第9回DCC イブニング・サロン 講演 DCCイブニング・サロンへ≫
第9回 DCCイブニング・サロン   ― 現代アジア学と “東アジア共同体” ―

  講師:早稲田大学政治経済学部 毛里 和子 教授
    略歴≫ お茶ノ水女子大学文教育学部卒業、東京都立大学人文科学研究科修了。
         日本国際問題研究所研究員、在上海日本総領事館特別研究員、静岡県立大学国際関係
         学部教授、横浜市立大学国際文化学部教授を経て、1999年より早稲田大学政治経済学部
         教授。
         専門は現代中国論、東アジア国際関係、民族問題など。
         著書は『現代中国政治』名古屋大学出版会(毎日新聞アジア太平洋賞大賞受賞)、『周縁か
         らの中国-民族問題と国家』東京大学出版会(大平正芳記念賞受賞)ほか多数。
         21世紀COE「現代アジア学の創生」拠点リーダー。第18期学術会議会員。
         2003年秋紫綬褒章受章。

  要旨:改革と開放で21世紀の中国は押しも押されぬアジアの大国によみがえった。日本にとって新興大
      国・中国とどう付き合うかが対外戦略の重大アジェンダになっている。
      戦争の歴史の処理をまだ抱えている日本では、中国はパートナーかライバルかをめぐってさまざ
      まな考えが出てきている。だがアジアの近い将来を考えるとき、中国との関係、中国それ自身の変
      化をしっかり見つめていくことは非常に重要である。
      東アジア地域の平和に不可欠な日本と中国の共生関係をいかに築くか、日中関係、アジア及び世
      界における中国のポジションに触れながら論じる。

  日時:
2004年3月2日(火) 18:10~21:00 (受付開始 18:00)
  場所:早稲田大学大隈会館 2F N201会議室
ページの先頭へ≫
■講演
 早稲田大学政治経済学部 毛里 和子 教授
 こんばんは。私がご紹介いただきました、政治経済学部に所属しております毛里和子と申します。私自身は早稲田大学に赴任してからまだ数年でして、99年の4月からこの早稲田にお世話になっています。まだ本当の新米です。
 今日はこのDCCの講演で、現在私どもが進めておりますCOE、Center Of Excellenceの研究テーマと、現在私が研究しておりますことを接合させて1時間程度のお話をします。
 まずは用意されたペーパーでご覧いただければ結構だと思いま
   
す。こういう会合で申し上げるのは非常に気が引けますが、私は文化を破壊するものは二つあるというふうに今いろいろなところで言っています。一つは国際シンポジウム。これはあらゆるところで、あらゆる国際シンポジウムがありまして、毎週土日が全部つぶれるという状態で、たいへんにつらい状況になっています。
 もう一つがパワーポイントです。前にパワーポイントで発表してくださったのに対して「これは文化を破壊するものである」と申し上げるのはたいへん申し訳ないんですが、実は国際シンポジウムと同様、わかったようで、結局わからないまま終わってしまうというところでは、壮大な誤解の上に成り立っている文化だと思います。たいへん便利で、私自身もパワーポイントを使いますけれども、文化を破壊するものその1、その2と考えております。
 今日はしたがって、パワーポイントでお話しするのが一番便利であったと思いますが、あえてコピーで皆さんにお配りしてあります。お許しください。
 まずCOEについて。これは一般社会、普通の常識的な社会においてはほとんど知られていないものだろうと思います。今、大学人を最大限悩ましているものが二つありますが、一つはCOE、もう一つは国立大学の独立行政法人化です。この独法化とCOEで、たぶん東大の知的レベルは数段落ちるだろう。今こそ早稲田がチャンスというような時代に入るのかもしれませんが、まさにCOEの嵐が吹きまくっております。
 COE自身は文部科学省の研究振興の部門ではなく、高等教育局が担当するものです。私大、官学を問わず競争させるということで、競争心とライバル意識を刺激し、研究を活性化する、あるいは高度な人材を養成する。特にこれはドクター課程にいろいろな特典を提供しようということで、教育と研究の両方で国際的、世界的なグローバルな拠点を目指す者に対して、一定程度の資金、税金が供与されるという仕組みです。
 初年度に100以上、第2年度が100ぐらい、おそらく第3年度も50ぐらいは採択されるだろうと思いますが、早稲田大学もまたいくつか申請すると思います。
