと努めています。教室で議論することもできます。しかし結局のところ、環境というのは私たち個々のライフスタイルに取り込まなければなりません。つまり、個人レベルで「もったいない」を実践しなければならないのです。ですから私は日本に戻ってこられて非常に嬉しく思っています。
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