enpaku 早稲田大学演劇博物館

日本演劇 — 近世 浄瑠璃

Signboard of Toyotake Yamashiro no shojo

豊竹山城少掾櫓下看板(とよ たけ  やま しろの しょう  じょう やぐら した かん ばん)


 

縦210.5×横91.0×厚17.0cm

豊竹山城少掾引退興行の千秋楽当日に、演劇博物館に寄贈された資料。山城少掾の浄瑠璃本文解釈に基づく理知的な芸風は、これ以降の義太夫節の主流となってゆく。櫓下看板は小林古径筆で、秩父宮家から掾号を受領し、豊竹古靱太夫から山城少掾を名乗るようになった1947年に作られたもの。櫓下看板とは、劇場正面の櫓の下に掲げる、座を代表する太夫の名を記した看板をいう。同時に、番付冒頭に劇場の紋が描かれ、その下に名が記されることを紋下といい、この「櫓下」または「紋下(もんした)」という言葉が、そのまま座の統率者たる太夫の名称になっていた。