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朝河貴一研究会


「朝河貫一研究会」について

 1984年1月、故・阿部義雄教授の指導のもとに、早稲田大学社会科学研究所において、「朝河貫一博士特別書簡展」が開催されたのを契機に、「朝河貫一書簡編集委員会」が発足し、その7年後の1990年3月には、「朝河貫一書簡集」が出版された。
出版に至る経過中にも、朝河についての講演会が開催され、同時に朝河に関する研究も進められた。

  書簡集の出版にともない、その編集委員を中心メンバーとして、1991年5月、書簡集に関わる研究や、朝河の生涯と思想などを幅広い視点から研究することを目的として、「朝河貫一研究会」が設立された。その後、研究会の継続的な開催や、研究会内外の交流も図りながら、朝河貫一の人と業績を明らかにする研究がすすめられている。

朝河貫一について

 1873(明治6)年12月、福島県二本松市で生まれ。郡山市内の尋常中学校(現・安積高校)、1895年7月の東京専門学校(早稲田大学の前身)首席卒業を経て、ダートマス大学へ。さらに、イェール大学の大学院に進学し、1902年に博士号を受けた後、ダートマス大学、イェール大学で教鞭をとった。アメリカ人女性と結婚したが、死別。在米日本人が抑留された第2次世界大戦中も、朝河は自由に研究を続けることが許された。1896年の渡米以来、日本へ戻ったのは2度だけで、生涯をイェール大学の構内で過ごし、1948年8月に没した。
 学位を取得した直後の朝河は、日露戦争における日本の正義を英米国民に説いた『日露衝突』を英文で発表。ポーツマスに赴いて、会議の成り行きを見守った。また、日本外交について戒め、1919年には日本の愛国教育を批判した『日本の禍機』を出版。朝河の専門分野の法制史については、『入来文書』が有名である。
 当時と現在では国際情勢も異なるが、どちらも日本が大国意識を持った時代であろう。その大国意識に警告を発した朝河について、イェール大学では2007年に、彼の就任100周年記念シンポジウムが企画されている。

朝河貫一研究会開催一覧(1991年4月〜2007年12月)