 文部科学省の方針はみごとに成功し、非常に小さい額で大学はライバル意識と名誉心を刺激されまして、踊らされているという状況で、私はまさに踊らされている中心に存在しているというわけです。
 現在早稲田大学でCOEは全部で9拠点ありますが、そのうちの一つが「現代アジア学の創生」です。概要を少しだけご紹介します。三つの分野と三つの領域ということで図1のところをご覧いただければ幸いと思います。
 私どもの仕事は三つあります。一つはResearch、研究の部分。二つ目がEducation、教育の部分。これは大学院のドクターコースに相当しまして、一般的な教育ではありません。したがって、成果をあとで問われたときの評定の基準は、大学院の政治学研究科、およびアジア太平洋研究科でどれほどのドクター取得者を出したか、彼らをいかに、どのようなところに就職させたかということになるような仕組みです。
 三つ目の仕事がネットワークづくりです。これはJapan NetworkとAsia Networkに展開したい。これは言うまでもなく研究者の中でいろいろなテーマについて一定程度の知的なネットワーク、しかも恒常的なネットワークを、早稲田を中心につくりましょうというアイデアです。
 三つの領域についてですが―私は現代中国を研究しておりますが、現代中国というのは人口が多いせいでしょうか、三つとは四つとか、スローガン化するのが非常に好きです。そしてこれは非常に便利です。これも文化を破壊するものの一つですが、私もそれに破壊されまして、三つとか、四つとかいうのが大好きになって、いまや三つの領域、三つの分野というところで頭に入れていただければ幸いです。
 一つは学際学です。現代アジアについての政治学、経済学、社会学、国際関係、あとはできれば文化人類学の、いわば学際学を展開すること。
 二つ目は比較学。これはアジアの中の政治体制の比較、あるいは経済制度の比較、あるいは文化というものの、教育制度なりの比較というのが比較学です。
 三つ目が関係学です。だいたい現代というのはほぼこの100年を対象としますので、近代以外のアジアにおけるさまざまな諸関係を、現在の言葉で言えばAsian Communityというようなかたちで研究していきます。
 研究と、ある意味では実践の両方があります。日本のこれからのアジア外交なり、あるいは世界に対する広い意味での戦略に多少ともプラスの意味で貢献したいというふうに私どもは大志を抱いているわけです。
 このチーム自身は早稲田大学のアジア太平洋研究科のほか、私が所属します政治学研究科、社会科学研究科を含めて、学際的なメンバーが20人そろっております。学部間の分断が非常に進んでおりました早稲田ですから、非常に珍しい試みです。学部間、あるいは研究科間の風通しをよくしましょうということで、現在うまくそれが機能していると思っております。
 早稲田の資産というのは―とはいっても私は早稲田人ではありませんが、考えてみますと、早稲田大学には近代から現代にわたって、さまざまな資産がかなり蓄積されていると思います。
 一つは、アジアとの関係が非常に深かった。これは1910年代、今からほぼ100年近く前ですが、その頃から中国、韓国、あるいはその他東南アジアの諸国から、非常に有為な人材が日本に多くの人が留学し、そしてそのうちの非常に優れた人々が早稲田大学に留学しているというような歴史的な資産を持っております。
 アジアからの留学生というのが非常に多いというところをご覧いただきたいのが図の2です。この図は実はCOEプロジェクトの審査の時に用いたものです。ヒアリングというものがありまして、総長、私、それから拠点代表が1人の3人で、二十数人の委員からヒアリングされるんです。それで説明をするんですが、その時の資料です。
 政治学研究科および経済学研究科は比較的保守的といいましょうか、伝統的でして、留学生に対する壁がかなり高くなっていました。しかし、新しく生まれたアジア太平洋研究科というのはむしろ留学生を中心にして、教育者、研究人材を養成していくというコンセプトになっておりますので、留学生がそうとうに多いわけです。
 修士課程ですでに日本人が307人、外国人265人ですから、ほとんど5対5の割合で外国からの留学生がかなりの部分を占めています。その中で、半分以上がアジアからの留学生です。ここでは台湾、韓国、中国で半分を超えております。とりわけ中国からの留学生が71人と圧倒的に多いというのがご覧いただけると思います。
 博士課程になりますと―アジア太平洋研究科は博士課程が発足してまだ3年目ぐらいで、この3月にたぶんはじめての修了生を出すことになりますが、現在のところ、100人余りのうち、外国人が43人、つまり4割が外国人となっています。そのうちの半分近くが中国から来ている。アジア太平洋研究科の学費は非常に高いのですけれども、多くのアジアからの留学生が早稲田という名前を慕って来てくれます。
