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GSAPSの思い出

卒業生のエッセイです

PhD卒業生

GSAPS LT (07年度博士)

アジア太平洋研究科創立10周年記念に際し、篠原先生からGSAPSでの思い出を綴るようにとの依頼を受け、その歴史の五分の一に当たる期間をGSAPSと共に過ごせたこと、そして末永く校友としてGSAPSに関われることを誇りに思いました。

GSAPSが創造した「多言語・多文化」の環境は、素晴らしい恩恵を我々にもたらすものです。学生達の多様性は教育プログラムを豊かなものにし、授業は彼らの多彩な学問的背景を反映します。GSAPSに来た当初、その侃諤の雰囲気と共に、指導教授や同級生達の深い学識に驚嘆しました。白熱した議論と即妙な対応、ときには多言語での答弁すら余儀なくされる状況をここで経験しました。GSAPSでは興味の赴く対象を自由に研究することが許されています。しかしその寛容性は厳しさと背中合わせで、自分の研究に責任を持ち、独自の視点を持つことが常に求められます。2年間の在学中にとりわけ印象に残った思い出は、激しい議論の中で自己の立脚点を堅持した授業の後、最も厳しかった批評者が論述を改善する方法について穏やかに指導してくれたことです。このような討論や協議において、我々はいつも自分達が有望な国際関係学者であり、優れた外交の専門家であり、立派な教授であるという意識を持つことができました。過酷ながらも心躍る試練を経て、私の知識に対する思いは畏れから渇望へと変容していきました。私が滅多なことでは動じなくなったのも、GSAPSでの貴重な体験によるものです。

現在私は北京外国語大学にて国際関係学の講義を行っていますが、GSAPSでの厳しい訓練の成果か、初めて教鞭を取っていることには誰も気付きません。GSAPSでの得がたい経験は、これからも私の人生において有益に働くと確信しています。

GSAPSはまた、他の学問的資料や人材、機関へとつながる扉を開いてくれます。指導教授は我々の研究のために関連分野の学者を招いて下さることもあれば、直接指導を受けられるよう推薦して下さる事もあります。私自身この過程を通じ、より多くの機会と格段に効率的な研究への道が開かれました。また早稲田という学校の名声に支えられていることで、我々の学生としての特権も保証され、世界を舞台にした活動も可能です。GSAPSの学生であることで、もう自分の経歴を長々と説明する必要性からは解放されるのです。

こうしてGSAPSについて書いているうちにも、過去の思い出が蘇ります。学識を深めようと奮闘していた様々な舞台―19号館、教室、教授の研究室、図書館、8階の快適なラウンジ、そしていつも笑いに満たされていた学校の回りの喫茶店に「イザカヤ」…。「GSAPS人」であること、そして我々の学び舎が遂にその10周年を迎えたことはなんと喜ばしいことでしょう。心の底からこの言葉を送ります。「GSAPS最高!おめでとうございます!これからも頑張って下さい!」


MA卒業生

GSAPS 2005年秋学期修士

来日から始まった東京での生活の印象が強烈過ぎたためでしょうか、GSAPSでの体験のみに思いを馳せることは困難に感じられます。それは例えて言えば、空港でのひとときを思い出そうとするのに似ています。異なる目的と背景を持った人々が忙しく行き交い、到着しては旅立ってゆく、そんな日本での拠点が、私にとってのGSAPSでした。

GSAPSに関して、はっきりと思い出せるいくつかの記憶があります。GSAPSで多くの友人を得るきっかけとなった一つの出来事−それは私が日本語力の上達のため、勉強仲間を募る広告をGSAPSの掲示板に張り出したことに始まりました。アワクニ・ユウコさん、キタハラ・マサトさん、ダテ・タカヒコさんなど数名の日本人学生が連絡をくれ、マサトやタカヒコとは生涯の友と言える関係を築けました。中国語と中国文化にも興味を覚えた私は、ウー・ボーさん、マー・ヨンハさん、ワン・ケビンさんなどと接する機会を得、彼らとの交流からアジア・日本・中国に対する見識を深める事ができました。

また一つの思い出は、私の国際ビジネスへの理解を深めるきっかけとなる、「企業戦略」の講義を受け持たれたアベ教授の優しさと共に、深く印象に刻まれました。生化学・歴史学学士であり、国際関係学の修士号を得た私は、日本を離れる前に日系製薬会社を中心に就職活動を始めました。GSAPSのビジネス講義を受け持つアメリカ人男性教授からすげなくあしらわれた後、救いを求めてアベ教授を頼りました。教授は企業探しの方法を教えて下さっただけでなく、私の日本語履歴書の校閲までして下さいました。アベ教授の指導学生でないばかりか、MBAの学生ですらなかった私に対する心遣いに、深く感動を覚えました。

もう一人、忘れられないGSAPSの日本人教授は篠原センセイです。教授のゼミとその指導学生−ルイーズ、ルイス、ラファエル、ケビン、マリア、レイ、ユースケ達は、豊かな経験をもたらしてくれました。篠原教授との個人面談では、歴史教科書や私の修士論文に関する様々な議論を行いました。教授のアドバイスと方法論を通じて、修士論文ではA評価を得ることができました。この評価は、私の目標だった日本でのAレベルの研究が達成されたことを意味していました。

印象に残ったGSAPSの人々や出来事は、他にも多くあります。同じアメリカ人であるロバーツ教授による日本文化の講義、バラス・ケルテスとの会話から得たヨーロッパの知識、1頁2000円で他学生の修士論文を校閲したことなど、忘れられない思い出は様々にあります。それらの話はまた、別の機会に語ることとしましょう。

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