14th Intelligent Ironman Creativity Contest 2016
レポート
(7月23日~31日)

このコンテストはSSHプログラムとして参加しているものではありませんが、今までの本Webサイトの連続性から、SSHプログラムの項目に入れてあります。

 このコンテストは2003年度に、台湾高校生の創造力養成を目的に台湾教育部主催で開始されました。2005年度に国際大会になり、本庄学院はその年から毎年日本で惟一校招待参加しています。国際大会は、台湾全土1000チームから予選を経て決勝に残った30チームとインターナショナルチーム6校(今年は香港・ベトナム・ナイジェリア・韓国・日本一か国は不参加)が争う形です。
 コンテストは6人の生徒が1つのチームを構成して行われます。ルールはローン制度があったり、ポイント倍増カードがあったりと大変複雑なのですが、かいつまんで言うとタスクと呼ばれる小問題を数多く解き、それによって稼いだお金で必要物資を購入し、事前に与えられているメインテーマの表現に取り組むというものです。
 会場は、台湾全土を巡るという形で実施されてきています。昨年は初めて台湾東部で行われました(国立台東大学)。今年度は、初めて離島で開催されます。会場は金門島の国立金門大学です。
 本庄学院は、2005年の参加以来ずっと入賞できずにいましたが、3年前に初優勝を飾ることができました。また、コンテストに先立って開会式で行われるCompetition of Jubilatingでは毎年優勝に近い位置にあります。さて、今年の結果はどうだったでしょうか?

活躍の様子はこちらで見られます(期間限定)
オフィシャルサイトはこちら

7月24日(土)

8:30 羽田国際線ターミナル集合、10:50の便で出国
13:30 松山国際空港着、MRTで宿泊先のYMCA Taipeiへ。
15:00 翌日からの戦いに備えるため(?)台湾シャンプーと足つぼマッサージを経験する。
19:00 夕食の場所で、昨年末のWaISES2014に参加してくれた蘭陽女子中学の先生がかけつけてくださり、再開を喜びつつ、ささやかな壮行会を行った。


(写真左:台北市内の美容院で、写真右:台湾国立博物館)

7月24日(日)

午前中 総統府・中正紀念堂を見学。
13:00 YMCAのロビーでベトナムチームと合流。迎えに来たスタッフと一緒に松山空港へ。松山空港で韓国チームと合流。
15:10 松山空港発。
16:10 金門島の尚義空港着。スタッフの出迎えを受ける。
17:00 ドミトリーに荷物を運んだ後、キャンパスツアー。夕食。
20:00 会議室に移動し、インターナショナルチームに対する説明会。今年の最終課題では3DペンとセンサーとLEDを付けた基盤を使うため、説明の後会場を移して、その使い方の説明会が行われた。
22:00 生徒たちは最後のパフォーマンスの練習。


(写真説明:左・中正紀念堂、右・ルール説明)

7月25日(月)

8:00 遠足に出発。古寧頭歴史館(1945年の人民解放軍の上陸を阻止したことの記念に建築)→自然センター→きょ(草冠に呂)光楼→水頭古集落(戦前の華僑の住宅)→(昼食)→馬山観測站(対岸の人民解放軍の様子を観察する場所)→獅山砲陣地(大砲を発射する軍人の様子を見せるショーがある)→山后民族文化村(伝統的な建築様式が並ぶ華僑の住宅)→八二三戦史館(1958年の砲弾戦の過程を紹介)
18:00 開会式会場となるレストラン到着。開会式の後、パフォーマンスコンテスト。本庄学院は6番目の登場。夕食歓談の後、パフォーマンスコンテスト投票結果の発表。本庄学院も完成度が高く票が入ったが、今年度は圧倒的に1番目に演じた台湾チームの勝利であった。




(写真説明:左上・水頭集落、右上・獅山砲弾地、左下・パフォーマンスコンテスト、右下・開会式でコンテストディレクター台湾大学劉教授・世新大学主任劉先生、金門大学学長と一緒に)

7月26日(火)

7:30 ホールに集められ、最終課題の発表。今年のテーマは"Creating a War Museum"であった。指定された歴史上の4つの戦争の中から1つを選び、与えられた細かい条件と趣旨に従って、自分の教室の与えられたエリア内にミニ博物館を作るというものである。
8:00 コンテスト開始。生徒はBaseと呼ばれる教室に缶詰めとなり、教師はコンテスト終了時まで接触できなくなる。


