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30秒咥えるだけの歯磨き革命 「全自動歯ブラシ」を開発した早大院生

「WASEDA-EDGEに出合って、研究への意識が変わった」

大学院先進理工学研究科 博士後期課程 2年
Genics CEO(最高経営責任者)
栄田 源(さかえだ・げん)

全身の健康に直結している口腔(こうこう)および歯。とても重要な毎日の歯磨きが短時間で正しくマウスピース型のブラシを口に咥(くわ)えているだけで行える「次世代型全自動歯ブラシ」を、早稲田大学先進理工学研究科博士後期課程2年の栄田源さんが開発しました。複数の小型電動モーターによって、歯列に沿ってブラシが上下左右に動き、約30秒で手を使う一般の歯ブラシと同じ歯垢(しこう)除去率で磨くことができます。2019年1月、早稲田大学理工学術院の石井裕之准教授との共同研究として、米国・ラスベガス最大規模の電子機器見本市「CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)」で発表し、メディアにも大きく注目されました。博士後期課程進学とともに製品化に向けて起業し、経営者の顔も持つ栄田さんにこれからの展望を聞きました。

「次世代型全自動歯ブラシ」(右)を実際に使用している様子

――栄田さんが早稲田大学を選んだ理由は何でしょうか。

高校受験で早稲田大学高等学院から進学しました。もともと実家が慶應義塾大学に近かったので慶應義塾高校に行こうと思っていたのですが不合格(笑)。結果として、早稲田大学に入ることができて良かったです。動くものが好きで、高校生のころからロボットの先端研究で知られる早稲田で機械工学が学びたいと思うようになりました。多くの大学はメーカーなどが既に販売している製品を基に研究・開発をしていくのですが、早稲田では自分が好きなものを自分の発想でゼロから作っていきます。これは非常に恵まれた研究環境だと思います。

――研究の道を志した理由は何ですか。

転機となったのは創造理工学部4年生のときに「WASEDA-EDGE人材育成プログラム」(※1)を受講したことです。「研究成果を創出するだけでなく地球規模の視点でビジネス創造につなげる人材を育成する」というプログラムで、実際にコア技術をビジネスにつなげて社会実装を果たした起業家や大手企業役員の方の話を聞き、「そういう世界があるのか。世の中に役立つ研究を発信するのは面白そう」と思うようになりました。ビジネスサイドから研究を考えるという意識が生まれた重要な出合いでした。

ラスベガスの電子機器見本市で発表する石井准教授(左)と栄田さん

2015年、修士1年の夏にJST(科学技術振興機構)の「大学発新産業創出プログラム(START)」のロボティクス分野に、「次世代型全自動歯ブラシ」の原型といえる「口腔ケア補助ロボット」の開発を提案して採択されました。これは主に介護施設向けのロボットで、ポンプも使って唾液を吸い出せるようにするなど、さまざまな機能を盛り込んだので携帯できるサイズではありませんでした。しかし、これが試作機1号であり、全自動歯磨きプロジェクトの始まりといえます。高西淳夫教授が代表、私がプロジェクトリーダーとなって2016年3月まで開発を続けました。

※1)文部科学省が実施したグローバルアントレプレナー育成促進事業の一つ。2014年から3年間、起業家精神の涵養(かんよう)、起業家の育成を目標に掲げて実施された事業で、早稲田大学は事業を担う選定機関の一つに選ばれていた。同事業は現在、「EDGE-NEXT」に継承され、早稲田大学は起業・新規事業創出を志す人材を文理融合で養成する「Skyward EDGE Consortium」を設立し、推進している。

――修士課程修了後、就職という選択もあったと思います。

私は「次世代型全自動歯ブラシ」の研究・開発を続けたかったのですが、例えばメーカーに就職して続けられるかどうか。会社は資金を出してくれないでしょうし、恐らく継続は無理。ところが自分が信念を持っていれば、他から何を言われようと突き進むことができるのが研究です。「中途半端に終わらせたくない。多くの人の役に立つように事業化をしよう」という私の思いが実現できる最適な環境が、早稲田の博士後期課程でした。博士に進むと同時に「次世代型全自動歯ブラシ」の製品化に向けて「Genics」を起業しました。