 そういう意味では、別に日本人に限らず、早稲田に学んだドクター課程の留学生を教育して、シンガポールに戻す、あるいは中国、韓国に戻すというかたちで、早稲田大学で学んだ人材が5年後、10年後にはアジアで非常に活躍していく。
 たとえばシンガポール政府の中枢を占めるとか、あるいは中国の官僚機構のトップを占めるというケースもあり得るわけで、それを期待しているというのがまさにこのプロジェクトであります。その意味でも早稲田大学が現在アジア学にとって、多くの資産を持っており、そしてさらにそれを有効な資産にしていくためにこの現代アジア学というのが組まれているとお考えいただければいいと思います。
 このCOE自身は、最初の2年がここで終わります。全体が5年計画になっておりまして、私たちにとって5年は非常に長いですけれども、5年間やる。ただし「5年、のんべんだらりとやっていてはいけません」というのが文部科学省のお達しで2年間で中間審査を入れますということです。税金を使っているわけですから、これ自体はたいへん結構なことだと思います。4ランクぐらいで審査するらしいんですが、一つはこのプロジェクトをそのまま推進してよろしい。それからこれは少し問題があるので減額しましょうとか、これは軌道修正してほしい、かなり減額しますというもの。あるいは資金はゼロにしたほうがいいという、このゼロ査定というのがあり得るわけです。
 今は「現代アジア学の創生」ということで私は偉そうなお話ししていますけれども、5月にヒアリングが行われて、あるいはゼロ査定なんていうようなことがあったらどうしようとときどき考えて、青くなっております。
 私自身は、若手でたとえば35、36歳になっても職がない、でもこれから芽が出るような優秀な学生に助成金を与えるとか、研究助手としてのポストを与えるというようなことで支援していけるということ、あるいは学内でさまざまな研究会をやっておりますけれども、教員同士が競い合うということで活性化して、いいことであると思っております。そのかぎりで、この2年間で比較的うまくいったかなと考えております。
 COEはこれからあと3年ありますけれども、実は非常につらい作業です。私の仕事する時間がぜんぶで10であるとすると、COEにかかわる時間というのが、当初2.5ぐらいで済むかなと思ったら、実際には4割ぐらいの時間を割かれています。非常につらい作業でありますけれども、早稲田大学のアジア研究、あるいは地域研究にとっては非常にプラスですし、何よりもお金のない院生にとって、非常に精神的なインセンティブ、知的インセンティブが与えられる、あるいは物質的な保証が与えられるという意味では、うかうかと折れるわけにはいかないという状況です。
 ここにお集まりの皆さんにあるさまざまな意味で「現代アジア学の創生」についてのご支援をいただければ、またたいへん幸いだと思います。

 次に、それと比較的関係があるんですが、いわゆるこれからのアジア、あるいはこれからの東アジアはどのようにあるべきかということについて、私の考え方をお話しします。そしてそれがたぶん今お話ししたCOEの現代アジア学というところとかなりのところ絡んでくるというところで、最後の締めを行うというのが今日のお話の予定です。
 まず段取りを追ってお話をいたしますと、レジュメの2番目のところです。「21世紀のアジアを考える日中研究者フォーラム」についての雑感をまずお話しします。
 「21世紀のアジアを考える日中研究者フォーラム」という長い名前のフォーラムは、実は私が立ち上げたフォーラムです。中国側と日本側10人ずつの研究者が集まって、年2回で3年間、合計6回会議を開きました。来るべき21世紀のアジアはどうあるべきか。その中で日中関係はどういうことを注意しなければいけないのか、あるいはどういう貢献ができるだろうかということを、非常に率直に話し合ったフォーラムです。
 このフォーラムでは最初に二つの原則が立てられたんです。一つは国家を代表しないということ。日中フォーラムとか日中関係の話し合いというのは、いつも国旗とか国境を越えられないんです。つまりどうしても日本を代表してしゃべってしまう。私がもししゃべるとすれば、小泉総理やあるいは福田官房長官の顔が浮かぶというわけで、これではやはりいけないのではないかということです。特に中国側がその傾向が非常に強いんです。どうしても中国は一元的な社会ですから、国の政策と個人の意見というのがほとんど合致してしまうんです。まさに個人の意見というのがないに等しいという状況です。
