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特集

軽率な言葉で他者を傷つけないために 性の多様性をひもとく「クィア・スタディーズ」を知る

「性の多様性」を理解する上で、正しい知識が何よりも大切

「LGBT」という言葉もずいぶん広く知られるようになりました。テレビでは連日、「オネエキャラ」のタレントが活躍し、人気を博しています。セクシュアルマイノリティ(性的少数者)への理解度は高まっていると思われがちですが、実際はどうなのでしょうか?

「性の多様性」を研究する新しい学問分野「クィア・スタディーズ」を専門とする文学学術院専任講師の森山至貴先生に、キャンパスのダイバーシティの現状やセクシュアルマイノリティの仲間との接し方について聞きました。

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森山 至貴(もりやま・のりたか) 1982年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(相関社会科学コース)博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教を経て、現在、早稲田大学文学学術院専任講師。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。著書に『「ゲイコミュニティ」の社会学』(勁草書房)、『LGBTを読みとく―クィア・スタディーズ入門』(ちくま新書)がある。

「良心」や「道徳」より、必要なのは正しい「知識」

「性の多様性」について大学で授業をしていると、学生からのこんなリアクションに出会うことがあります。「私はセクシュアルマイノリティの友達がいますし、偏見はありません」。確かに、セクシュアルマイノリティなら性に関する偏見のある人よりない人と友人になりたいと思うでしょう。だからと言って、セクシュアルマイノリティの友人がいるから自分に偏見がないとの「お墨付き」をもらっていると考えるのは誤りです。本当は相手を傷つけ我慢させているのに、それに気付かない人はかなり多いからです。差別とは傷つけることの常態化でもあるので、マイノリティの側が我慢を押しつけられていることに気付けないことすらあります。友情は、二人の間に偏見が介在しないことを保証しないのです。

では、どうすればいいのでしょう? 「誠意」を持って接すればいいのでしょうか? それだけでは不十分なのは、ここまでの例からも明らかです。セクシュアルマイノリティとは、社会が想定する「普通」からはじき出されてしまった性のあり方を生きる人々のこと。セクシュアルマイノリティは、「普通」の性を生きろという社会の圧力によって常に傷ついています。こうした「普通」という暴力に対して、「良心」や「道徳」でアプローチするのは、我慢の押し付けを繰り返す可能性もあり、時に逆効果にもなりかねません。

改めてどうすればいいのか? ドライなようですが、私はセクシュアルマイノリティに関する正しい「知識」を得ることが何より大切だと考えます。友人や知人を傷つけないために何を知っておくべきか意識するのは、とても前向きな考え方だと思いませんか?

「LGBT」はセクシュアルマイノリティの一部でしかない

DSC_4538「LGBT」は、昨今さまざまなメディアで頻繁に用いられる言葉です。

「LGBT」とは、L(レズビアン/lesbian)、G(ゲイ/gay)、B(バイセクシュアル/bisexual)、T(トランスジェンダー/trancegender)の頭文字を取った略語で、セクシュアルマイノリティの総称と考えられがちです。しかし、実際は、LGBTに当てはまるのは多様な性のあり方の一部でしかありません。そのため、私の授業では、「普通」ではないとされる性を生きる人々の総称として、「セクシュアルマイノリティ」という言葉を使っています。

「性的指向」と「性自認」という概念を理解する

では、LGBTとは、どのような人々を表しているのでしょう。

L(レズビアン)とG(ゲイ)という言葉は、それぞれ女性同性愛者、男性同性愛者と言い換えることができます。ここで、同性愛を正しく理解するために知ってもらいたいのが、「性的指向」という概念です。これは、恋愛感情や性的欲望がどのような人に向かうかを意味するもの。異性愛を前提とした性の概念から「性的指向」を分離することは、「性の多様性」を正確に理解する重要な一歩となります。

少し脇道にそれますが、女性同性愛者を指す「レズ」、男性同性愛者を指す「ホモ」という言葉は、同性愛者に対する侮辱の意味を込めて使われてきた歴史があります。当人が自虐的に使うことまで禁じる必要はありませんが、他者に対して用いるべきではありません。

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ICC(異文化交流センター)で2016年5月に行われた「WASEDA LGBT ALLY WEEK」のイメージビジュアル。「ALLY(アライ)」とは「セクシュアルマイノリティの支援者・理解者」のこと

性的指向の宛て先となる性別が一つであるとは限りません。男性と女性の双方が性愛の対象となる性的指向を持つ人がB(バイセクシュアル)です。両性愛もまた、一つの性愛の形として存在していて、同性愛・異性愛との間に優劣はありません。両性愛者には、「同性愛モード」と「異性愛モード」の両方があり、それが自身の中で共存していると実感する人もいれば、恋愛感情や性的欲望を抱く対象の基準に性別が含まれないという人(パンセクシュアル)もいます。「B」という一文字でくくってしまうことすら、乱暴だといえるかもしれません。

