Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田 盤上の勝負師 加藤一二三×中村太地 不滅の芸術作品「ひふみん」

「ひふみん」として親しまれる将棋界きっての人気棋士・加藤一二三九段(早稲田大学第二文学部出身)。2017年6月20日付けで引退した後も、テレビや新聞、雑誌、ネットメディアでは特集が組まれ続け、将棋教室での講師などでも多忙な日々が続いています。中村太地六段(2011年、同大政治経済学部卒業)との対談後編では、「将棋に対する情熱は引退後も持ち続けていく」という加藤九段の意欲、公式戦29連勝という新記録を達成した中学生棋士・藤井聡太四段と中村六段との対局内容や、色あせることのない芸術作品としての将棋について語ります。

※対談は2017年5月12日に将棋会館(東京都渋谷区)で行われました。

2017年6月30日、引退の記者会見を終え、将棋会館を後にする加藤一二三九段(共同通信)
加藤一二三
(以下、加藤)
私は42歳で名人になったんだけれどもね、そのとき、升田幸三先生(実力制第四代名人)に、こう言われたんです。「加藤さんは最年少記録(プロ棋士)を持っているけども、名人になったあなたなら、最年長棋士記録も達成できるよ」って。実はそれ、実現したんです。はっきりいって、升田先生、すごい眼力がありますよね(笑)。

升田幸三実力制第四代名人(右)と加藤九段は数々の名勝負を繰り広げてきた=1958年11月6日(共同通信)

中村太地
(以下、中村)
最高齢現役棋士記録と最高齢対局記録を達成されただけでなく、最高齢勝利記録も達成されました。

加藤
2017年1月20日に勝って、最年長勝利の記録を達成したことは、直近では一番うれしい出来事でした。なぜかと言いますとね、その対局の日は私が規定によって引退を余儀なくされた翌日だったんです。棋士人生がほとんど終わったと思われた翌日にね、最年長記録を達成したことで、極めて明るい気持ちになりました。

2017年1月12日、将棋の公式戦出場最高齢記録更新となる対局に敗れ、引き揚げる加藤九段=東京都渋谷区の将棋会館(共同通信)

中村
僕もその将棋、勉強させていただきましたが、面白い、素晴らしい将棋でした。
加藤
私は今年の順位戦の結果により引退直前の状態になったときも、他の棋戦で勝ち残れば、その間は引退しなくてもいいんですよってことを強調していたんです。あるベテラン記者は、「そういう不可能に近いことを言うのが加藤さんらしい」と言いました。

でも、NHKのニュース番組「シブ5時」に出演されていた中村さんは、「不可能に近いことだけれども、加藤先生ならば、もしかしたら達成できるかもしれないし、何より、先生は勝つ気満々でそうおっしゃっている。そういう心意気が長年、先生がトップで将棋を指し続けてきた原動力だった」と言ってくれたのね。

77歳で最高齢勝利記録を達成した加藤九段=2017年1月20日、東京都渋谷区の将棋会館(共同通信)