「Genics」のロゴマークが入った次世代型全自動歯ブラシ

――そもそも歯磨きロボットを作ろうと思ったきっかけは何でしょうか。

JSTに応募するアイデアについて研究室で議論し、日常生活で必ず行うことは何かという視点で考えて「歯磨き」にたどり着きました。手を使って歯ブラシで磨くという原始的な方法は、長年にわたって行われているのに、改善されません。短時間でより簡単にできたら生活改善につながるな、と思いました。

しかし、介護施設向けに作った試作機1号については、施設側からは「大きくて持ち運びができない」と言われ、多彩な機能は本当に必要なのかと思うようになりました。そこで広く一般に使われるように、本当に必要な機能「歯をきれいにする」に絞って小型化することにしました。このアイデアは2017年、JSTの「SCORE(社会還元加速プログラム)」(※2)に採択され、石井裕之准教授(理工学術院)をプロジェクトリーダーとして研究開発費を頂き、試作機2号を開発しました。

※2)大学などの優れた技術シーズを基にした成長ポテンシャルの高い大学等発ベンチャーの創出を促進するためのプログラム

――「次世代型全自動歯ブラシ」の技術的な特徴とはどのようなものなのですか。

人間が行っている歯磨きの動きを、ロボット技術を応用して再現していることです。歯に対する慣れ親しんだ手の動きを、全自動で機械が行います。既存の電動歯ブラシの振動モーターを利用したマウスピース型の歯ブラシは既に市販されていますが、「支点」に問題を抱えていますので使用している技術が根本的に違います。ただ、こうした商品が存在することは「マーケットがある」ということを示してくれていると思います。

――起業家的な視点ですね。社長としての考えも聞かせてください。

会社はベンチャーキャピタルから出資いただいて起業しました。私は社長でありエンジニアなので、自分一人で全ての業務を行うことはできません。開発部分も含めて、社員にどのようにタスクを割り振って課題を解決していくか。どのようにして一緒のゴールを目指せるかが重要だと思っています。グーグルやフェイスブックのように創業者が技術者であってもいずれは経営に専念していく必要があるかと思いますが、起業段階では技術者同士のコミュニケーションがはかどるため、経営者が技術者であることは理想的だと思っています。

海辺で歯ブラシを咥える栄田さん

――今まで社会実装を意識した研究を行ってきた経験を踏まえて、後輩に伝えたいことはなんでしょうか。

研究成果を社会に実装することやビジネスへの関心を持ちながら研究を続ける学生が増えてほしいと思っています。そのような研究者が増加することで、技術を利用する人を意識した研究が増えますし、新しい発想にもつながっていきます。今は実現できないことでも、未来の可能性を具体的に描くことで、大学で生まれる研究が人々の日常生活にイノベーションをもたらすと考えています。AI(人工知能)技術がまさにそうで、社会の意識がやっと先端研究に追いつき、今、世界に大きな変化が起きているのだと思います。

――今後の目標を教えてください。

「次世代型全自動歯ブラシ」を2019年中に製品化して販売し、いつでもどこでも歯を磨くというコンセプトを浸透させて、世界の歯磨き習慣を変えることが目標です。これはもう、歯磨き革命と言えます。会社へのサポーターをもっと増やして、介護が必要な方はもちろん、子どもから大人まで幅広く使っていただけるようにしたいです。

第732回

【プロフィール】神奈川県出身。早稲田大学高等学院卒業。同創造理工学部卒業。理工学術院高西淳夫研究室所属。趣味はキックボクシングと海外旅行。大学2年のときから地元のNPO法人「ロボロボ・Club」で小中学生向けのロボット教室で講師を務めている。2019年1月から同法人理事長。2016年4月から1年間、オーストリアに留学し、センサー開発企業でインターンシップを行った。Genicsの本社は早稲田大学インキュベーションセンター内。

“口にくわえるだけ” で通常の歯磨きと同じ効果 手による磨き動作不要の次世代型全自動歯ブラシの開発に成功

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