【きぼうの家 レポート】 

本文は、2006年度早稲田大学MNC情報基礎演習#13「ホスピス班」が7月7日に訪問したときのものです。同班の西村宏貴くん記。

写真は、8月3日にIPCPスタッフが訪問したときのものです。

正面玄関 建物全景 屋上より
山本代表(右)と堀之内チャプレン(左) 話を聞くIPCPスタッフ

 

 「きぼうのいえ」訪問レポート

  西村宏貴

 

7月7日。昼過ぎ。坂本君と僕で山谷に到着。田舎(地元鳥取)を思わせる景色だが、駅周辺には若い人もちらほら。しかし、泪橋に近づくにつれお年寄りが目立って多くなる。というより、高齢の人しかいない。しかも男性がほとんど。空気も目に見えて変わってくる。色も匂いも変化してくる。町全体になんとなく元気がない。どんよりした感じが漂う。

山友会のところにはお年寄りの行列ができていた。何かの配給だろうか、それとも無料の診療だろうか。いたるところにドヤと呼ばれる安宿があった。どれも民家そっくり。と思えば最近建ったように見えるライトグリーンの派手な色の宿もあり、なんだかちぐはぐな印象。なぜかコインロッカーも多かった。

狭い路地には高齢の方がたくさん集まっている。道端に座り込んでいる女性もいた。途中、警備の人かわからないが、制服を着た男性二人が立ったまま僕らを睨んできた。そこだけピリピリとした雰囲気が漂う。

東京にこんな場所があったなんて…。同じ日本の中なのに、同じ東京のまちなのに。

そのとき僕はまるで日本じゃない別の世界にやって来たように感じたのを覚えている。

ここから、きぼうのいえ訪問中に僕がノートに書いたことを洗いざらい書き出してみます。全て山本さん、堀之内さんから聞いたお話をベースにしています。()内は自分の意見です。

 

 

『きぼうのいえとは』(礼拝堂にて)

そもそもきぼうのいえは、インドのカルカッタにある「死を待つ家」がモデル

現在日本の医療制度は充実してきている。実験的に「死を待つ家」を実現するにはここ、日本しかないと感じる。

最初はホームレスの方中心の施設を予定していた。だから山谷に作ろうとした。そこに求める人がいるはずだと感じて。

しかし、実際、きぼうのいえはホームレスの人だけに限定されない多種多様な構成で成り立つことになる。となると山谷でなくてもよかったのだろうか。いや、そんなことはない。山谷という土地柄だったからこそ実現できたのだと思う。山谷以外の町ならば、「死を待つ家」のようなものを建てることを、住民、行政が必ず拒むだろう。そのような文化が根付くには他では土地的に向いていなかったのだ。多くのホームレス・脱籍無産者を受け入れることからわかるように、許容力のある町、山谷だからこそ「きぼうのいえ」は実現できたのだ。

 ここきぼうのいえは、看取りの感覚を持ったホスピスでもあり、高齢者の方を介護する高齢者施設でもある。あまり、医療的な「ホスピス」にとらわれていない。有料老人ホーム的要素もかなりある。きぼうのいえの実態を一言で表現するならば、「ホスピス長屋」という言葉がまさにぴったりだ。とにかく医療施設を目指しているのではなく、ここは限りなく「家」なのだ。難しく定義すると「ホスピスケア対応型集合住宅」。単にホスピス、高齢者施設として機能するのではなく、シェルターとしての役割も果たす。対象は妊婦さん、DVを受けた人、心に病を抱えた人に及ぶ…。ここは誰でも入れるのだ。(注:一般のホスピスは、統合失調症の方などは入居できないことになっているが、ここ、きぼうのいえはそのような病気を持った患者も受け入れる。また本人に病状を告知していなくても入居できるところも特徴だ。)

