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■第2回 DCCイブニング・サロン
   ―性差の生物学:その複雑な実態―
  講演者:早稲田政治経済学部  長谷川 眞理子 教授
    略歴≫ 1976年3月 東京大学理学部生物学科卒業
         1980年6月 国際協力事業団派遣専門家としてタンザニア共和国滞在 (〜1982年6月)
         1983年3月 東京大学大学院理学系研究科博士課程単位取得退学
         1983年4月 東京大学理学部助手 (〜1990年3月)
         1986年3月 理学博士取得
         1987年9月 ケンブリッジ大学動物学教室特別研究員 (〜1988年9月)
         1990年4月 専修大学法学部助教授、教授 (〜2000年3月)
         1992年、1994年 イェール大学人類学部客員準教授
         2000年4月 早稲田大学政治経済学部教授

  要旨:昨今、男と女の違いに関する書物がたくさん出版され、好評を博しているようである。しかし、それ
      らの書物の中には、さまざまに質の異なる解釈が混在しており、旧来の男女のステレオタイプを助
      長するだけのようなものもある。
      進化生物学や脳神経科学が進んだ結果、男と女、雄と雌の違いに関する知識は非常に豊富にな
      った。それらの知識を踏まえ、性差はなぜ生じるのか、性差はなぜ存在するのか、について、正確
      な解説をしたい。それは、とても単純でない、複雑な話である。その上で、これからの社会を築いて
      いく上で、男女共同参画とは何をめざすものであるのかを考えてみたい。 

  日時:
2003年6月25日(水) 18:00〜21:00 (受付開始 17:40)
  場所:リーガロイヤルホテル東京 2F サファイア
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■講演
 早稲田大学政治経済学部  長谷川 眞理子 教授 
     今日は「性差に関する複雑な話」というテーマでお話しますが、最近、性差に関する本がとてもたくさん売れています。きっかけは、「話を聞かない男と地図を読めない女」でしたか。その後多くの本が出版されて、どれもみんなものすごく売れているそうです。その中にはおもしろいもの、正しいことが書いてあるものもあるんですが、かなりとんでも本に近いものもあって、どうしてあんなふうに性差の話が受けるんだろうかと一部のフェミニストたちは非常に怒っています。いまさら、「やはりこんなに違うんだ」といった話がどうしてこん
に売れるのか、と。私もこういう研究をしていますので、そういう不満もよく聞いています。実際はどうかというのはとても複雑なので白黒はっきりするようにはいきません。その複雑なことを複雑なのだというふうにまずはご了解ください。でも、その複雑なことから見えてくる原理は何なのだろうかということを、最近の研究成果からお話ししてみたいと思います。
 今日の話の概要としてはいくつかポイントがあります。性決定、雄であるか雌であるかというのは決して二分法的にかちっと決まるものではありません。哺乳類の性分化は何段階にも行われますので、そもそも典型的な男、典型的な女というふうにきれいにできもるのではないということが一つでsy。それから、いろいろなところに性差が見られますが、どうして存在するのかというのを究極的に理解するには、生物の中に働いている性淘汰という力を考えないといけません。自然淘汰、自然選択のほうは有名ですが、性淘汰、性選択の話はそれほど有名ではないので、こういう理論があって、性差が存在するのは偶然でもなければ、人間の社会がジェンダーとしてつくりあげただけでもなく、性差が存在する理由が生物学的にあるのだということの説明が一つ。
 それからあとの二つ、同性間競争と配偶者選択。配偶者防衛は雄と雌の対立と葛藤の話ですが、そうやってできてきた雄と雌は利害が一致することはあまりなくて、利害が対立するような場面が非常にたくさんあります。人間の男性と女性もいろいろ葛藤はありますが、それは人間に限ったことではなくて、有性性がある、つまり雄と雌がある動物では、雄と雌は根源的にいろいろなところで対立と葛藤がある存在なのだということです。特に一夫一妻、ペア型の社会における雌雄の葛藤はいろいろな側面にわたっていまして、ステレオタイプに典型的に言われる、雄は浮気をしたいとか、雌はそうでもないとか、そのようなことは決してなくて、もっともっと複雑な話だということになります。

 では、まず初めの性決定ですが、細かいところはあとでお読みいただければいいとして、基本は哺乳類はすべての個体が雌になるようにできているということです。ですから、たとえXYという染色体を持っている男性であろうと、その始まりは雌になるようにできています。雌が基本形です。それを雄につくり変えていかないといけないので、男になるのは非常に大変なことです。