 これでは話し合う意味がない。それなら中国の外交部と、日本の外務省とが話をしていればいいわけで、私たち学者、研究者が将来についていろいろなアイデアを考え出すために集まる会合では、国家を代表してはならない。個人だけ、おのれだけを代表してほしいということで、中国側もそれを了承しました。ですから中国側もいつもの会合と違いまして、非常に個人的な意見を率直に出してきました。
 もう一つは、できるだけintimateな、親密な関係をつくろうじゃないかということです。それで温泉でやりましょう、お湯につかってからゆっくり雑談をして、それでいいじゃないですかということだったんですが、実はこのスポンサーが国際交流基金という日本外務省の傘下の機関だったんです。4月1日から独立法人に変わります。
 これは税金を使って、毎回温泉に行っているのも具合が悪いかなと思った。どんな安い温泉でも「温泉で議論した結果がこうです」と言ったら、国民に対して申し訳がない、あるいは誤解が生じるかもしれないということで、残念ながら温泉は1回限りになったんです。でも6回の会合を去年の11月に終えまして、私自身は非常に成果があったと思っております。
 それについて、二つだけお話しします。一つは日中関係が1990年代の後半から非常に変わったということです。これが一つのポイントです。
 もう一つは、中国の対外政策、とりわけアジア政策が21世紀に入ってかなり変わってきている。それに対して日本が対応できていない状況に今あると考えておりまして、私自身はそういう印象を強くしました。この二つのポイントを中心にお話しします。

 1990年代後半の日中関係の変化というのはどういうことかというと、現象的には一つのことが言えます。
 まず新図1は、日本の対中・対米貿易の変化。貿易だけで、投資の問題は入っていません。比較的新しいデータで、2003年の貿易の荒数字が出ております。
これをご覧いただくと、輸入では2002年で対中輸入が対米輸入を凌駕しました。ここで明確に交差が行われました。輸入の面では中国は日本にとってNo.1のパートナーであるということになります。
 輸出では、対米輸出はまだ圧倒的に多いんです。しかし対中輸出というのが急激に伸びております。おそらく2004年のデータになると、この対米輸出と対中輸出の差額というのはずっと縮まっていくでしょう。
 日経新聞のある予測によれば、2005年以降の比較的近い時期に対米輸出を対中輸出が凌駕する。つまり輸出と輸入双方において中国は日本の第1の貿易パートナーになる。これは中国が好きでも嫌いでもそうなってしまうということです。これが21世紀の現在の状況です。
 これは通常、相互依存という言葉を使います。interdependentという言葉を使うんですが、相互依存というと非常にきれいな言葉で格好よく聞こえるので、私はもっと泥臭い、もたれ合いという言葉を使っています。
 私の弟がある商社のわりに偉いところにいますけれども、彼は中国が嫌いでアメリカ派で、私は中国派なんです。「中国はいったいどうなるの。つぶれないの」というのをしょっちゅう聞いてくるんです。「ただでは教えてあげないよ」と私は言っているんですが、弟いわく、商社の目から見ても、中国のプレゼンスが非常に大きくなっている、危ないというわけです。つまり中国が巨大になるから怖いという意味ではなくて、日本経済やアメリカ経済が中国に依存する度合いがものすごく多くなる。つまり中国経済がもしだめになった場合、これは日本経済にもものすごく波及する、アメリカ経済にも波及するというわけです。そういう意味では非常にこわい時代に入っている。これを私はもたれ合いということで申し上げております。
 それに反して、政治とか、あるいは国民レベルの感情というところでは、必ずしもそういうふうにはいっていないということです。総理府から内閣府に引き継がれたデータで、外交に関する世論調査というのがあります。
 それを私が多少加工しまして、日本人の対中国、対韓国の世論を比較しました。これで顕著な差が出てきます。なぜ88年以降のデータを取ったかというと、これは89年に対中世論が非常に変わるからで、内閣府のデータ自身は78年ぐらいから全部そろっています。
 ここで見てみると、「中国に親しみを持つ者」が88年から89年にかけて、68%ぐらいから52、53%ぐらいまで急落します。これは言うまでもなく天安門事件の影響です。
 その後、さらに96年で非常に落ちました。なぜ落ちたかというと、これは台湾の総統選挙です。台湾の総統選挙が3月に行われました。そのときに中国は台湾の総統選挙に軍事的圧力をかけるという意図を込めて、福建でミサイル演習を強行しました。それで、対中世論が非常に悪化します。その後ちょっと盛り返していますけれども、だいたい47、48%のところで現在推移しているという状況です。
