enpaku 早稲田大学演劇博物館

イベントレポート

早稲田大学演劇博物館 イベントレポート

劇作家・岩井秀人はいかにして引きこもりを武器にしたか

イベントレポート

 
"本人の人生とか、本人が自分の意思でしたことを思い返せるドラマの方が意義がある"
 
2019年12月16日、劇団ハイバイの主宰・岩井秀人氏によるトークショー「劇作家・岩井秀人はいかにして引きこもりを武器にしたか」を、早稲田大学文化構想学部表象・メディア論系と演劇博物館の共同で開催しました。岩井氏は15歳から20歳まで経験した「引きこもり」状態からどのように脱し、その経験を活かして劇作家・演出家・俳優として活躍するための活路を切り開いてきたのでしょうか。会場には早大生や劇団ハイバイのファンなど、160名を超える幅広い層の来場者がつめかけました。
 
1-t02_2609_er
 
最初に劇団ハイバイの旗揚げ公演『ヒッキー・カンクーントルネード』(2003)の制作に影響を与えた、引きこもり時代の経験が振り返られました。「世界の中で生きているのは自分だけで、他の人はエキストラみたいなものだと思って」いたという少年時代のある日、岩井氏は自分以外の人たちは実際に存在し、欲望を持って生きていることに気が付き衝撃を覚えたそうです。その発見を経て、一人で生きていこうと決心した岩井少年は、高校を中退し働き始めたものの上手く行かず、失敗に絶望し立ち直れない状態のまま、実家でゲームやWOWOWで放送される映画作品にひたる数年を送りました。その中のエピソードで、ロール・プレイング・ゲームのやり過ぎで、日常生活でも視界の右上にコマンドメニューが見えていたというお話には、会場にいた参加者からの笑いが溢れました。
 
9-t03_8290_er
 
では、何がきっかけで引きこもり状態から脱するに至ったのでしょうか。岩井氏は自身の引きこもりについて、自分の部屋と一人になれる時間があったから可能だったと整理する一方で、外の世界への憧れがあったことを共有されました。その憧れは、母親によって視聴環境を与えられたWOWOWで映画を浴びるように観ることで大きくなったと言います。「感情を使った職業」である映画の世界に魅了された岩井氏は、21歳で映画の世界に参加するために歩み出し、引きこもり生活から脱しました。その後、当時の経験を反映した演劇『ヒッキー・カンクーントルネード』が28歳の時に完成し、再演を重ねます。
 
4-t02_2724_er
 
2020年現在、引きこもりは若者だけの問題ではなく、全国規模で年齢層が上がっています。日本がそのような社会へ加速的に向かう中で、岩井氏自身の物語だったものがだんだんと誰かの物語になっていく様相がハイバイ作品には見られるようになります。引きこもり状態から脱することが正義なのではなく、「引きこもりから出るときに捨てたものをないがしろにしない」ことが重要だという岩井氏の態度とそれを軸にした演劇作品は、「感情移入の経路」(※1)を通じて、様々な観客がハイバイ作品を自分の物語として読み換える行為へとつながってきました。
 
11-t03_8307_er
 
その代表例が劇団ハイバイの出世作となった作品『て』(2008)です。祖母の認知症と死をめぐり、家族がそれぞれどのように振舞っていたのか。岩井氏と母親の視点から同一の出来事が別々に語られる本作に対する観客の反応は意外なものでした。『て』の観客は、まるで記憶の蓋が開いたかのように、岩井氏の物語にそれぞれの家族の思い出を重ねて、彼女/彼らの家族の物語を岩井氏へ語り始めたそうです。そうして大きな支持を得た『て』は再演を繰り返し、ハイバイ結成15周年記念であった2018年には、憎かった父親をテーマにした作品『夫婦』と併せて東京芸術劇場で再演され話題となりました。
 
7_er
 
『て』と『夫婦』では、岩井氏がそれぞれ母親と父親を演じています。自分で書いた物語に自分で出演する手法は、演劇ワークショップ『ワレワレのモロモロ』にも活かされてきました。例えば、長崎で行なったワークショップでは、参加者の一人が父親の死に関するエピソードを共有し、それをもとに、2チームに分かれて演劇が作られていきました。その過程は必ずしも深刻な空気だけに包まれていたわけではなく、他の参加者から父親の死に方に面白い提案があって、エピソードを共有した参加者(以下、話者)や他の参加者が笑う場面もありました。話者がいないチームが演じた後、話者は自分のチームの演劇で本人を演じ、父親を演じた同チームの参加者に対して迫真の演技を見せました。本人がその場にいて、その人自身を演じること、それは俳優業の核だと言えます。
 
12-t03_8319_er
 
またワークショップを振り返り、岩井氏は記憶の共有について次のように言います。「人には、長年蓋をしてきた記憶を体験した過去の自分が何かのタイミングでスッと出てきて、誰かと話したいと思う瞬間、『外に出て、他の何かとくっつきたがっている』瞬間がある」と。そのようにワークショップで共有された記憶に対して、別の参加者からの記憶が演技によって足されていくことに意味があるのではないか、と岩井氏は続けました。例えば、先ほどの話者の記憶に共感し、他の参加者もまた同様に家族の不幸について話し始めたそうです。一人の記憶が他の誰かの記憶を呼び起こし、くっついて、変化をとげていく体験は、多くの観客にとって『て』がそれぞれの家族の記憶を呼び起こした演劇体験と近いものがあります。岩井氏はワークショップでのこうした経験を振り返り、「本人の人生とか、本人が自分の意思でしたことを思い返せるドラマの方が意義がある」と主張されました。
 
質疑応答では、義務教育における演劇の可能性、ワークショップでの題材の決め方、WOWOWで印象に残った映画作品(『ストレンジャー・ザン・パラダイス』)、母親との関係、岩井氏作・演出作品『世界は一人』(2019)のタイトル、父親による岩井作品の感想、誰かとつながること、ワークショップでの不幸自慢への対処法について、意見交換が行われました。来場者のアンケートには、岩井氏のトークを大満喫した声が多く寄せられました。岩井氏と劇団ハイバイの活躍を今後も見守っていきたいと思います。
 
文責:早稲田大学演劇博物館助教 久保豊
 
*1 展覧会書籍「現代日本演劇のダイナミズム」2019 久保豊『記憶の体熱』 より
 
13-t03_8340_er
 
 

登壇者

岩井秀人(劇作家、演出家、俳優)
 

WEB

https://www.waseda.jp/enpaku/ex/9923/
| 表象・メディア論系/演劇博物館 トークショー 劇作家・岩井秀人はいかにして引きこもりを武器にしたか
 
 
主催:早稲田大学文化構想学部 表象・メディア論系
共催:早稲田大学坪内博士記念演劇博物館

関連イベント

その他のイベントレポート