 そういう作用をするのが、Y染色体の短腕上に複数あるSRYという遺伝子で、この遺伝子があると本来卵巣になるものが精巣になります。精巣がテストステロンというホルモンをつくりますと、一連の雄化作用が始まって、雌になるべきものが雄に変わっていきます。哺乳類はすべてそうですが、胚発生の初期にはXXだろうがXYだろうが―皆さん、男性がXYで、女性がXXで、これが性を決めていることはご存じだと思いますが―、これがあれば必ず雌になったり雄になったりするわけではなくて、何もなければ雌になりますけれど、胚発生の初期はどっちもつくれるようにできています。初期に胚が精巣をつくると、そこから一連のプロセスが始まります。
 どんな形をしているかというと、初めの胚は生殖器としてはこんなものがあって、ここにミュラー管とウォルフ管があります。ウォルフ管が残れば男性で精巣になりますし、ミュラー管が残れば女性で卵巣になります。このまま自然に行くとミュラー管が発達して、ウォルフ管が消えて、卵巣になるということになりますが、それを反転させて、ミュラー管を消してウォルフ管を残さないといけないんです。もともとのプログラムを完全反転させるのがSRYという遺伝子で、これが働いて初めて男性になります。
 そこで間違いがたくさん起こります。ウォルフ管を発達させ残すことで精巣ができますよね。でもそれだけではだめで、ミュラー管を消すというのもやらないと男性の生殖器にならないんです。精巣ができて、こういう雄の形になるけれど、ミュラー管が残ってしまったということもありますし、いろいろなバリエーションが生じる可能性があります。SRYがあると精巣となり、精巣がテストステロンをつくって、テストステロンが出るとウォルフ管が発達して、精巣がMIFというホルモンを出すとミュラー管が消失する。これで反転が起こるわけです。
 雌はずっと簡単です。SRYがありませんから、普通に行って卵巣になり、卵巣はテストステロンを出さないからウォルフ管は普通に消失します。MIFがないから、ミュラー管も発達して普通に卵管と子宮になります。まさにデフォルトであって、何もなければ全部雌になるような強力な流れがあります。これで内部生殖器ができて、外部生殖器もできてというのが入ってきますが、これでおわかりのとおり、どの段階でもちょっと何か足りないと別のことが起こります。
 さらに脳が雄化と脱雌化をしないと男性の脳、雄の脳になりません。発生途上の脳も性分化をします。脳というのは性ホルモンだらけの臓器です。性ホルモンやセックスに関係するホルモンは、精巣や卵巣とそのへんだけで働いていると思ったら全然違いまして、脳というのは非常にたくさん性ホルモンが活動しています。それから脳自体が性ホルモンを出しているということもあって、脳はまさにセクシュアルな器官です。脳もデフォルトで行くと雌の脳になりますので、雄をつくるには脳を雄化して、かつ脱雌化をしないとできません。
 マスキリナイゼーション(雄化)と、ディフェミナイゼーション(脱雌化)、この両方が起こらないと雄になりません。フェミナイゼーション(雌化)は必要なくて、やはりデフォルトで雌化が起こるみたいです。性行動をどうするかとか、雌型行動を消すとか、そういうのがどちらか消えないと残っていくし、雄は完全に反転させないといけません。これがまた非常に複雑なプロセスです。発生途上の脳にテストステロンという男性ホルモンが起こると、テストステロンがジヒドロテストステロンになって、ジヒドロテストステロンがホルモンレセプターをたくさんつくるということをします。そうすると成熟したときに雄型行動になるし、雌に対する性的好みができます。一般的にテストステロンがジヒドロテストステロンになって扁桃体という脳の部分に働きかけることによって、雄っぽい行動がいろいろ出てくるというプロセスがあります。ディフェミナイゼーションも起こらないとやはりだめです。雄の行動はできても、脱雌化ができないと、雄、雌の両方ができてしまいます。
 いまざっとお話ししましたように、もともと雌になるものを雄は反転させないといけないわけです。内部と外部と両方の生殖器を分化させ、次に脳を性分化させる。この脳の性分化は雄化と脱雌化によって起こりますが、それにはセクシュアル・アイデンティフィケーション、自分が雄だと思うか、雌だと思うか。雄の場合、雄だと思うようにさせるわけですが、このプロセスを起こします。次にセクシュアル・オリエンテーション、雄に対して性的魅力を感じるというのはデフォルトの雌のタイプです。そうでなくて雌に対して性的魅力を感じる。このようにセクシュアル・オリエンテーションも変わります。