 それに対して「韓国に親しみを持つ者」はどうかというと、90年代の終わりぐらいから非常に伸びている、好感度が増えているというのがわかります。89年に非常に落ちましたが、これはなぜ落ちたかというと、前年88年がソウルオリンピックだったからだと思うんです。このときに非常に韓国ブームが起こって、それが89年に静まったということだろうと思います。それで96、97年でまた落ちて、その後急激に伸びました。現在は55、56%のところで「親しみを持つ」というところでいっています。
 まさに中国を越えるということになりましたが、これはワールドカップの共催というのがあってでしょうし、いまやテレビドラマ、その他で韓国の映像文化、あるいはポップスなどがそうとう入っています。日本の若者の文化の中に韓国文化が入ってきている。あるいは日本の文化が韓国に流れていっているというようなところで、草の根の好感度につながっていると思います。
 ただ、アメリカに対する世論を見ますと、「親しみを持つ」というのが78年以来ずっと一貫して82、83%から85%なんです。これは9.11事件があろうが、あるいはイラク攻撃、アフガニスタン攻撃があろうが、「アメリカに対する親しみを持つ」あるいは「対米関係は良好と思う」と判断をする国民がほとんど8割を超えております。圧倒的多数で、しかも安定しています。これに比べると中国に対する世論は、かなり不安定なところがあるというところが言えるかもしれません。
 その次の図3というのが日中の世論調査です。これは朝日新聞社と中国社会科学院という中国のシンクタンクが共同で調査したもので、2002年9月に日中国交正常化30周年を記念して行われたものです。
 これがいろいろなことが言えるんですけれども、まず「経済面で協力できるライバルかパートナーか」というところで、日本にとって中国は「ライバルだ」とするのがかなり多い。それに対して中国にとって日本はライバルかパートナーかは半々ぐらいである。
 それでは「10年後中国経済は日本にとって脅威になるか」というと、日本側では「脅威になる」と「すでに脅威だ」と合わせると7割を超えています。日本人の一般的な世論では、「中国は10年後は日本経済にとって脅威だ」という認識をどうやら持っている。中国側はそうではなくて、むしろ「脅威にはならない」というような認識を持っています。
 お互いに好きか嫌いかというところではそんなに大きな、顕著な傾向は見られませんが、「仲良くしたらいい国」というところでおもしろ
   
いのは、日本44%でアメリカを、その次に20%で中国を挙げています。北朝鮮が4%入っているというのもまたおもしろい結果です。
 それに対して中国の場合には、3人に1人が「アメリカとの関係を良好にしておいたほうがいい」と考えていて、第一位になっているということです。これはかなり正直なところです。その次がロシアというかたちで挙がっています。日本は7%ですから、非常に少ないんです。
中国というのは非常に大きな国ですし、ある意味でユーラシアの国です。つまりわれわれが考える東アジア世界というのは、中国にとっては、彼らを取り囲む世界の一つにしかすぎない、one of themなんです。日本にとっては東アジアというのはほとんど唯一なんですが、そのへんが非常に非対称的で、伝統的にはロシアとの関係から言うと、ソ連時代から中ソ関係が良いか悪いかで、中国は非常に大きな影響を受けています。ですから、中国の生き方にとって、ロシアとの関係が影響を与える部分がきわめて大きいのかもしれないということです。日本と中国とのお互いを認識するときの、ちょっとしたギャップがここにあるわけです。
 「軍事的に脅威を感じる」というところで、日本では44%が北朝鮮を挙げています。2002年9月時点ですので、現在ではたぶんもっと高い数字が出ると思います。その次が「米国」で、中国は11%になっています。97年の調査とくらべて、2002年の調査のほうが中国を軍事的脅威とするのは減っているというのが日本の結論、結果です。
 中国では、「仲よくしたらよい国」で44%が米国を挙げているという一方で、「米国が脅威だ」というのが60%になっています。日本が13%です。インドがちょっと挙がっています。中印関係というのは、これまた難しい関係でして、最近は非常に好転していますが、なかなかライバル意識が盛んなところです。
 ここでは米国が脅威だと感じているというのは非常におもしろいところで、ここも一種のギャップというのがあるわけです。われわれが考える世界と、どうも中国が考える世界、あるいは近隣というのはかなり違うということが言えます。
