Waseda Weekly早稲田ウィークリー

「あッしは・・・ニッポンジンでござんす、おッかさん」劇団SCOT-早稲田小劇場どらま館のルーツ<後編>

日本という言葉から感じるアイデンティティー

東京で、演劇界の頂点を極める活動をしていた鈴木忠志さんは1976年、突如、富山県の山奥・利賀村(現在・南砺市利賀村)へと拠点を移します。それから40年もの長い年月をかけて、人口500人余りの過疎の村は、世界レベルの作品が次々に上演される“演劇の聖地”として知られるようになりました。後編となる今回のお相手も、文学部2年生で「劇団くるめるシアター」に所属する井本巳仁さん。鈴木さんの作品テーマの中心に位置する「日本人」とは何か? いかにして「利賀」は演劇の聖地となりえたのか? そして、そんな鈴木作品から現役学生はどんな影響を受けたのか? 「SCOT」の舞台を巡りながら、現役学生と鈴木忠志その人の思考をたどる旅。決して交わることのない線が重なるように、「故郷」「居場所」「世界」という言葉が生まれたとき、旅は思わぬ終着点を迎えました。
ライター・萩原雄太(2006年第二文学部卒、劇団「かもめマシーン」主宰)

ニッポンジン:「切って切れねえ母子の間は、眼には見えねえが結びついて、互いの一生を離れやしねえ、あッしは江州番場宿のおきなが屋の倅、ニッポンジンでござんす、おッかさん」 (『ニッポンジン-瞼の母-』より)

前編で紹介した『ニッポンジン-瞼の母より-』では、博徒の「ニッポンジン」が生き別れた母に再会するも、冷たく突き放される姿を描き、「母」「故郷」を問いました。

車いすの男たち
「歴史よ・・・」
「歴史よ・・・」
「それをすてられたら・・・」
「それをすてられたら・・・」
「お前は休めるのに・・・」
「お前は休めるのに・・・」
(『世界の果てからこんにちは』より)

フェスティバルのメイン作品『世界の果てからこんにちは』では、「現代の我々には日本という言葉から感じる共通のアイデンティティーはない」という、日本人の心性を描き出しました。

鈴木さんの作品のテーマは一貫して「日本人とは何か?」ということでした。また、これらの劇中に流れる数々の歌謡曲について、鈴木さんは「なぜこの種類の歌が日本の大衆の心をつかみ流行ったのか」を考えることは、「人間理解の深さを身につけようとする演劇人には、日本人とは何かを考察する場合、欠かすことのできない一つの重要な作業だ」と語っています。それにしても、なぜそこまで「日本人」にこだわるのでしょうか? 一夜明けて行われた「鈴木忠志トーク」では、そんな創作の一端が語られました。

通常、演劇ではトークイベントといっても、映画の舞台あいさつように公演以上に人が集まることはそうそうありません。しかし「鈴木忠志」の場合、話は別。希代の演出家の話を聞こうと数百人もの人々が会場に詰めかけたため、会場は当日になって急きょ、予定されていたセミナールームから、収容人数の多い新利賀山房に変更しました。それでも定員をオーバーする観客が、鈴木さんの話に耳を傾けました。

1939年生まれの鈴木さんは御年77歳を数え、年齢としては老境という域に達しています。しかし、舞台上の鈴木さんの立ち振る舞いは、年齢などみじんも感じさせることのない堂々たるもの。「作品のことでも、私に関することでも、何でも聞いてくださって構わない」と、観客の質問に答えながら2時間にわたって立て板に水のごとく喋(しゃべ)り倒しました。「いい役者とは?」「オリジナリティーとは何か?」「これからの利賀について」など、観客の質問に対して矢継ぎ早に答えるその姿には、生命力がみなぎっています。井本さんも、前日に観劇した2つの芝居から、鈴木さんの「日本人」に対するこだわりについて質問。

井本
鈴木さんは一貫して、「日本」や「日本人であること」を作品のテーマの中心に置かれているかと思いますが、そこまで「日本」にこだわる理由を教えていただけますか

「難しいことを聞くなあ」と冗談めかしながらも、鈴木さんからは次のような答えが返ってきました。

「外国から見た場合、れっきとして『日本国民』は存在します。外国に行けば、誰もが必ず国家を背負わなければなりません。つまり、どういう立場で『日本人』としての自覚を持っているか、そんな意識が必要なんです。また外国人が日本人を見るとき、現在の日本人だけを見ているわけではありません。過去にどのような事件があったか、どのような問題が起こったか、過去と現在を両方検証していないといけない。私がやっているのは日本を主張するのではなく、私が所属している国家を考えること。政府の認識する日本ではなく、自分自身がまず『日本』を考えることが重要なんです」