 この内部生殖器と外部生殖器、脳の自分をどう思うか、だれに魅力を感じるかといったことは全部、異なる時期に異なる作用でつくられるらしいのです。全部一緒くたに起こるわけではなくて、一つひとつ別々に起こります。だから、内部生殖器は雄だけど外部生殖器が雌っぽいとか、脳の性同定、自分を何だと思うかというのが、性的魅力は雄に感じるとか、どの組み合わせもできるわけです。この段階が全部一緒くたにセットで起こらないで、みんなコンパートメント、別々であって、それが一つずつ起こるから、そこに何か、十分なテストステロンが出ないとか、レセプターの量が少ないとか、いろいろなことが起こりますと、何の組み合わせでもいろいろなタイプができるわけです。
 先ほどからデフォルトは雌だと言っていますが、女性の場合も、お母さんが妊娠中テストステロンレベルが高かったり、そういう薬を飲んだりしていると、お母さんのテストステロンが影響して女の子の胎児の男性化が起こってきます。ですから、女性の脳や女性の生殖器も、お母さんがとったテストステロンのレベルによってちょっと変動したり、非常にはっきりした場合には、XXの女の子が男っぽくなったり、男の中間になったりもします。どっち向きにも働いて、胎内にいるときの、胎児のときの母親の状態によって、こういう変動はいくらでも起きます。
 結論をいいますと、単純にXXとXYで決まっているものではなくて、内部生殖器、外部生殖器、脳の性分化が起こり、男性になるのはSRYが引き金だけど、それは単に引き金であって、引き金は最初の段階で精巣にしろ、テストステロン、男性ホルモンを出せという指令を出すだけで、そのあと一連のホルモンの働きが積み重なり、積み重なってできますから、そのいろいろな部分で個体差が非常に大きくなります。
 ですから、いま何人もの方がいらっしゃいますが、いろいろ測ってみると、スーパー男からスーパー女までの間にいろいろな、男っぽさ、女っぽさを持つこんな広い分布があるはずです。それも、診断されて異常だと言われないかぎり、内部生殖器、外部生殖器はどちらかだとはっきりする場合が多いのですが、脳の部分は自分はどのぐらい男と感じて心地がいいか、女と感じて心地がいいか。自分がどのぐらい男や女に対して魅力を感じるか。そして、自分がどのぐらい男っぽい行動をとるか、女っぽい行動をとるかというのには、正常な範囲でもものもすごくバラつきがあります。
 典型的な男、典型的な女というのはありますが、決してそれに集中しているわけではなくて、みんないろいろなところで混ぜ持っているのです。日本文化は男性性と女性性でいうと女性性が強く出ているとか、文化による男と女による微妙な違いみたいなことを言われますが、これは当然でして、男も女も両方、ホルモンのいろいろなレベルによって形成されている部分が多いわけです。特に脳の働きのいろいろな部分はそうなのですから、完全に典型的な男、典型的な女というふうに、XXであればそう、XYであればそうというふうにはなっていません。これが結論の一つです。
 性ホルモンと脳には関係があって、脳にも性差があるということが、いまの地図が読めない女とか何とか、いろいろなところで話題になっているらしいですが、たしかに性差はあります。性的なことだけではなくて、どんなふうに脳が働くかということにも脳の性差はあります。それがあるというのは事実ですが、いろいろな研究が錯綜していまして、はっきり言えるのはこれだけだと思います。巷でもよく言われていることですが、これは非常にはっきりした性差でして、この性差はもう否めない、絶対にあると思います。それもかなりの違いであると思われます。
 一つは、空間三次元認知は男性のほうが成績がいい。言語、発話能力は女性のほうが成績がいいということです。空間三次元認知とは、広域探索、放浪、メンタルに心的回転をして全体の三次元構造を把握するということですが、これがテストステロンの影響下にあることは明らかです。女性もテストステロンを持っています。テストステロンというのは男性ホルモンですが、男性ホルモンであるテストステロンが酵素で変わってエストロゲンという女性ホルモンになります。女性の卵巣は少しずつテストステロンを出しています。そのテストステロンが完全にない女性、つまりターナー症候群とか、卵巣が発達しなくてテストステロンをつくらない女性はテストステロンのレベルが本当に低い。そのテストステロンのレベルの低い女性は、たしかに普通の女性より空間認知のテストの成績は低くなります。男性の中でもテストステロンのレベルによって空間能力は左右されます。
 こちらの空間認知テストの図、どの絵を回転させるとどれになるかおわかりになりますか。これを何回もテストすると、一般的に男性のほうがかなり点数は高いですね。もちろん重なりはありますけれど。
 女性は言語野の脳である左脳と言語以外の脳である右脳をつないでいる脳梁が大きいから、女性はすべてにわたって言語化したい。言葉によって表現する言語能力も高いけれど、発話衝動も高いですね。これはたしかにあると思います。