中村
そうです。その先生の心意気が、見ている人にも本当に勇気を与えていると思うんですよ、僕は。
加藤
番組ではコンピューター将棋のこともお話になっていたんだけれど、そのときもね、中村さんは「加藤先生のように熱っぽく将棋を指す人がいる。それだけはコンピューターにはまねできないことで、それが棋士としての存在意義だ」と言ってくださった。満点のコメントですよ。はっきり言って、私の代弁者ですよ。だからね、私、思ったの、やっぱり中村さんは頭がいいって。だって、私の情報だと早稲田大学政治経済学部を首席で卒業された、とか。
中村
いや、首席では出ていませんよ(笑)。
加藤
私の中では「中村さんは、首席で早稲田を出た」ということになっているんです。なんでも、論文ですごく優秀な成績を収めたってきいていますよ。
中村
多分、それは論文コンクールのことですね。「無党派層の政党好感度 政策と業績評価からのアプローチ」という論文で、奨学金をいただきました。
加藤
中村さんが優秀だということはテレビを見ていても分かります。中村さんはNHK「NEWS WEB」にも1年間、毎週コメンテーターとして出演されていましたが、色んなことを語っていて感心して見ていましたよ。
中村
ありがとうございます。ちょうど王座戦のとき、Twitterで積極的に将棋の情報発信をしていたのですが、それがNHKの担当者の方の目に留まり、最新のIT技術を使いこなし、かつ古来の日本文化に身を置いている人物として、声を掛けていただいたんです。それから、少しずつ輪が広がっていって、同じNHKの情報番組「シブ5時」にも出させていただくようになりました。
加藤
時々見ていたんですよ。極めて真面目な話題について語っていて。あれは素晴らしいことですよね。
中村
最新のニュースを扱うので、事前の準備もすごく大変でしたけど、番組に出演させていただいたからには、自らしっかりと勉強しようという気持ちにもなりました。ちょうど早稲田大学に通ったことにもつながるのですが、色んなことを経験することによって、幅広い奥深い人間にもなれるかなと思って。一週間に一度、深夜の番組だったので、時間的拘束もあって当時は悩んだのですが、今は経験させてもらって良かったと思っています。

藤井聡太四段(左)は2016年12月24日、デビュー戦となった竜王戦6組で現役最年長の加藤九段を破った=東京都渋谷区の将棋会館(共同通信)

加藤
私はクラシック音楽を聴くのが趣味なんですが、最近、バッハの『シャコンヌ』という曲を聴いたときに、ああ、そうかと思ったんです。バッハというのは神様に音楽の才能を与えられて、その才能を信じて、音楽に打ち込んだんですよ。私もね、神様から将棋の才能を与えられた者として、やっぱり将棋に対する情熱は引退後も持ち続けていこうと、そう思いました。

素晴らしい棋士の将棋は研究していきたいという風に思っているところなんです。中村さんの将棋も研究したいですしね。その情熱さえ持ち続けていれば、多分、これから先ですね、そこそこ、いい人生が送れるという風に、相当強固な自信を持っているんです。中村さんは今、タイトル獲得を目指して精進されていますが、どのように将棋を研究されていますか?
中村
師匠である米長邦雄永世棋聖、また加藤先生、中原誠先生、大山康晴先生の将棋など、代表的な将棋は勉強してきました。最近は自分よりも年下の棋士の将棋も研究するようになりました。新しい感覚も取り入れて、後れを取らないように気をつけています。また、羽生善治三冠は小さいころから一番触れている将棋なので、自分の目指すところでもありますし、基礎となっている部分もありますね。

2013年10月、第61期王座戦第3局で羽生善治王座に挑戦する中村太地六段(共同通信)