 このようなことで、結局90年代の後半から日中関係がかなりぎくしゃくしてきているということが言えるんですが、それがこれからどうなるかということです。もちろん小泉総理の靖国参拝の問題が一つのネックになっていると思いますが、あとでお話ししますように、中国側の対日新政策というのはおそらくはそれを越えて、今後日本に対するかなり積極的なイニシアティブが取られるだろうと、私は考えています。

 この「21世紀のアジアを考える日中研究者フォーラム」での印象の二つ目として、中国側の学者たちの認識が3年間で変わったということがあります。私は何回も中国の方とシンポジウムとか、あるいは対話というのをしていますので、だいたい言い方によって、「これは中国の政策は変わったな」というような雰囲気は感じられるんです。2000年に始まったフォーラムが2001年ぐらいになりますと、中国の研究者は日本の近代の歴史というのを、いわばプラスのところを見ようということを言い出しました。
 つまり普通は、日本の近代、20世紀の日本というのは、前半の50年はほとんど全否定なんです。しかし、最近になりますと、明治維新以来の日本近代化というのは、アジアの近代化の一つのモデルである。非常に先進的な部分があったというところでの評価、あるいは再評価というのを加え始めまして、私は驚いたときがありました。
 もう一つは、東アジアの協力というのをしきりに言い出しています。私の考えでは、中国はだいたいリージョナルな外交というのをやらないんです。地図をご覧になればわかるように、陸上国境を14カ国と接しています。東アジアと限りません。北はロシア、西はパキスタンを含めた中央アジア諸国。非常に幅広い相手です。要するに周辺という言葉はあるんですが、アジアというので地域をひとまとめにして中国は外交を展開してこなかったんです。
 ところが90年代の終わりぐらいから「東アジア」ということを言い始めました。FTAも含めて、アジアの協同、協力ということを言い出しました。これも驚きでして、中国は東アジアに回帰するということを最近言っています。
 これはなぜだろうかと考えますと、まずは97年のアジアの通貨危機があります。これは97年にタイで生じて、東南アジア経済、そして韓国、香港の辺りを直撃しました。とりわけそれでインドネシアはダメージを受けて、スハルト政権がひっくり返ったということになるんです。
 中国はこれをかろうじて、なんとか瀬戸際、波打ち際で止めたんです。しかしWTOに加盟して以降、もしこういうアジア通貨危機が、たとえば今度はバンコクで生じたとします。そうすると、今度は必ず中国を直撃することになります。おそらく中国にとって一番怖いのは、その通貨危機、あるいは経済危機の中国全土への広がりです。もし通貨危機が生じたときには、共同の通貨基金をつくるとか、あるいは共同の防止策を講じるとかというので、地域的なレジームなり、枠組みが非常に大事だということをたぶん認識したんだろうと思います。
 付け加えますと、私が考えますところ、中国にとって一番恐ろしいシナリオは、台湾で軍事紛争が生じることでもなければ、アメリカとの間で非常に関係が悪くなることでもない、ましてや日中間が徹底的に悪くなることでもありません。彼らがもっともおそれるのは経済の破綻です。つまりアジア経済全体が、たとえばゼロ成長、あるいはマイナス成長が数年続くというようなことになったときです。
 もしそうなりますと、中国では必ず政治的、社会的な混乱につながります。それは必ずや共産党一党支配体制全体を直撃することになりますから、そういう意味で、東アジアの、特に経済と若干の安全保障を含めた枠組みづくりということを、最近の中国は非常に熱心に言っているというところです。
 第3番目に、思考停止から「対日新思考」へというところです。これはこれからの日中関係、あるいはアジアの協力、東アジアにおける協力をどのように組織していくかということと絡んでいます。まず2002年末ぐらいから中国では、戦略的に対日関係を重視しましょう、もう歴史の問題でうだうだ言うのはやめましょうという提起が一部で出されました。それを中心に国内で非常に激しい論争がありました。現在もまだ続いています。
 日本ではこれを『産経新聞』と『読売新聞』がわりに熱心に伝えたようです。日本に対して歴史問題をもはやあまりうるさく言わないということですから、これは日本としては歓迎すべきだ。日本は土下座外交をしていた、そういう状況からすれば、歓迎すべきことだというのがその一部のメディアの主張です。そういう点からすると、これは歓迎すべき動きになります。
 ここに紹介してあります時殷弘さん、金熙徳さん、張睿壮さんはそれぞれ代表的な論客です。時さんはこの「中日接近与“外交革命”」の中で、中国にとって一番大事なのは台湾問題だというわけです。次に大事なのはアメリカとの関係だ。要するに台湾は敵になるかもしれない。アメリカも敵になるかもしれない。もし日本との関係をこれ以上悪くすれば、日本まで敵にしてしまう。これは作戦上具合が悪いのではないか。