 あと、右と左の連結が女性のほうがいいというのはたしかです。右からの入力と左からの入力を同時にさせたとき、例えば真っ暗な袋の中に手を突っ込んで、右と左と違う形のものを同時に触って、同時に右の形が何で、左の形は何というのを言ってもらうという多重認知は女性のほうができます。男性は右に集中したら左は何だかわからない。左に集中したら右は何だかわからない。右と左で違う言葉を言うと、女性は両方聞くんだけど、男性は右の言葉を聞いたら左の言葉はわからないとか、右左が分断していることが多い。それもやはり脳梁ですね。右と左をつないでいる部分の関係だろうと言われています。
 ほかにも社会性や自己顕示、自信など、先ほどの二つほどではないけれど、性差がかなり出ます。
 社会性、つまり他者の表情の読み取りとか他者の顔弁別とか顔の記憶というのは、女性のほうが若干できるみたいです。
 自信とか自己顕示、他の同性に対する攻撃性の源泉というのは、男性のほうが高い。これもかなり分化ほかいろいろなことで変動があります。
 差はたしかに出ていますが、これが何なのか、なぜこうなっているんだろうかというのが非常におもしろい。これで女はこう、男はこうではなくて、両性がかなりかぶっている、一緒になっているけれど、極端にできるほうとできないほうを見ると、その性差があるというのは何なのか。まだいろいろ論議されていてはっきりわかっていません。
 例えばこういうのはどうか。微妙なところから他者の表情を認知できないとか、このぐらいでもわからない、感情認知の障害という例は圧倒的に男性のほうが多くて、女性のほうが少ない。また言語の失聴、言語に問題がある子とか、言語の発達が非常に遅れる言語遅滞、これも男の子のほうが圧倒的に多いというようなことはあります。
 性差のない部分は、一般知能と一般学習能力です。これはいろいろなテストをどうやって組み合わせてみても性差はありません。結局、モジュールが違うというか、男の脳と女の脳のやっているやり方、攻め方は違うのかもしれないけれど、最終産物として、総合能力として測れるようなGと言われる一般知能は、男性、女性に差はありません。要素別に見たときのアプローチの仕方は多少異なるでしょうが、全体として見たときに、どんなアウトプットになるかというのは変わらないということです。

 こういう話だけではなくて、実はいろいろなところに性差はあります。しかも、人間の脳の認知のことだけではなくて、性差は雄と雌がある動物のすべてにわたってあらゆるところにあります。このようにみんな違います。例えば毛がゴワゴワしているかいないか、そういったものが違う。体の大きさ、色も違う。またどんなふうに求愛行動をするか。この写真では七面鳥の雄が一生懸命羽を広げて雌を引きつけようとしていますが、雌はあっちを向いています。このように求愛行動をどうするか。それから、成長の速度から死亡率から何    
から何まで違います。
 こんなことがどうして起こるか。普通、雄と雌は生殖器が違って、卵をつくるか、精子を出すかの違いだけでいいはずなのに、どうして体の色とか角とかそんなものまでみんな違わなければいけないのか。これは不思議なことです。最初にダーウィンがそういうことを不思議だと思いました。自分が自然淘汰の理論について、個体差があって、個体差が遺伝して、遺伝的な個体差の中にはいろいろな変異がある。個体間に競争があると、変異の中ではうまくいくものが残っていく。このプロセスが自然淘汰です。個体間に変異があって、変異の中に遺伝するものがあって、遺伝的な変異が生存や繁殖に影響を与えて、いろいろな競争があるからみんなが生き残るわけではありません。でもだれが生き残って繁殖するかというと、変異がうまくいった固体でしょう。
 そうだとすると、雄と雌は同じ種で、同じ場所に、同じ時間だけいるのですから、同じようにうまくできるようになるはずです。例えばシカの雄が角を持っているけれど、雌はない。角などなくても雌は十分うまく生きていけるのに、どうして雄はあんなものを持っていなくてはいけないのか。無駄ではないかということで説明がつかなくなる。だから、これだけではだめだろうとダーウィン自身が考えました。
 でも、繁殖のチャンスが違うのではないか。生き延びて食べ物をとっていくのは雌雄同じでも、繁殖のチャンスがどうあるかということが雄と雌で違ったら違うのではないかとダーウィンは考えました。このようにダーウィンが考えたのは19世紀の終わりですが、20世紀と21世紀の現在の生物の理論の中では、それが発展して性淘汰の理論と呼ばれています。
 1回目の繁殖をしてから次の繁殖に行くまでに、どれだけ素早く次の繁殖のチャンスを持てるか。雄は精子をつくればいいけれど、雌は卵子をつくります。卵子は大きくて精子をつくるより大変だから、雌は卵子をつくるのに時間がかかります。雌が1回卵子をつくって終わって、次の卵子をつくれるようになるまでには時間がかかる。でも、雄は、精子は簡単だから次々とつくれる。そうすると、雄の数と雌の数が同じだけいても、本当に繁殖可能なメスは少なくて、雄余り状態。そうすると、雄は余っているわけですから、雄同士で競争しないといけなくなる。雌に対して雄は獲得する戦いを一生懸命しないといけない。雌は余っていないわけですから、雄を獲得する戦いをあんまりしなくていい。