 台湾を訪れる旅行者で(たぶん)一番多いのは日本人だと思いますが、台湾の見どころを巡って一周することはあっても、離島まで足を伸ばす方はまずいないのではないでしょうか?コンテスト中は例年、インターナショナルチーム教員の研修ツアーが企画されるのですが、今年はありませんでした。タクシーやバスが不便でしたので、この機会に徒歩で大学周辺をテクテク歩き回ってみました。離島は初めてでしたが、金門島は台湾本土とは異なる文化と見どころのある観光スポットでした。ここにその一端をご紹介します。台湾好きの方には、是非訪問なさることをお勧めします!

 金門島では、びん(門構えの中に虫)南様式と呼ばれる住宅様式を見ることができます。写真左はその様式で建物が統一された金門大学キャンパス、右は山后民族文化村です。25日の記事に紹介した水頭集落は洋式とのミックスです。





 金門島は二次大戦直後から中国との戦争の最前線となったため、戦争に関する記念館や遺跡がたくさんあります。総合的に中国との争いの歴史の概略を説明する博物館ではなく、それぞれがある局面を紹介する博物館だったり、場所だったりするので、その内容を理解して中国と台湾との関係の全体像をイメージするためには、国共内戦から八二三砲戦に至る歴史をざっと知っていないと理解が追い付きません。
 写真左上:古寧頭戦史館、右上:古寧頭にあった、銃弾の跡が生々しい個人住宅(保存されている)、左中:きょ光楼、右中:馬山観測站、左下:獅山砲陣地内部のトンネル、右下:八二三戦史館、

 写真左:三后民族文化村付近で見つけた防空壕、写真右:金城民防坑道の入口(金城市の地下に掘られた避難用の通路。細くて暗くてかなりスリリング!ツアー参加の時間が限られています。坑道の写真は許可してくれませんでした。)

 金門島の中心地は役所が集中する、金門島西海岸の金城です。金門島はタクシーやバスが少なく交通が不便です。そのため、旅行者にはレンタバイクやレンタサイクルを使う方もいるようですが、街中は運転の乱暴な原付バイクが多いので日本人には危ないかもしれません。金門大学から歩いて30分というので、酷暑の中、徒歩で金城まで行ってみました。金城観光の見どころは旧市街地の後浦小鎮と呼ばれるエリアに集まっています。懸政府が発行しているパンフレットの行程に沿って全部踏破しても、牛肉麺の昼食を入れて2時間かかりませんでした。



 左上:聰兵署(清の時代のお役所、地下には牢獄も再現されています。)、右上:模範街(1900年代初期の洋風の商店街)、左中:陳氏家廟(陳家は金門では名家だったようで、これは1904年に作られた家を守るための個人的なお寺です。このお寺の周囲に同じ造りをした陳~というお店が並んでおり、いまだに陳家は名家のようです。写真は廟の屋根で、本当に精緻です。)、右中:邸良功母節孝坊(1812年に作られた、金門島出身の清の官吏邸良功を育てた母の仁徳を称える牌楼。一匹の狛犬がかわいいので有名です(右)。)、左下:ご(さんずいに吾)江書院(金門島は科挙合格者が多い地域だそうで、受験生たちが勉強した学校?朱子を祀っています。)、右下:代天府(台湾にはこのようなデコレーションの鮮やかな寺院が多いが、屋根の曲線の激しさに興味を惹かれて撮影しました。)

 オフィシャルな観光地だけではなく、ふと目に留まる街角の様子も旅の楽しみです。



 左上は、清時代の店構えを想像させる漢方薬屋さんです。右上はガジュマルの木陰が涼しい緑道です。金城にいくつかあります。左下は、民家の狭い軒先ですが、なんとここが市で発行している散策路の通り道です。そして、歩き疲れたら聰兵署に戻ってきましょう。ここの中庭のガジュマルの枝ぶりは圧巻で、中庭全体を覆っています(右下)。観光客も少ないので、座って休んでいると、涼しく静かな時間が流れます。