 戦争の問題はいろいろあるけれども、もう50年たったんだし、要するに戦争の問題で中国がごたごた言うことによって得るものというのは結構少ない。失うもののほうが多いというふうに考えるわけです。そういう意味では非常にプラグマティックです。きわめてプラグマティックでストラテジックなんですけれども、そういう主張をします。
 これに同調する人もいれば、これに反論する人もいます。金熙徳さんは日本研究者で、私もよく知っている人です。来週ぐらいどこかで講演なさいますが、たぶんまだ東大の客員教授でいらっしゃると思います。彼は正統的な、オーソドックスな日本研究者で、時さんの「戦略的に日中関係を重視して、戦争の問題を言うのはもうやめよう」という主張に真っ向から批判を加えます。「それはおかしい。日中関係は日中関係として、戦争の問題はきちっと決着しないといけない」という、今まで言われてきた主張をします。
 張さんというのは南海大学の人で、ここは周恩来がいった大学なわけですが、日本研究者の巣窟のような大学です。ある意味では日本研究の非常に大事な組織なんですけれども、私はお会いしたことはないんです。張さんは非常に強硬な対日批判を行って、時論を批判します。
 要するに「戦争の問題を言うなというけれども、冗談じゃない。今まで中国は言わなさすぎた。日中戦争で3500万人がなんらかのかたちで犠牲を被った。にもかかわらず中国は文句を言わなさすぎた」ということです。「感情的に日中関係を処理してはいけない、理性化させよう」というのが時さんの主張なんですが、張さんは、「いや、感情でやっていい。どうして悪い」というわけです。非常に激しい具合で、時論文を批判しました。
 こういうことを紹介しますのは、いくつかのことを申し上げたいためです。一つは中国の国内には日中関係を巡って、戦争の問題も含めて、あるいは日本の軍事大国化の問題も含めて、さまざまな議論があるということです。つまり非常に強い日本批判の人々も依然としているんです。それが一つです。
 しかしこういう議論が展開されてきたこと、異論がいくつも出てきたことはこれまでなかったんです。中国は世論を一元的に管理していましたから出てこなかったわけです。でも実はあったんだ。そういう意味では、第2に申し上げたいのは、これはある意味で非常に健全な現象だということです。中国社会のそのものを反映した現象として出てきている。
 こういう状況の中で、中国政府は比較的時論文に近い立場を取っています。比較的、ということで、全面的にということではありません。時論文は「日本をもっとほめたたえよ」と言うわけです。「日本は経済大国だ。しかし、未来の政治大国でもあるというふうに言ってあげていいじゃないか」と言うわけです。軍事大国になるとちょっとクエスチョンですけれども。
 それと、国連安全保障理事会の常任理事国に日本はなりたいわけです。それに対していろいろな動きがあって、うまくいかないわけです。それで日本の外務省の一部は非常に焦るわけですけれども、その一つが中国の動きなんです。時論文は、日本が常任理事国になりたいということであれば、それをどんどん支援したらいいじゃないかと言うわけです。いろいろな地域的な割り当てだとか言うな。日本は非常に大事な国なんだから、常任理事国として中国がきちんと推せばいいではないかということを言うわけです。でもそうではない人々もたくさんいるということです。

 多元化している中国の世論の中で日本はどう動くかというのは、なかなか難しいことです。日本の政府はどう考えているかというと、「21世紀日本外交の基本戦略」というのが2002年11月に出ました。これは小泉総理の諮問機関がつくったものです。内閣官房参与として、よくテレビに出ていらっしゃる方ですが、岡本行夫さんという方がこの諮問委員会の委員長を務めています。中国関係では、谷野前中国大使が入っています。早稲田大学のアジア太平洋研究科の客員の先生でもある方です。ほかにも朝鮮問題では小此木さんという慶応大学の先生など、そうそうたるメンバーがこの基本戦略をつくったんです。
 その中ではいろいろなことが言われていて、これはもちろん政府の方針ではないんですが、一応それに近いものとして考えたらいいと思います。