 おまけに、ここに子育てというのが出てきます。子育てを雌だけしかしない、雄は何にもしないとなると、雄はどんどん繁殖可能なのに、雌は卵をつくって子育てをして、とうんと時間がかかる。それで雌が足りない、雄余りということで、雄と雄は競争しなければいけない。逆に雌は、雄がいっぱい競争しているから、どれにしようかなと選ぶことができる。雄はそんな余裕はない。戦わないといけない。基本的に雄余り状態であるほど、雄−雄の競争は強くなる。もし雌余り状態があれば、雌−雌の競争が強くなるだろう。このようなことがあるのではないでしょうか。
 ですから、本当の頭数ではなくて、実効性比というのは繁殖可能な雄、雌の数の比です。雄余り状態か、雌余り状態かということで、雄−雄の競争が激しくなるか、雌−雌の競争が激しくなるかということになります。これは理論的にありえますし、何種類かの生物はそうなっています。でも、雄は精子をつくるのが簡単ですし、雄が子育てをしないという生き物だと、たいていは雄余り状態になりますから、雄−雄競争は非常に激しくなるでしょう。雄は競争しなければいけない、血みどろになって、青くなったり白くなったりして戦わなければいけない。それに対して、雌同士の闘争はないわけではないけれど、こういう類の競争が雄同士ほどにはないから、雄ほどのレベルはないから、やることがなくて、どれがいいかなと選ぶことができます。
 アジサシという鳥などは、雄は魚を一生懸命持ってきますから、雌はよりよい資源を持ってくる雄を選びます。小さい魚しか持ってこない雄ではなくて、大きい魚を持ってくる雄を選びます。だって、みんな競争して自分に持ってくるんだったら、どれがいいかな、大きいのがいいに決まっています。たくさん栄養をとれればたくさん卵が生めますから、そのときの繁殖の成功が決まります。あるいは、資源は何にもあげないけれど、きれいな体の色とか羽とかを見せつけて雌に求愛します。雌はそれを見てどれがいいと決めます。アオアズマヤドリというのは、舞台装置を自分でつくって、このように飾りをつくります。それを地味な雌が見に来ていますが、舞台装置のきれいな雄を、しかもたくさん飾りつけのある雄を雌は選んでいます。
 これは何をしているのか。何に対するえり好みなのだろうかというと、基本的にクオリティーですね。配偶者の質です。雄の間にバリエーションがあって、いろいろな雄がいたら、いろいろな意味でクオリティーが違う。それがみんな競争して自分に向かってくるわけですから、雌はよく見極めてどれがいいかなということができます。
 このクオリティーとは何かというと、二つあります。アジサシみたいに何か資源を持ってきてくれる雄だとしたら、よい資源ですね。よりよいリソースです。それが今回の繁殖がうまくいくかどうかを左右します。小さい魚しか持ってこない雄と、大きい魚を持ってくる雄を比べたら、卵の大きさとか雛の大きさがそれで決まる、今回の繁殖がうまくいくかどうかは雄の持ってくる資源で決まりますから、雌はそれを見ています。でも、グッピーとかアズマヤドリのように何もしない雄がいます。何も持ってこない雄もいます。それでも雌が選んでいるのはおそらく遺伝的な何らかの質だろう。必ずしも何かの遺伝子がいいというわけではなくて、自分と免疫適合性のいい、相性のいい遺伝子とか、あんまり近親婚ではないとか、自分にとって相手が遺伝的に適合かということも含めていろいろな遺伝子を選んでいるということもあります。

 数年前まではここで終わっていました。ここから先はあんまりなかったんですが、ここ5年、10年ぐらいで、雄と雌は対立、葛藤があって、雄−雄競争と雌によるえり好みという簡単な話にはいかないということがいろいろわかってきました。一つは雄の内部に葛藤があるということです。雄は雄間競争を戦わなければいけない。それと配偶者選択、雌に選んでももらわないといけない。この配偶者選択で雌が好む性質と、雄−雄競争で他の雄に勝つ性質が相反するかもしれない。そうすると、雄というのは同じ雄の個体内部でバランスを取らなければならない。雄−雄競争には勝つけれど、それをあんまりやり過ぎると雌に選ばれない。雌に選ばれないから、雌に選ばれる性質をやっていると、雄−雄競争に勝たない。これの拮抗、バランスが非常に難しいということが一つあります。
 それから、雌が何をしたいか、雄が何をしたいかが合致しないときがあります。雄が配偶者防衛というふうに、この雌を絶対に他へ行かせないぞと、雄が雌をつかまえて行動をコントロールしてしまう。でも雌はその雄と一緒にいたくないというふうになる。配偶者選択の際、雌は別の雄のほうへ行きたいといったときに、雄が行かないようにとガードすると、雌の意思を曲げることができる。それで、雄のやりたいことと雌のやりたいことが合致しなくて非常な葛藤が起こるということが起こります。