 上は、風獅爺と呼ばれる家の前に置く魔除けです。金門島には探すとたくさんのユニークなものがあり(例えばこちらのサイト)、その写真を集めるマニアもいます。沖縄や台湾の宜蘭で見られる石敢當(例えばこちらのサイト)とルーツは同じかもしれません。左は模範街の飲食店前の風獅爺です。店の名前のかけ布は実はふんどしです。中をこっそりのぞくと、デフォルメされた男性器がドンとあります。右は民家の前にあったものです。目と舌がかわいい風獅子爺です。

 旅といえば、見どころの次はお土産と食です。SSH開始以来ずっとお世話になっている台湾の黄先生は金門島へ学生をボランティア活動に連れてくる活動をしています。そこで、今回の出張に際し、情報を聴いてみました。
 お土産の第一は、包丁です(左写真、右から二人目青い服が呉さん)。金門島の包丁は中国から打ち込まれた砲弾を使って作られています。砲弾には良質の鉄が使われているそうで、鉄のリサイクルとして金合利鋼刀の呉さんが始めたところ、追随するお店が出てきて、今では至る所で包丁が売られています。そうめんを細くしたような麺線も金門の名物です。ミソ味のたれで食べるところが、ドロドロに煮込んで食べる台北と異なるところです。牛肉も有名ですが、干し牛肉の牛肉干は日本に持ち込めません。
 食では牛肉が有名なので牛肉麺(右写真)、カキ麺線(右下、煮卵はオプションです)、独特な焼き餃子、廣東粥あたりでしょうか。カキは本当に小ぶりで日本のものと全く異なります。魯肉飯(肉の汁かけご飯)も台北のものとは一味違いました。台北ではたくわんを添えますが、添えられているキャベツのピクルスもおいしかったです。


 昔ながらの麺線屋を見つけました。麺線を干していました。こんな家内制手工業のお店の方がおいしそうです。


7月29日(金)

8:00 長かったコンテストの終了。その後、プレゼンテーションの準備。
12:00 インターナショナルチームの審査。概ね第二次世界大戦を扱ったチームがほとんどであろうと思いきや、特に台湾チームではイスラエルとパレスチナの紛争を扱った例が多かったのが印象的であった。本庄学院はアメリカの南北戦争を扱った。第二次世界大戦は数多くの戦争の集合体であり、結果として第二次世界大戦の歴史を紹介する形になったチームが多く、南北戦争や中東戦争のように、民族や人種の問題として焦点を絞って表現できたチームにインパクトで劣るように思われた。使うことを条件として与えられた3Dペンやセンサー付きLEDは各チーム、クオリティの差が明らかであった。その点、チームWASEDAの作品は3Dペンで作った作品のクオリティの高さが評価にプラスした。
16:30 審査が長引き、閉会式の開会が1時間遅れた。来賓祝辞の後、表彰。3位を獲得することができた。恒例の記念撮影の後、思い出ムービーに笑い、5日を要したコンテストが終了した。


(写真左:最終課題の作品、写真右:表彰の様子)


17:30 閉会式終了。例年は別れを惜しむ間もなく帰りの準備をするのであるが、今年度は金門大学にもう一泊なので余裕があった。別れを惜しんで写真を撮り合う。寄せ書きを求めてくる生徒もいる。


(写真左:閉会式後の恒例の記念撮影、写真右:ナイジェリアチームと)

7月30日(土)

7:00 集合
9:20 尚義空港発、コンテスト中ずっとエンジェルとしてチームWASEDAの面倒をみてくれたGary君と別れを惜しむ。Gary君は、その風貌から「弓弦君」(写真右、右から4番目)とみんなに呼ばれて親しまれていた。
10:20 松山空港着、なかよくなった韓国チームとはここでお別れ。九ふん(にんべんに分)観光に出かける。

7月31日(金)

5:45 なかよくなったベトナムチームとホテルでお別れ。
7:45 松山空港発
20:30 羽田空港着、解散


 このようにして今年のIronman Contestは終了しました。参加生徒の創造性と協力で最終課題で2013年度以来の入賞(上位3校)、3位を獲得することができました。

 このような機会を与えて下さったコンテスト事務局、特にディレクターの劉教授、コンテスト中生徒たちの面倒を24時間見てくださったエンジェルの大学生、スタッフの方々にこの場を借りて心からお礼申し上げます。