加藤
なるほど。
中村
また、渡辺明竜王は、勘所が鋭くて、すごく勉強になります。終盤力がとても高く、参考にしたいですね。渡辺竜王はタイトル獲得した後に自分の将棋を見つめ直す機会があって、加藤先生の将棋を勉強されたとおっしゃっていました。非常に古い定跡書(※最善とされる決まった指し方を示した書)も含めて、貪欲にいろんなことを学んだとおっしゃっていたのが、すごく印象に残っています。研究に対する姿勢も、渡辺竜王は素晴らしいと思っています。
加藤
私が20歳の頃は先輩といえば、大山先生か升田孝三先生ぐらいでした。今の若い棋士たちの前には、少なくとも10人ぐらいのトップ棋士たちの名局が、棋譜として残っているわけです。それを研究するかしないかで違ってきますよね。どの棋士も心血を注いで戦っていますから。研究の意欲を持てばこれから先ね、中村さんはタイトル獲得も行けるんじゃないかと。
中村
本当に気持ちのこもった将棋ですから、しっかりと勉強したいと思います。ありがとうございます。
加藤
快進撃が続く藤井聡太四段が私と対談したとき、「優れた人たちの色んな棋譜を研究している」と言っていました。私たちの将棋も全部研究していると。やっぱりね、身に付いているんですよね。そういえば、藤井四段と中村さんが対局したときの棋譜を見たけれども、あれ、どこかで中村さんは勝ちを逃がしていますよ。
中村
そうなんですよ。僕も優勢だと思っていたんですけどねえ。ちょっと守りに入ってしまった場面があったのですが、もっと攻めた方がよかったと思っています。藤井さんも少し苦しい展開だったと言っていました。
加藤
棋譜を調べてみたら、「中村さん、こうやったほうが良かったんじゃないの」というのがあったんです。あの展開で中村さんがつらいわけがなかった。中村さんは、勝っていた。
中村
惜しいことをしましたね(笑)。
加藤
藤井四段の棋譜は、公式戦も非公式戦も全部調べました。藤井四段について語る機会もあるので、研究していないと確信の持てることは言えませんから。それにね、研究しだすと、全部調べたくなる。やっぱり、面白いんですよ。やっぱり、将棋は面白い。やっぱり、中村さんは勝っていたでしょ? 藤井四段に負けた棋士たちもみんな、今頃、研究に没頭してると思いますよ。今度は負けないぞと思っているはずですから。
中村
棋士だったら、みんな絶対思いますよね。
加藤
負けてね、「まあ、いいか」と思うようだったら、棋士を辞めた方がいい(笑)。
中村
本当にそう思います。将棋界、ますます盛り上がりそうですね。
加藤
私は「ひふみん」と呼ばれていますでしょ? あるインターネット番組で、羽生三冠にもニックネームを付けようという企画があって、とっさに「よっちゃん」って付けてあげたの。そうしたら、羽生三冠はさすがで「70歳になったら、『よっちゃん』と呼ばれたい」と言いました。知っているんですよ、羽生三冠は。羽生三冠はこれからが正念場の勝負師ですから、「よっちゃん」では勝負師の雰囲気が薄らいでしまう。若い人にはニックネームはない方がいいんです。これは私の人生観ですね。
中村
「よっちゃん」はネットで話題になっていましたね(笑)。
加藤
まあね、他に付けようがないものね。
中村
加藤先生は、70歳を超えられて「ひふみん」と呼ばれていますけど、強さがあって、威厳があって、さらにはかわいらしさまでが世間で認識されている。本当に唯一無二の存在だと思います。
加藤
ははは。基本的にはね、大体いつも喜ぶようにして、あまり不平は言わないようにしていますね。人はどんなときでも柔和を失ってはいけない。キリスト教には「暗いと言って不平を言うよりも、進んで明かりをつけましょう」という言葉があるんですね。今のローマ法王も「人は70歳、80歳になっても喜んで生きていきましょう」とおっしゃっている。これはね、自分にぴったりの言葉だなと思って、いつも肝に銘じていますね。
中村
加藤先生のように年を重ねても、熱っぽく将棋を指し続けられたら理想だなと思います。
加藤
私はいい将棋を指すために精進してきて、62歳でもA級(※定員10名のトップ棋士のクラス)だったんですよね。さらには、A級のまま、69歳で亡くなられた大山先生のような例もある。69歳でも最高のクラスに入ることは可能なことなんですよ。ですから、中村さんにもそういったことを目指していただきたいと思います。
中村
ありがとうございます。加藤先生のように健康で、長く活躍し続けるのは、なかなか難しいとは思いますが、ぜひ、その高い目標に向かって精進していきたいと思います。加藤先生は僕にとって、究極の目標です。先生の今後の活動を楽しみにしている方は本当に多いと思いますよ。僕も楽しみにしています。
加藤
将棋というのは、あらためて思いますと日本の伝統文化なんですよね。今までの名局は作品として残りますし、消えることはないと思うんですね。例えば、江戸時代の定跡の本なんかでもね、今われわれが見ても感動するようなものが残っていたりする。