 例えば雄内部で、イントラ・セクシュアル、雄−雄競争に有利な性質はたいてい攻撃的であることです。他の雄をやっつけたり、他の雄を追い出したりということで、テストステロンレベルの高いほうが有利です。しかし、攻撃性の強い雄は雌に好まれません。本当にその傾向が見られます。テストステロンをインプラントして、攻撃的に縄張りを守ってほかの雄をどんどんやっつけるような雄の鳥をつくると、雌はその雄を選びません。そういう雄を雌は好きでないんです。なぜかというと、そういう雄は本当に攻撃的だから、雌のことも攻撃したり、雛を攻撃したりすることもある。それに、こういう攻撃的な雄は雛の世話をあまりしない。ですから、そういう雄は選ばれないわけです。
 テストステロンが高すぎるとどうなるか。これはネアンデルタール人の復元図です。ネアンデルタールというのはきっとこのぐらい、シュワルツェネッガーの3倍ぐらい筋肉もりもりだったということが最近の復元でわかりました。だから、べつにネアンデルタールがどうだという話ではないのですが、テストステロンが高いとこういう男性の体ができるでしょうということです。
 このグラフの、青いほうの二つが男性ですが、男性の中にも極度にテストステロンのレベルが高い男性とそんなに高くない男性がいます。男性のテストステロンレベルは非常に個体差があります。1日のうちでも変動して、同じ男性でもテストステロンの高い時間帯と低い時間帯があります。空間能力テスト、先ほどの積み木みたいなものが回転した絵ですが、あのテスト成績で見ると、テストステロンの高い男性はできが悪いです。低い男性のほうができます。次は数学的な推論ですが、これも低い男性のほうができます。高い男性のほうができません。次は、何かをパッと見たときにそれが何かということを瞬時に認識するスピードです。これは差は少ないけれど、でもやはりテストステロンレベルの低い男性のほうがよくできます。ですから、ステロイド剤を入れてうんと筋肉もりもりになると、数学能力とかそういう能力は下がります。
 女性は一般に男性よりテストステロンはずっと低いですが、その中にもテストステロンレベルの高い女性と低い女性がいます。そうすると、低い女性のほうが空間認知も、数学的推論も、少しできないほうに入っています。高い女性のほうができているほうに、点数は相対的に高いほうに入っています。ですから、この部分についてはほとんど女性の場合、差異がありません。
 つまり、あまりテストステロンが低すぎるとうまくない。だけど、あまり高すぎるとやはりうまくない。たぶんこの中間あたりにベストがあるのでしょう。特にこれは頭の働き、空間や数学に限った認知能力の働きですが、最適なのは男と女の中間にあるのではないか。あまりにテストステロンレベルが高いといろいろな認知の働きが落ちます。これが即、何ということではないけれど、いろいろな頭の働きは魅力の一つですから、筋肉に賭けるか、頭の働きに賭けるかというとき逆になるわけです。筋肉に賭けたかったらテストステロンレベルを高レベルに上げたほうがいい。しかし、頭の働きや何かで女性を魅了したかったら低めのほうがよろしい。ここには拮抗関係があるということです。
 父親であることというのはホルモンレベルが非常に変わってきます。カリフォルニアマイスというのは雄も子育てに参加するタイプのネズミです。プロラクチンが高いほど親としての世話行動をしますが、プロラクチンがこのぐらいで母親は世話行動をしています。父親もこのぐらいです。これからお父さんになる、連れ合いの雌が妊娠している雄はここまでですが、かなり近くなっています。雄が父親としての役割を果たさない、全然世話をしない種類の近縁のネズミがほかにいます。受精するだけで、父親としての行動はしません。これは受精したあと、プロラクチンはこんなに高くありません。ですから、父親になって、父親として過ごす雄は、プロラクチンというホルモンが上がってそういう行動をするわけです。
     テストステロン、男性ホルモンはどうなるかというと、父親になると男性ホルモンは下がります。父親としての世話行動をとるには、男性ホルモンは下げて、プロラクチンを上げる必要があります。テストステロンというのは、どんどん攻撃的に前へ出ていって、ほかの雄をやっつけて縄張りを獲得したり、そういうことに役に立っているけれど、子育てというフェーズに入ったときは、それを下げて、プロラクチンを上げていかないと、うまく子育て行動は出ません。雌は雄に、それをのぞんでいるのです。
 MPOAの体積というのは、子育てに関する部分を司っている脳のある部位の体積を測ったものです。子供を産んでいない雌はこれぐらいの大きさしかない。子供を産ませていない雄はこのぐらいの大きさです。母親というのはこのぐらいの大きさです。雌は子供を産むとMPOAが増えます。雄では逆に下がる。MPOA子育て行動をうまくするための脳の部位ですが、子育て行動をうまくするには、雄は父親になったらこれが下がらないといけない。まだ交尾してない雄では、子育てをするという脳の部分がまだちゃんとできあがっていません。ですから、親としての何かをするということと、配偶相手を獲得するということは、拮抗していて違うので、それを変えられないといけない。高ければ高いほどいいというわけではないのです。