 ここで言われていることについて私が感じるのは、日本の外交戦略をどう作るのかという肝心なところが抜けているということです。要するに対米関係とアジア戦略と、具体的な日中関係というところで、三者は非常に絡み合うわけです。たとえば日米同盟を基軸に据えたときに、中国が日米同盟基軸ということに対して非常に強硬な批判をした場合に、日米同盟はどうするのか。日本外交にはいくつかの柱があるんですけれども、その柱の間の関係を結ぶ戦略がないんです。ですから、その各部分の人が、それぞれいろいろなことを言っているだけで、もしその両方がもし矛盾なり齟齬(そご)を来した場合に、いったいどういう戦略をつくるのか。日本外交、特に東アジアが非常に変化しつつある中で、中国外交が非常にイニシアチブを取り始めている中で、それでは日本はどうするのかというのを打ち出さないといけないというところで、それが非常に難しい状況です。
 4番目でお話ししたいことは、まず来るべき日中関係において、ライバルかパートナーかという点なんです。よくライバルかパートナーかというかたちで対比されますが、ライバルかパートナーというふうに自分で選べる段階ではないのではないんだろうかと私は思います。ライバルだからもう適当に付き合っていればいいとか、パートナーだから一緒にいろいろなことをやろうかというような、そういうわれわれが勝手に選べる段階ではなくて、もはやそれを越えて、もたれ合いの関係になっている。
 それではこういう中でもし紛争が起こったときに、どうしたらいいのだろうかということが一つあります。その関係で東アジアの枠組みをどうやってつくったらいいだろうかというところに問題は投げられるわけです。
 それでまず私が考えるのは、東アジアコミュニティーというものをさまざまなかたちで柔らかくつくり上げることです。
日中関係というのは非常にやっかいなので、私はできるだけ講演のときに日中関係はしゃべりたくないんです。やっかいですし、白黒つけた結論なんていうのはないわけです。ましてやテレビなどに出ると、結論がないとすぐに文句が出ます。私は1回ラジオで「ポストケ小平はどういう政治になるでしょうか。だれが出てくるでしょうか」というインタビューを受けて「それは私にはわかりません」と開口一番に答えたことがあるんです。そうしたらすぐに視聴者から苦情の電話があって「わからないということを言うコメンテーターははじめてだ」ということで、それ以来そこからはお声がかかっていません。たぶん「わからない」と言ってはいけないんでしょうけれども、実際にわからないんですよね。
 非常に難しいところで、日中関係が非常に感情化しやすい、しかももたれ合いという関係になってしまったという中では、どうやって理性化するかということを考えなくてはなりません。そのためには一つ別の枠組みをつくる必要がある。
 たとえばASEANと韓国、日本、中国というような東アジアの一番大事な極をつないで政治的対話をする。できれば台湾を入れれば一番いいんですが、台湾を入れると中国は非常に反発します。そこでノンガバメンタルなレジームをつくって、そこに台湾を入れる。主権国家が入るところに台湾を入れようとすると、中国は猛烈に反発しますが、ノンガバメンタルなものについては中国は文句は言えないわけです。理屈も成り立ちますよね。だからそういうノンガバメンタル、あるいはトラック2とかトラック3とかというかたちで、いくつもの枠組みを作って話し合っていく。一つは経済危機にどうやって対処するか。ほかにもSARSとか鳥ウイルスとか、さまざまな問題があります。私が一番心配なのは、エネルギーをめぐる紛争です。いずれ中東あるいは中央アジアを巡って、日中が争うということはあり得ます。非常に危なっかしいですから、そこでそういう枠組みをつくって、どうやって理性化するか、第三者を入れるかということで、工夫をしていく必要があります。
 手前みそになりますが、そういう場合に、現代アジア学というのはさまざまな部分で貢献できると思っております。構想をいろいろつくろうじゃないか。その場合には歴史に学ばないといけません。なぜ大東亜共栄圏は失敗したのか、その轍(てつ)を踏んではいけない。ではどうやったら東アジアの国々、あるいは人々が危険をともに防ぐことができるのか。私はあまり積極的なことをやる必要はない、危機とか危険を避けられればそれでいいと思うんですが、そういう枠組みをつくるために現代アジア学は、とりわけ関係学のところで貢献できるかなと思っております。
 以上で私のお話はこれで終わりにしたいと思います。ご清聴ありがとうございました。
ページの先頭へ≫
講演者の了解を得て掲載しております。内容についてのお問い合わせは、DCC事務局までお願いいたします。
第9回DCC イブニング・サロン 講演 DCCイブニング・サロンへ≫
Copyright (C) Waseda University,Digital Campus Consortium. All rights reserved
───────────── dcc@list.waseda.jp─────────────