1960年代、早稲田の地から、寺山修司や唐十郎らと共に「アングラ演劇」という全く新しいムーブメントをつくってきた鈴木さん。その目は、早くから、早稲田や東京を超えて「世界」での戦い方を模索してきました。「日本人として、何を表現するべきか?」「日本人として訴えられることは何か?」そんな思考から生み出されたスタイルは「スズキ・トレーニング・メソッド」と呼ばれ、世界中の演劇学校のカリキュラムに取り入れられるほど普及しています。

井本
“他者”を限りなく広く捉え、日本に限らず、アジアやヨーロッパ、アメリカまでも視野に入れること。そして、その「他者」が突き動かす未来を信じること。鈴木さんが話していた「早稲田の精神」とはもしかしたら、そのような“精神の在り方”なのかもしれない、と感じました
「芸術活動は、地域や民族や国家を超える」日中韓の役者が演じるギリシャ悲劇

そんな「世界」を意識した作品づくりが顕著に現れていたのが「利賀大山房」で行われた『ディオニュソス』でした。世界的に有名なギリシャ悲劇を、鈴木流にアレンジしたこの作品は、世界19カ国を駆け巡った鈴木さんの代表作。和服姿の登場人物たちが登場する舞台は、ヨーロッパ人には絶対につくれないギリシャ悲劇として、多くの観客を魅了してきました。

しかし、今回行われた『ディオニュソス』は少し様子が違います…。なんと、日本人のみならず、韓国人・中国人の役者が3カ国語で上演する特別バージョン! 当然、俳優たちはお互いの言語を完全に理解しているわけではありません。けれども、繊細な息遣いと、呼吸を合わせた演技によって間を取り、その舞台は一つの完璧な世界として提示されていました。いったいなぜ、鈴木さんは3カ国語上演などという荒業をやってのけたのでしょうか? かつて語られた次の言葉は、鈴木さんの「芸術と国家」に対するスタンスを示しています。

「芸術家とは、自分とは文化を異にする人間が現れたときに、どういう橋を架けて人間として付き合い、共存していくのか。そのためには、どういうものを共有しなければならないのかを考える人間です。ですから、芸術活動は、地域や民族や国家を超えるものです。違う文化で育った芸術家が国境を超えて、世界共通の財産になる。人類や人間という共通の概念をもって、しかも他人という異質な存在をいつも意識しながら、仕事をしてきたのが芸術家です」(『利賀から世界へ No.7』舞台芸術財団演劇人会議)

国籍も、言語も異なるアジア人たちによるディオニュソス。ここに、鈴木さんの生み出す演劇の真骨頂があります。利賀の地では、国家を超え、言語を超え、異なる背景を超えた芸術家たちが、舞台上で共存していたのです。

ところで、「演劇の聖地」と呼ばれる利賀村に集うのは、必ずしも演劇畑の人ばかりではありません。野外劇場や利賀山房を設計した磯崎新をはじめ、批評家の大岡信、写真家の篠山紀信、哲学者の柄谷行人など、これまでにも演劇関係者以外の人々が、その魅力に吸い寄せられるように集まってきました。今年も共に早稲田大学教授だった思想家・東浩紀氏や評論家・佐々木敦氏、そして民主党衆院議員の細野豪志氏に至るまで、さまざまなジャンルの才能が集結しました。「利賀」は、さまざまな人々に開かれた場所なのです。

そんな「開かれた利賀」を象徴する場所が、「天空と星空のシアターヴィレッジ」でしょう。利賀芸術公園近くの利賀国際キャンプ場特設会場で、フェスティバル期間に合わせて開催されたこのイベントでは、利賀名産のそばやイワナの塩焼き、イノシシ肉を使ったジビエカレー、さらには中国からやってきたシェフによる、本場の北京ダックまで、さまざまな料理に舌鼓を打つことができます。また子ども専用のプレイルームや、地元の青年団が協力した流しそうめんなどのイベントも開催され、多い日は1,000〜2,000人もの人々が訪れていました。利賀を拠点に地域プロデューサーをしている石田林太郎さんは、SCOTとの連携を次のように語ります。

石田
『天空と星空のシアターヴィレッジ』は昨年から始めたのですが、昨年は、演劇祭の来場者がやってくるのがほとんど。けれども、今年は演劇に全く関係ない人々にも宣伝を行い、夏休みの思い出として多くの家族連れでにぎわっています。現在、南砺市では演劇を核としながら地域ブランドを高めていく活動を展開し、SCOTと連携をしながら取り組みを行っているんです