だからね、われわれプロ棋士たちは50年、100年たっても色あせない、素晴らしい芸術作品を生み出しているともいえるわけです。そのことを自覚して、将棋のファンはもちろん、将棋をよく知らない人々にもね、伝えていければいいという風に思いますね。

加藤九段が名局として選んだ123局を解説付きで収録した著書『加藤一二三名局集』(マイナビ出版)

中村
本当にそうですね。今はものすごいスピードで物事が移り変わっていく時代だと思います。将棋は日本の伝統文化であり、その部分は将棋界の大きな誇りだと思うので、今一度、棋士がしっかり思い出して、認識していくという気概を持ってやっていくべきだと思いますね。

その上で、将棋を知らない人たちに将棋に興味を持ってもらうべく、テレビ番組出演だったり、Twitterでの発信だったり、自分にできることはどんどん試していって、自分なりの普及活動や、自分にしかできないことを探していこうと思っています。
加藤
私も『アウト×デラックス』(※フジテレビ系のバラエティー番組。世間の常識から外れた人々を紹介している)に出演させていただいたりしていますけれど、新しいことに挑戦するのはいいですよね。大学進学もそうですけど、やっぱり将棋だけやっているよりも、視野がぐっと広がる気がします。

ですから、中村さんのような若い棋士の方々には、どんどん新しいことに挑戦してもらって、さらなる将棋の飛躍、発展を目指してほしいというように思っています。それは非常に大きな、これからの私の楽しみですね。連勝を続けている藤井四段のように、優秀な棋士は必ずやどんどん出てくると思いますし、将棋の未来は前途洋々だと、そのように私は確信しているんです。
プロフィール
加藤一二三(かとう・ひふみ)
1940年
福岡県嘉麻市にて生まれる
1952年
初段
1954年
史上最年少14歳で四段に。最年少公式戦勝利
1958年
早稲田大学入学。八段。最年少でA組へ昇格
1960年
史上最年少20歳で名人戦初挑戦
1968年
十段戦で初タイトル奪取
1973年
九段
1976年
棋王位奪取
1977年
中原五冠相手に棋王位を防衛し、六冠阻止
最多勝利賞・連勝賞・技能賞
将棋栄誉賞(通算600勝達成)
1978年
王将位を奪取して二冠
殊勲賞
1979年
殊勲賞
1980年
十段戦タイトル奪還
1981年
十段戦タイトル防衛
殊勲賞
1982年
初名人
最優秀棋士賞・連勝賞(12連勝)
将棋栄誉敢闘賞(通算八百勝)
1984年
王位戦で王位奪取
1985年
最多勝利賞・最多対局賞
1986年
ヨハネ・パウロ2世から聖シルベストロ教皇騎士団勲章を受賞。
1989年
特別将棋栄誉賞(通算1000勝)
1993年
現役勤続40年
1999年
21連敗
2000年
紫綬褒章受章
2001年
史上3人目の通算1200勝達成
東京将棋記者会賞
2003年
現役勤続50年
2007年
史上初の通算1000敗を記録
2011年
通算1300勝達成
2013年
通算勝数歴代単独2位の1309勝を達成
史上初の通算1100敗
2015年
23連敗が始まる
2016年
藤井聡太四段のデビュー戦で対局し敗戦
2017年
6月20日、現役引退。62年10カ月の通算成績は1324勝(歴代3位)、1180敗(歴代1位)
中村太地(なかむら・たいち)
東京都出身。2011年早稲田大学政治経済学部卒業。2006年、早稲田実業学校高等部在学中にプロ棋士となる。師匠は米長邦雄永世棋聖。2011年度、勝率1位賞。2012年度、敢闘賞・連勝賞。
文・構成:小山田桐子(おやまだ・きりこ)
神奈川県出身。1999年早稲田大学第一文学部卒業。編集者を経て現在、フリーライター。著書に『将棋ボーイズ』 (幻冬舎文庫)、『わたしのハワイの歩き方』 (幻冬舎文庫)など。
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