このページでは、本庄高等学院の早苗寮のトピックスを紹介します。

短冊と絵画の設置高田早苗の短冊生徒寮の名称が「早苗寮」に決定

高田早苗の短冊・井上悟の絵が設置されました(2013年2月25日)

下記の記事でご紹介した短冊と、井上悟の絵画「散歩で見つけた通り道」(2010)が早苗寮内ロビーに設置されました。

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高田早苗の短冊が寄贈されました(2013年1月9日)

生徒寮の名称が早苗寮と決定したことにちなんで、2013年1月9日、兼築信行学院長から高田早苗筆の短冊額が本学院へ寄贈されました。

高田早苗(1860~1938)は早稲田四尊の一人(他は坪内逍遙・市島謙吉・天野為之)で、早稲田大学の初代学長・第三代総長を務め、第二次大隈内閣では文部大臣となった人物です。

短冊には、高田早苗が自ら詠んだ短歌が、自筆で書かれています。

田舎所見  賤(しづ)の男(を)の 背負ふ薪(たきぎ)に やさしくも
ひともとまぜし 女郎花(をみなへし)かな  早苗

一首は、下層の男(農夫あるいは樵父)が背負っている薪の束の中に、優美なことに一本だけとり交ぜられたオミナエシの花であるよ…という意味で、無骨に見える田舎の男が背負う薪の中に、一本のオミナエシが添えられていることに風流を見出した驚きを表現した作品です。

この短冊は、早苗寮内に飾られることになりました。

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生徒寮の正式名称が「早苗寮」 と決定しました (2012年12月7日)

 2012年度から運用が開始された生徒寮の正式名称が、2012年12月7日、鎌田薫総長の選定によって「早苗寮」と決定しました。

 

本庄の苗代(高等学院)で育った早苗(生徒・寮生)を早稲田田圃(大学)へ田植え(進学)し、大きな稔り(大成)を期すという意味をこめると同時に、早稲田四尊の一人高田早苗の名にも通う佳き言葉として名付けられたものです。

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