 テストステロンはものすごく変動します。同じ男性の中でも5分の間にものすごく変動します。どうしてこんなに変動するのか。ホルモンを測る側からすると厄介で仕方がないんですが、おそらくこのように変動できるというのがいいことなんだと思います。やるべきときには一気に攻撃的になるけれど、攻撃的にならないときにはすっと下げる。同じ雄で、テストステロンレベルが下がったり上がったりという変動幅がうんとあるというのが一番使い分けができているんでしょう。雄−雄競争にも勝つし、雌にも訴えるところがある。男性に限らず、哺乳類の雄はその両方ができるということですし、この変動幅が大きいということこそ大事ではないかと思われています。でも、拮抗しているわけですから、どっちかに振れすぎるとよくありません。

 最後は、配偶者防衛の話です。配偶者防衛というのは、自分の見つけた相手が他の個体と配偶しないように相手の行動を制限する。そういうもののすべてをメイト・ガーディングと言います。これはトンボの写真です。雄が雌をつかまえて、ここで交尾しています。これは交尾だけど、雌の首ねっこをつかまえて押さえていまして、このまま3日ぐらい飛んでいきます。雌はこのあと、交尾が終わって離れると卵を生みますが、雄はそれまでずっとつかまえているわけです。雌がよその雄と絶対に2度と交尾させないように守っています。
 これはショウドウツバメという鳥の絵です。「うっとおしい」というのは私が書いたもので、本人が本当にうっとおしいと思っているかどうかはわかりません。雌が飛んでいる間、雄は20センチから50センチほど後ろをずっと、戦闘機のタンデム飛行みたいにくっ付いていくんです。どこへ行くにも付いてきて、2週間ぐらいこうやってずっとガードしています。雌がたまたまフワッと舞い上がっただけでもピタッと飛んでいって、実にしっかり追跡しています。こういうのが配偶者防衛です。
 これはセーシェルヨシキリという鳥です。雌が卵を生める受精可能な時期が水色の期間でして、この間は雌が卵を生めます。セーシェルヨシキリの雌に一夫一妻の夫がいるとき、夫がいるとよそから雄が侵入してくるのは少なくなります。よその雄は雌が卵を生む時期のちょっと前に侵入しようとします。緑色のグラフはその雌とこっそり交尾しようとする行動ですが、しようとするけれど、雌が卵を生む繁殖可能な時期になると、夫がしっかりメイト・ガードをしているので実際は少なくなります。では、そこで夫である雄を取り除いてしまうとどうなるか。一気に他の雄が入ってきてどんどん交尾してしまって、その結果、卵もその雄の卵になってしまうというのが増えます。夫を取り除くと、いつほかの雄がやってきて交尾したがるか。まさに雌が卵を生む繁殖可能なときによその雄は入ってきたいということです。
 ツバメを見てもスズメでも見ても何を見ても、ご存じだと思いますが、鳥の95%は一夫一妻です。これまで一夫一妻の鳥はみんな一夫一妻だと思っていました。ところがDNAを調べてみたら、エクストラ・ペア・コピュレーション、これはペア外での交尾のことで、あとエクストラ・ペア・パターニティー、夫以外の雄の卵だったということですが、これが両方とも高いことがわかりました。なかには、生まれている卵のうちの5%がその連れ合いの雄以外だというのが20種類もありました。ひどいのは65%。巣の中に生まれている卵の65%がその連れ合いの夫の卵ではないというのが2種類ありました。この間もいっぱいあって、みんなちょこちょこ、ペアでない雄と交尾した卵があるわけです。こんなことはだれも思っていなかったから、調べてみて本当に驚きでした。
 なぜかというと、一つには、観察しても、観察しても、ペア外で交尾しているのはめったに見られないからです。どうしてかというと、彼らもこっそりやっているわけですから。それで、鳥類学者が一生懸命見ても、なかなか観察されなかった。そこで、DNAをとったら本当にわかったということです。では、みんな信用できない。本当にピュアな鳥はいるんだろうか。ピュアな鳥もいます。それは白鳥です。白鳥はいままでどれだけ研究されてもまだペア外の卵は見つかっていません。ですから、白鳥は姿のとおり本当にピュアな鳥であるらしいんですが、あとは、一夫一妻とはいってもいろいろあります。
 なぜかというと、一夫一妻システムは配偶のチャンス、だれとペアになれるかというのは1対1の1匹ずつですから、チャンスをめぐる競争の度合いは低い。だれでもペアになるチャンスはあります。でも、自分が好む相手とペアになるにはどうするか。雌間にも雄間にもいろいろな性質において個体差があるとき、どれを好むか、どれを選ぶか。人気のある個体が集中すると、競争があります。その好みを消してしまえば、一夫一妻システムはチャンスの争いとしてはみんなにチャンスがある。雄−雄が激しく戦って勝ったものがみんなとってしまうようなことではないですから、ペアのチャンスはあります。でも、好みを働かすと一夫一妻はシビアな競争があるということになります。