最後にT(トランスジェンダー)について。これは、割り当てられた性別とは異なる性を生きる現象、もしくはそのような性を生きる人々を表します。

ここでさらに「性自認」という概念が役に立ちます。これは、読んで字のごとく、自身の性別が何であるか認識すること。この言葉を使うと、トランスジェンダーとは、自身の性別に関して、割り当てられた性別のあり方とは何らかの意味で異なる性自認を持つ人と言い直すことができるでしょう。トランスジェンダーは、さらにいくつかの種類に分類されます。このスペースでは、詳しく触れられませんが、性同一性障害の当事者や自身の性自認に沿う形に身体を医学的手段で変化させることを望む人もここに含まれます。

つまり、「性的指向」「性自認」の組み合わせだけでも、人々の性にはかなり多くの「パターン」が存在するのです。「トランスジェンダーのレズビアン(生物学的には男性、性自認が女性で女性を性的指向の対象とする)」「バイセクシュアルのトランスセクシュアル男性(生物学的には女性だったが男性に性別適合手術を行っており、性自認は男性で男女双方を性的指向の対象とする)」など、LGBTという言葉で想像される分かりやすい「四類型」には包括できないさまざまな性の形があり、そしてそれらは流動的かつ可変的であるということを、心に留めておくべきです。

このように、セクシュアルマイノリティはLGBTの「四類型」に限定されません。そして、そのようなセクシュアルマイノリティの多様なあり方、言い換えれば「性の多様性」を包括的に知るための学問分野が、次にご紹介する「クィア・スタディーズ」です。

新しい学問分野「クィア・スタディーズ」とは?

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「LGBT」を手掛かりとして、多様な性の在り方を知ることができる森山先生の新著『LGBTを読みとく―クィア・スタディーズ入門』(ちくま新書)

「LGBT」をひもとくだけでも同性愛、両性愛、トランスジェンダーとさまざまな性のあり方があることが分かりますし、そこに含まれない性のあり方の存在もお分かりいただけたと思います。ただ、こうした分類がしっかりと「整備」されるようになったのは1990年以降のことで、同性愛とトランスジェンダーが同じフィールドで語られているような時代も長くありました。私が専門とする「クィア・スタディーズ」は、まさに1990年代に誕生したセクシュアルマイノリティに関する、以下のような視座を共有する諸研究となります。

クィア・スタディーズは、ゲイに関する研究がセクシュアルマイノリティ研究を代表しているようなかつての傾向を排し、多様な性を関連づけて考察することを目指すもので、そこに「クィア」というそれまで用いられなかった言葉を冠している意図があります。「クィア/queer」とは、もともと日本語の「おかま」に対応する侮辱表現で、それをあえて用いることで社会による否定的なマイノリティ像を転倒させることも目指しているといえます。さらに、マイノリティはそれぞれの一貫したアイデンティティーを持つべきだという考え方を否定し、「自分が何者であるのか」を追求することを強制しないという指針もあります。これもまた、かつてのゲイ解放運動などと異なる点だといえるでしょう。

「クィア・スタディーズ」で得られる知識は、「普通」でない性を生きる他者あるいは自分自身を理解するだけでなく、文学や演劇の中で描かれる多様な性をより深く味わう面白さなどにもつながります。「クィア・スタディーズ」の詳細や誕生の背景については、この記事では到底語りきれませんので、興味のある方はぜひ私の近著『LGBTを読みとく―クィア・スタディーズ入門』を読んでみてください。

「クィア・スタディーズ」の理解を助けるおすすめ映画

515EN35B8WL『プリシラ』(1994年/オーストラリア/20世紀フォックス ホーム エンターテイメント)

オーストラリア・シドニーに住む3人のドラァグ・クイーンがバスに乗ってオーストラリア大陸を旅するロードムービー。年齢や境遇の違う3人の心の交流が、ド派手なファッションと70年代ディスコ・ヒットソングと共に軽快に描かれる。

81HFaYSNTKL._SL1442_『パレードへようこそ』(2014年/イギリス/角川書店)

英国のマーガレット・サッチャー政権下で起きた実話を基にした作品。ストライキ中の炭鉱労働者支援に立ち上がったロンドンのLGSM(炭坑夫支援レズビアン&ゲイ会)の若者たちが権力にあらがう様子を生き生きと描いている。

(共にGSセンターで視聴可能)

◆学内の取り組みについては以下のページも併せてご覧ください。

性的マイノリティ学生を支援「GSセンター」発足、出席簿の性別欄廃止…早大、取り組みを制度化

早大生のための学生部公式Webマガジン『早稲田ウィークリー』。授業期間中の平日はほぼ毎日更新!活躍している早大生・卒業生の紹介やサークル・ワセメシ情報などを発信しています。

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