第1回 1991年4月27日、金井圓、「『朝河貫一書簡集』の刊行をおえて:朝河学序説」
第2回 1991年7月6日、峰島旭雄、「朝河貫一のプロフィール:書簡集の中から」
第3回 1991年9月28日、齋藤襄治、「朝河貫一の英語文体についての一考察」
第4回 1991年11月9日、大畑篤四郎、「朝河のアジア認識」
第5回 1992年1月25日、間宮國夫、「朝河貫一と移民問題」
第6回 1992年4月11日、中村尚美、「日米の架橋に身を挺して:朝河貫一の苦悩」
第7回 1992年7月11日、金井圓・高橋光夫、「阿部善雄の朝河研究」
第8回 1992年9月26日、大城ジョージ、「朝河貫一の大学院時代」
第9回 1992年11月21日、矢吹晋、「朝河貫一の日本農業論:水田耕作の『先天的要請』」
第10回 1993年1月23日、山岡道男、「朝河貫一と太平洋問題調査会について」
第11回 1993年3月13日、五十嵐卓、「日米交流に対する朝河貫一の考え方」
片桐庸夫、「朝河貫一の個人外交:その対日外交批判を中心として」
第12回 1993年5月8日、鵜木奎治郎、「朝河貫一とジョン・デューイ(補遺)」
遠藤海蔵、「朝河貫一の道徳思想」
第13回 1993年7月10日、楢原孝敏、「若き朝河貫一の思想形成について」
第14回 1993年9月25日、増井由紀美、「朝河のアメリカ便りの今日性」
第15回 1993年11月15日、朝河貫一生誕120周年・『朝河貫一の世界』出版記念シンポジューム
第16回 1994年1月22日、峰島旭雄、「『朝河貫一の世界』をめぐって」
第17回 1994年3月26日、原輝史、「朝河貫一の歴史学方法論をめぐって」
第18回 1994年4月23日、石川衛三、「朝河貫一・後年の恋人ベラ・アーウィン:幼児教育に一生を捧げてアメリカ二世女性の生涯」
第19回 1994年7月2日、中村尚美、「角田柳作先生について」
第20回 1994年9月17日、片桐庸夫、「朝河貫一、渋沢栄一、新渡戸稲造の民間外交」
第21回 1994年11月12日、渡邊剛、「在米日本知識人の苦悩:朝河貫一を中心として」
第22回 1995年1月28日、梶田明宏、「朝河貫一と徳冨蘇峰」
第23回 1995年4月22日、松村正義、「朝河貫一とイェール・シンポジューム」
箭内健次、「父箭内亘と朝河貫一」
第24回 1995年7月15日、楢原孝敏、「横井小楠における天観念の原理的転生」
第25回 1995年10月7日、増井由紀美、「教え子の語る朝河貫一:Mrs. Rouseへのインタビュー」
第26回 1996年1月27日、浅野豊海、「歴史学と戦後構想:戦争中の朝河とSherman Kentとの関係をめぐって」
第27回 1996年4月20日、増井由紀美、「朝河貫一の講義:イェール大学 1907-1942」
第28回 1996年7月6日、ウィリアム・フーバー、「ジャーナリスト川上清の見た日米関係」
第29回 1996年10月5日、没後50年記念事業『蘇る朝河貫一』編集について
第30回 1996年10月26日、同上
第31回 1996年11月9日、景山礼子、「朝河貫一を招聘したダートマス大学学長W. J. タッカーについて」
第32回 1997年1月25日、鹿野政直、「角田柳作:その歩みと想い」
第33回 1997年4月19日、菊池静、「朝河貫一の人と思想及び教育観の考察」
第34回 1997年5月10日、山岡道男、「朝河貫一博士とジョージ・アーネスト・モリソン」
第35回 1997年7月5日、『蘇る朝河貫一』編集について
第36回 1997年9月27日、五十嵐卓、「朝河貫一の日米交流観:1910-1927」
第37回 1997年11月22日、増井由紀美、「学友の語る朝河貫一:ダートマスの仲間たち」
第38回 1998年1月31日、金井圓、「ジョン・W・ホール教授と朝河研究」
第39回 1998年4月11日、鵜木奎治郎、「『蘇る朝河貫一』合評のこころみ」
第40回 1998年6月19日、入江昭、「朝河貫一と文化的国際主義」
第41回 1998年10月31日、大畑篤四郎、「朝河貫一研究の一視点:ひとつの批判的考察」
第42回 1999年1月30日、内海孝、「角田柳作のハワイ時代:朝河貫一との接点をもとめて」
第43回 1999年4月17日、塩崎智、「アメリカのメディアに見る『日露衝突』評:その衝撃と限界について」
第44回 1999年7月3日、山口隼正、「入来文書と朝河貫一」
第45回 1999年10月23日、浜田宏一、「朝河貫一の学問的遺産」
第46回 2000年2月19日、内海孝、「朝河貫一の東京専門学校時代の卒業論文」
第47回 2000年4月22日、松村正義・矢吹晋、「いわゆるイェール・シンポジュームと朝河貫一の関わりをめぐって『ニュース』第37号・第40号を素材として」
第48回 2000年7月22日、増井由紀美、「朝河貫一の個性」
第49回 2000年10月28日、柳沼八郎、「朝河貫一の『生い立ち』について:その精神的風土を探る」
第50回 2001年1月27日、渡邊剛、「二つの朝河伝を比較して」
第51回 2001年4月21日、矢吹晋、「朝河貫一の日露戦争論」
第52回 2001年7月7日、増井由紀美、「英文朝河伝ができるまで:ダートマスに残された資料より」
第53回 2001年10月27日、塩崎智、「朝河貫一と金子喜一」
第54回 2002年1月26日、山内晴子、「朝河貫一新論:キリスト教の倫理と日本外交の理念」
第55回 2002年4月20日、清水美和、「『ポーツマスから消された男』顛末」
第56回 2002年7月6日、大畑篤四郎、「日露戦争および講和問題と朝河貫一」
第57回 2002年10月5日、増井由紀美、「朝河の欧州旅行:イタリア滞在」
第58回 2003年1月25日、矢吹晋、「朝河貫一の武士道論を読む」
第59回 2003年4月26日、浅野豊海、「朝河貫一の戦後構想とその影響力」
第60回 2003年7月5日、角田修、「資料で紹介:角田柳作、及び、二人の接点(朝河貫一・角田柳作)
第61回 2003年10月4日、増井由紀美、「朝河の『ハムレット』評」
第62回 2004年1月24日、大畑篤四郎、「現代における朝河研究の意義とその問題点」
第63回 2004年4月17日、増井由紀美、「朝河貫一日記研究:中間報告」
第64回 2004年7月10日、塩崎智、「日露戦争中、アメリカで読まれた日本:アメリカ公共図書館で請求された日本及び日本文化関連書物に関する考察」
第65回 2004年10月9日、磯野健太郎、「阪井徳太郎の人と仕事」
第66回 2005年1月 日、矢吹晋、「蘇るThe Documents of Iriki」
第67回 2005年4月16日、増井由紀美、「日記目録から見える朝河の歩み」
第68回 2005年7月23日、矢吹晋、「朝河貫一の『大化改新研究』を読む」
第69回 2005年11月5日、松村正義、「ポーツマス講和条約100周年記念式典とダートマス大学:日露戦争国際シンポジュームに出席して」
第70回 2006年1月28日、山内晴子、「朝河貫一:幼少年期の知的精神的成長」
第71回 2006年4月22日、清水美和、「奢る日本と闘った男:朝河貫一」
第72回 2006年7月22日、増井由紀美、「朝河の日記に表れた国際化時代の日本」
第73回 2006年10月14日、塩崎智、「拙著『日露戦争:もう1つの戦い』(祥伝社親書)補遺:朝河貫一に関する資料紹介
第74回 2007年1月13日、矢吹晋、「朝河貫一『島津忠久の生い立ち』をめぐって」
第75回 2007年5月12日、片桐庸夫・増井由紀美・山内晴子、「朝河貫一研究会ニュース」合本出版記念のシンポジューウム
第76回 2007年9月29日、柳沼八郎、佐々木道昇、「朝河家の周辺、特に貫一の生母の出自について」
第77回 2007年12月15日、矢吹晋、「朝河貫一と英語辞書について」

朝河貫一研究会 問合せ先

朝河貫一研究会
〒285-8567 千葉県佐倉市山王1-9
敬愛大学国際学部 増井由紀美研究室
電話:043-486-6210/FAX:043-486-2200
email:masui-keiai.ac.jp
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