 配偶者防衛がなぜ存在するのか。雌は夫以外の雄がやってきたとき、ただ、受動的に受け入れているのではありません。ペア外交尾が成立するのは、雌が協力しないとできないのです。では、ペア外交尾がなぜあるかといったら、やはりほかの雄と一緒になりたかった雌がそれだけいるということです。相手が自分以外の個体と配偶したいから、だから配偶者防衛であんなにつかまえたり、タンデム飛行してくっ付いているわけです。
 そもそもなぜお互いの希望が一致しないのか。どうして雄のやりたいことと雌のやりたいことが常に合致しないのか。それはこういった事情が入り乱れているからでしょう。配偶のチャンスをめぐる競争は、だれが何匹、配偶相手を獲得できるかという戦いです。アザラシみたいに血みどろになって戦って、勝てばたくさんチャンスがある。負ければチャンスがまったくない。これはチャンスの数の問題です。
 それに対して配偶者選択は、配偶者のクオリティーの違いに対して、どんなクオリティーの雄を求めるか。この配偶者の質について、一夫一妻の場合にはチャンスの問題はたいしたことはないですから、雄からも雌からも相手の質の問題になります。そうすると、資源をめぐってとか、求愛行動の様子とか、いろいろなことで配偶者選択をします。この競争に勝つためには、資源をとったり、一生懸命求愛したりもするけれど、雄同士の間に社会的地位もできます。争いに勝った雄の社会的地位は高くて、2、3、4と低くなるというようなことが出ることもあります。そういう社会的地位の高い雄を選ぶということもあります。
 でも、べつに雄間の血みどろの戦いでできた社会的に高い地位を雌がいいと思うともかぎりません。ニホンザルの雄は、第1位、第2位、第3位、第4位と、よくボスとか呼ばれるのがありますが、第1位のボスを必ずしも雌が好きなんていうことはまったくありません。第1位の雄と交尾したがらない雌はたくさんいます。ですから、雄−雄の競争でできあがった社会的順位は必ずしも雌の選択の対象とはならないわけです。しかし、これで社会的地域ができてしまったり、配偶競争の結果、雄が、角があったり、体が大きかったり、筋肉があったり、テストステロンレベルが高くて攻撃性があったりすると、この社会的地位や体の強さ、大きさのお陰で配偶者防衛は可能です。雌を抑えることができます。そうすると、雌はそういう雄を欲しくないのに、雄が配偶者防衛で雌をつかまえてしまうということがあると、ここで葛藤が起こります。それで、雌のやりたいことと雄のやりたいことは一致しないということになります。
 雄の原理である、配偶チャンスの競争で他の雄に勝つという原理が、必ずしも雌の選択になっていないというのが基本です。でも雄−雄での競争に強いと、その雄は地位が高くなったり、体や力が強くなったりして、配偶者防衛をすることによって雌の行動を制限することができてしまいます。そうすると、雌の選択肢はなくなってしまう。雌がそもそも資源を選ぶのか何をするのか、何を選んでいるのかというのはよくわからないところがまだまだありますが、雌が好む雄と、雄−雄の競争原理から出てきた雄が雌をつかまえたいと思うこととの間では、必ずしも同じ性質が両者の妥協点にならないわけです。そこで雄はどんなことをするか、雌はどんなことをするかにギャップが生じます。
 今日は詳しくお話ししませんが、遺伝子のレベルからすでにその戦いはあるわけです。昆虫などでは雌に有毒な物質を与えてでも雄は自分の精子をたくさん渡そうとして、ほかの精子を殺すような有毒物質を雌に注入します。雌の寿命を縮めてでも他の雄の精子を殺して、自分の精子がたくさん送り込まれて受精が進めばいいわけです。それに対して雌は、そんなことをされたら自分の寿命が縮んでしまうから、送られてきた有毒物質を解毒して、しかも精子まで一緒に殺してしまうような物質を出したりする。いったい雄と雌で何をやっているのかという戦いも昆虫などではたくさんあります。
 このように雄、雌の話は全然簡単ではないし、いちがいに雄と雌にも決まらない。そして、いわゆるテストステロン系の雄的に働くことと、エストロゲン系の雌的に働くことが、雄にとっても雌にとってもどちらかが最適になるということもありません。両者ともに、自分自身の内部でもあまりにもどちらかに偏らないほうがいいというようなことが交錯していて、それでいろいろなことが起こっているということです。性ホルモンの働きがこんなに複雑なのは、そういう雄、雌の根源的な対立、葛藤のところから来ているのではないかと考えられます。これで複雑な話は終わりにしたいと思います。
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