enpaku 早稲田大学演劇博物館

当館について

館長よりご挨拶

ごあいさつ

エンパクにようこそ。ここには演劇のすべてがあります。と言うと誇大広告になってしまいますが、そう言えるような博物館にすることが、私たちの究極の目標です。
 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(通称エンパク)は、1928(昭和3)年10月に設立されました。坪内逍遙は開館式で「よき演劇をつくり出すには、内外古今の劇に関する資料を蒐集し、整理し、これを比較研究することによって基礎をつくる必要がある」と述べたと伝えられています。その志を受け継ぎ、当館は今日に至るまで古今東西の貴重な資料を収集・保管・展示してきました。収蔵品は百万点を超え、アジアで唯一の、そして世界でも有数の演劇専門博物館として、演劇関係者、愛好家、研究者のみなさまに愛され、支えられてきました。
 演劇はさまざまな要素からなる総合芸術です。そのため演劇関連の資料は、戯曲、台本、書籍、雑誌などの図書資料から、原稿、書簡、日記、記事、公文書、写真、楽譜、設計図、浮世絵、チラシ、ポスターなどの紙資料、衣裳、靴、かつら、装置、小道具、仮面、人形、楽器、模型など舞台で実際に使用された品々、看板、鏡、化粧台、トロフィー、俳優の私物などの周辺博物資料、記録映像、宣伝映像、音源などにいたるまで多種多様です。なかには美術工芸品として非常に価値の高いものもありますが、一見取るに足らないチラシや小道具も、すべて総合芸術としての演劇のありようや個々の演劇の実態を、ひいてはそれぞれの時代の演劇を支え享受した人びとの営みをも後世に伝えるための貴重な資料です。また、映像資料の収集・保管・展示にも力を入れており、幻燈の種板や戦前のフィルムなど、当館にしか残されていない貴重な資料も数多く収蔵しています。
 こうした文化資源を広く共有していただくために、エンパクは早くからデータベースの構築や資料のデジタル化に取り組んでおり、世界有数のコレクションである浮世絵や浄瑠璃丸本の影印をはじめとする膨大な資料をデジタル化し、このホームページ上で公開しています。ホームページのリニューアルにともない、名品コレクションの画像もご覧いただけるようになりました。デジタル・アーカイブは今後もますます充実させていく予定です。
 また、エンパクでは早稲田大学小野講堂や大隈講堂、レクチャールーム等で、展示にちなんだ演劇講座も多数開催しています。加えて、エリザベス朝時代のイギリスの劇場「フォーチュン座」を模して設計された演劇博物館本館の正面舞台(フロントステージ)では、演劇上演やリーディングなどのイベントを随時行っています。
 エンパクには、このように幾通りもの楽しみ方があります。博物館の本分である展覧会を楽しんでいただくこと、インターネット上のデジタル・ミュージアムを楽しんでいただくこと、演劇講座を楽しんでいただくこと、そして本館フロントステージを使ったイベントを楽しんでいただくこと。また、本館1階図書閲覧室、6号館3階外国語図書閲覧室、AVルームは、本学学生や教職員だけではなく、学外の一般の方々にも開かれています。演劇関係者や愛好家、研究者のみなさまはもちろん、これまで演劇にあまりご縁のなかった学生や地域のみなさま、一般のお客様にも、当館を通じて演劇の魅力に触れていただければ幸いです。
 エンパクは、博物館としての活動にとどまらず、文部科学省の21世紀COEとグローバルCOEの二つの大型プログラムや演劇映像学連携研究拠点等の活動を通じて、演劇学・映像学の教育・研究拠点として、国内はもとより国際的にも広く認知されてきました。これからも世界の演劇研究を推進し、演劇・映像文化の普及に貢献していきたいと考えています。
 これまで以上に魅力的なエンパクを目指し日々精進してまいりますので、これからもみなさまのご支援を賜りますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。

第8代館長 岡室美奈子

演劇博物館の歴史

演劇博物館は、1928(昭和3)年10月、坪内逍遙博士が古稀の齢(70歳)に達したのと、その半生を傾倒した「シェークスピヤ全集」全40巻の翻訳が完成したのを記念して、各界有志の協賛により設立されました。以来、演劇博物館には日本国内はもとより、世界各地の演劇・映像の貴重な資料を揃えています。錦絵46,800枚、舞台写真400,000枚、図書255,000冊、チラシ・プログラムなどの演劇上演資料80,000点、衣装・人形・書簡・原稿などの博物資料159,000点、その他貴重書、視聴覚資料など、およそ百万点にもおよぶ膨大なコレクションは、80年以上培われた“演劇の歴史”そのものといえるでしょう。1987年(昭和62年)には新宿区有形文化財にも指定されました。演劇人・映画人ばかりでなく、文学・歴史・服飾・建築をはじめ、様々な分野の方々の研究に貢献しています。

建築様式(意匠)

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演劇博物館は坪内逍遙の発案で、エリザベス朝時代、16世紀イギリスの劇場「フォーチュン座」を模して今井兼次らにより設計されました。正面舞台にある張り出しは舞台になっており、入り口はその左右にあり、図書閲覧室は楽屋、舞台を囲むようにある両翼は桟敷席になり、建物前の広場は一般席となります。このように演劇博物館の建物自体が、ひとつの劇場資料となっています。
舞台正面にはTotus Mundus Agit Histrionem“全世界は劇場なり”というラテン語が掲げられています。

歴代の館長

初代 金子 馬治 1929年(昭和4年)4月22日~1934年(昭和9年)10月28日
二代 河竹 繁俊 1934年(昭和9年)10月29日~1960年(昭和35年)3月31日
三代 飯島 小平 1960年(昭和35年)4月1日~1970年(昭和45年)10月31日
四代 倉橋 健 1970年(昭和45年)11月16日~1988年(昭和63年)11月14日
五代 鳥越 文蔵 1988年(昭和63年)11月15日~1999年(平成11年)3月31日
六代 伊藤 洋 1999年(平成11年)4月1日~2004年(平成16年)3月31日
七代 竹本 幹夫 2004年(平成16年)4月1日~2013年(平成25年)3月31日
八代 岡室 美奈子 2013年(平成25年)4月1日~

歴代の副館長

初代 河竹 繁俊 1928年(昭和3年)7月1日~1934年(昭和9年)10月28日
二代 印南 高一 1960年(昭和35年)5月1日~1962年(昭和37年)
三代 安藤 信敏 1966年(昭和41年)6月9日~1976年(昭和51年)9月15日
四代 竹本 幹夫 2001年(平成13年)4月1日~2003年(平成15年)3月31日
五代 秋葉 裕一 2004年(平成16年)4月1日~2012年(平成24年)9月20日
六代 岡室 美奈子 2012年(平成24年)9月21日~2013年(平成25年)3月31日
七代 児玉 竜一 2013年(平成25年)4月1日~