● 大友晴馬さんの寄稿

いきなり個人的な話からはじめるが…
 いきなり個人的な話からはじめるが、わたしは、本学に入学する一年前までよその大学に通っていた。講義が退屈なのは仕方ないけれど、学生の知的好奇心の足りなさや学校設備の貧弱さが嫌になったから、思い切って飛び出してしまったのだ。

 退学したこと(実は除籍)について実はほとんど誰にも明かさなかった。退学する理由をあれこれ説明する気分にもならなかったのだ。お世話になりましたとかたまには遊ぼうねとか、そういう社交辞令が何よりも苦痛だった。賢い友達は数人いた。そいつらには胸中を打ち明けてパーッと酒を飲んで気分よく別れるけじめぐらいつけるべきだったかもしれない。メールもあることだし気軽に連絡はとれたはずだ。

 しかし、そんなことはいっさいせずにいつの間にか中退になった。私は学生でも社会人でもない、無職という非生産的な身分に初めてなった。一年前まで私は無職を軽蔑していた。そもそも、フリーターという言葉自体が嫌いだったからだ。入学当初から大学の退屈さには飽き飽きしていたけれど、大人しく卒業して、やりたい仕事に就くものだとばかり思っていた。ところが、あっさりとそれを墨で塗りたくってしまった。自分でも驚くほど。まともな職には就けないだろうなという現実的な不安と、遠い回り道だったけれどこれからが始まりだと気楽に構える強さが互いに入り混じっていた。

  早稲田の第二文学部に行こうと思っていた。学費が安い。昼間は働ける。これならば無理を課すこともない。文学にも興味があったから研究してみて、面白かったら院に残って研究者になろうかなという青写真も早々に描いていた。ここまできたら、やるしかないんだろうな。両親はひどく心配した。文学なんて勉強して社会になんの役に立つのだろうと親は言った。確かにそのとおりである。しかし、当然ながら私なりに反論もあったが、無職の野郎が文学の社会性を語っても、虚しいだけに思えたから、口をつぐんでいた。だから、親とは齟齬が目立った。というよりも、齟齬ばかりだった。そうした日々が続き、公立図書館に通い、ノートを開いて、無機質に英単語を覚えた。

 在学中から近くの町工場でアルバイトをしていて、退学した旨を社長に報告した。社長は私を心配して正社員になるように勧めてくれたが辞退した。結婚することになったら贅沢も言っていられないからその時は世話になりますと生意気な冗談を残して退社した。


 いままでの貯金を切り崩しながら、参考書を買ったり、セミナーに通ったり、模擬試験を受けたりして力を蓄えていった。当然ながら遊ぶほどの余裕がなかったから、交友範囲は著しく狭まった。遊ぶにもデートするにも金が必要であることを改めて痛感した。それは自分が選んだ道だから、誰にも文句をいえる道理などなかった。しかし、そうした「追い込み」は、少しだけだが、わたしに快感を与える。「自由」とは結局のところ、いかに自分が不自由であるかを確認する行為に過ぎないことを実感できるからだ。

 受験勉強は驚くほど退屈だった。英単語を覚えるほど時間の無駄はないだろうと思う(英語の習得そのものは無駄にはならないだろうけれど)。英語の文献なんて大概は日本語に訳されている。日本文学の英訳本を読んでスキル・アップに努めるほど暇な時間もない。外国旅行だって各地で英語が通じることなどありえない。そんなことを考えているうちに英語の勉強がどうでもいいように思えてきた。しかし、受験を突破するためには英語を勉強しなくてはいけない。結局、そのうち塾の講師でもやるから、というモチベーションに帰着した。日本人はだから英語ができるようにはならない。
 わたしは第二文学部に合格したが、はたしてこの決断は正しかったのだろうかと今でも時々不安になる。しかし、そうしたたぐいの不安は抱くだけ無駄なものばかりである。卒業して数年して、ああ、早稲田に行って役に立ったなあとか、やはりあの時素直に就職しておけばよかったなあとか反芻するときにしかわかりえない。だから、そうした不安が不意に襲ってきたときには友達とビールでも飲むことにして記憶の奥底に放り込もうとする。

 早稲田というブランドが通用しない時代に生きている。それは健全な時代とも言える。早稲田で学ぼうがよその無名の大学で学ぼうが、勉強したものだけしかいわゆる「勝ち組」の可能性を手に入れることはできない。私はあえて早稲田にきた。早稲田の大きな図書館で猛烈に勉強すれば何かになるだろう。今の学生は、自らが何かを選ぶ能力を磨かなければいけない。そういう意味でいえば、早稲田という名前そのものはすでにどうでもいいし、死んだようなものだ。大学で主体的に何をするかがいっそう問われるというシビアでスリルのある時代で私たちはどう生きるか、という問題提起を抱えて早稲田の門をくぐった。

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