利賀名産のそば、イワナの塩焼きなど。手軽にアウトドアが楽しめる場所として、地元の家族に人気スポットとなっている

現在、地方創生が叫ばれ、全国的にさまざまな地域おこしが行われています。「利賀」は、演劇界においては世界的なブランドとなりました。そんな知名度を武器にしながら、さまざまな活動を展開することによって、演劇だけではない利賀村の魅力を発信しています。鈴木さんが生み出した演劇の理想郷は、地方創生の最先端としても新たな一歩を踏み出しているようです。

演劇の聖地で得た刺激と見つめた自分の姿

あいにくの天候で、青空がのぞくことも少なかった利賀村での取材。演劇祭「SCOT Summer Season」での2日間の経験を通じ、井本さんは多くのことを感じたようです。

井本
とても多くの刺激を受けました。東京では見ることができないようなド派手な演出にしても、鈴木さんの独特のメソッドにしても、利賀村に来なければ体験できないことばかり。『世界の果てからこんにちは』の上演前に鈴木さんが喋るだけで、鳴りやまない拍手とブラボーの声が飛んでいましたよね。鈴木さん自身が一つの作品であり、40年間を積み重ねた象徴なんだと思います

井本さんは、学内の劇団で12月に作・演出を手掛ける舞台が決定しています。構想段階の舞台は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をモチーフにしながら、山手線を舞台に描く小さな個人の物語だという。「人生において、何か歴史的な事件が起こるわけではありません。日常の悲しさやつらさのほうが、私にとってはより大事件です」と語る井本さんの物語は、「日本人」「ギリシャ神話」など、壮大な世界を描くSCOTの舞台とは対極の世界になりそうですが・・・。

井本
鈴木さんや利賀村にはとても大きな刺激を受けた一方で、演出としてまねはしてはいけない。自分のやりたいことをする必要があると感じています。ただ、私自身、まだ内にこもるのは早過ぎる。外にアンテナを立てていろいろなものに触れる時期だと感じています。例えば、私は、自分のつくった作品が、誰かの琴線に触れて、何かが引っ掛かってくれればいいなと思いながら作品をつくっていましたが、鈴木さんのように“世界”を見ていないことに気付きました。今後も、さまざまな経験を通じて自分は変わっていくと思います。そのときそのときの自分の“居場所”を確認するために、利賀村にはまた足を運んでみたいですね

現在、演劇の最高峰にいる鈴木さんも、かつて西洋演劇の影響を受けた「新劇」と呼ばれる当時主流の演劇ジャンルに背を向けて、全く新しいスタイルを確立してきました。今回、現役学生である井本さんと共に鈴木さんや「利賀」に触れながら気付いたことは、「鈴木忠志が現在の学生だったら、現在の鈴木忠志の後は追わない」ということ。おそらく独自の道を開拓し、独創性ある「世界」へと船出していくことでしょう。けれども、そんな反骨精神をも、「利賀」という場所は包み込んでくれます。鈴木さんはかつて、利賀山房の空間を次のように語りました。

「日本文化の特徴とは、空間と人間の身体とが密接に結びついている、ということなんです。つまり、身体の中に、この空間が住み込んでいる。それで、私は、自分が生活している自然環境や住居が、自分の身体の中に住み込んでいるような場所が故郷だと思った。そういう意味で、身体の故郷をまず創らなければならないと考えた。それで、こういう劇場を作ったんです」(『利賀から世界へ No.7』舞台芸術財団演劇人会議)

もはや、鈴木さんの語る「故郷」とは合掌造りの「利賀山房」にとどまるものではありません。利賀村というエリアが、演劇人にとっての故郷となっているのです。今回の旅で、鈴木忠志という60年上の大先輩に触れた井本さんの中にも、「利賀」という故郷が芽生えました。鈴木さんとは全く違うスタイルでありながら、鈴木さんの薫陶を受けた演劇人の一人として、彼女もこれから活躍をしていくことでしょう。

プロフィール
萩原雄太
1983年生まれ、かもめマシーン主宰。演出家・劇作家・フリーライター。早稲田大学在学中より演劇活動を開始。愛知県文化振興事業団が主催する『第13回AAF戯曲賞』、『利賀演劇人コンクール2016』優秀演出家賞、『浅草キッド「本業」読書感想文コンクール』優秀賞受賞。かもめマシーンの作品のほか、手塚夏子『私的解剖実験6 虚像からの旅立ち』にはダンサーとして出演。
http://www.kamomemachine.com/

劇団SCOTWebサイト
http://www.scot-suzukicompany.com/
日本の、そして世界の小劇場運動の一大拠点に「早稲田小劇場ネクスト・ジェネレーション募金」ご支援のお願い
http://www.waseda.jp/student/dramakan/donation/index.html
早稲田小劇場どらま館Webサイトへのリンク
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