きぼうのいえはホスピスケアを実践するところなのだ。たんに「ホスピス」という言葉で終わっているのではなく、「ケア」という言葉が付いていることに注目してほしい。「ケア」には「やさしさ」「全部包み込む」という意味が含まれている。ここきぼうのいえは中心となるケア対象者は終末期の人たちだが、他の対象者も緩やかに包み込み、受け入れている。

山本さんの言葉「ここにはね、俺たちの先輩が入ってるんだよ」

 

 

『ミュージック・サナトロジ−』(談話室にて)

 

Aさんのお話「わしがあんたの夫の身代わりになってやりたかった…」

 ミュージック・サナトロジ−は治療的効果や技術的な面が大事なのではない。一対一でその人にふれ、「あなたのことを大事にしていますよ、関心がありますよ」という思いを、音楽に託して届けることが目的なのだ。だから、集団での合唱などとは目的が違う。

またそれと関連し、日本の童謡などは歌わないようにしている。なぜなら、童謡を聞くことで、入居者が過去の幼少時代を思い出してしまうことがあるからだ。ここの入居者たちにとって、過去を思い出すことは必ずしもよいこととは限らないのである。

またミュージック・サナトロジ−は、心の痛みとともに、身体の痛みも和らげる働きがある。病院の医療・一般のホスピスでは、本人が望む、望まないに関わらず「安易なセレーション」に走りやすい。要するに痛みを取るとともに、意識も朦朧とした状態にさせておく。患者はずっと寝たままの状態になる。患者は寝させとけばいい、と言いきる医師までいる。寝させることが「ホスピス」なのだろうか。違うはずだ。だから、きぼうのいえが目指しているのは「痛みはとれるけど、意識ははっきりしている」状態だ。よって、薬に頼らないミュージック・サナトロジ−こそ、「安易なセレーション」の代わりとなる治療法として期待されている。

 ただ、そうは言っても目の前で患者が苦しみながら死を迎えるということは想像を絶する苦しみを伴う。堀之内さんは言う。苦しみながら死んでいく人は、本人も、そして見守る側も本当につらいことでもあるんだと…。しかしそのつらさ・苦しみに慣れてしまってはいけない。むしろ毎回その苦しみを一緒に分かち合いたい。医師、そして医療に携わる者は、泣けなくなったとき、その役目が終わる。なぜなら死は個別の問題だから。決して人間には死のプロセスなんてない。堀之内さんが望む本来のホスピスドクターは、毎回の終末期の現場でバーンアウトできる人だ。

 

 

『介護システム』(個室、食堂、風呂、スタッフ休憩所にて)

(入居者の個室に案内させてもらった。4.7畳の部屋。ナースコールや、医療用ベッドがある以外は普通の部屋だ。この部屋の入居者はただ今、デイサービスに出張中とのこと。ここは「家」なのだと改めて実感する。続いて食堂。食堂はなんと毎回指定席が決まっているそうだ。入居者の中でも、仲の良い・悪いがあるため、それを考慮して席を決めているらしい。それからお風呂へ。お風呂は一人一人入り、そのたびごとに水を替えている。入浴順のスケジュール決めが頭を悩ます問題とのこと。お風呂は一人用の普通のものだ。ここにもあくまで「家」を目指すことへのこだわりが垣間見える。それからスタッフ休憩所へ)

 基本的に、きぼうのいえのスタッフは専門的な医療知識は兼ね備えていない。だから山本さんたちの役目は、入居者の基本的生活を支えること。洗濯などもそうだ。専門的な介護については、外部の介護スタッフに個人契約にて来てもらい、カバーしている。

入居者の薬は、まとめて近くの病院からの宅配システムをとっている。また、近くの診療所と病院との連携をしっかりとっている。いわばキャッチボールの関係。きぼうのいえのような在宅型ホスピスを運営していくには、両者の連携プレーはなくてはならないものだ。

 また、きぼうのいえでは、入居期間が2日の人もいれば、500日以上の人もいる。入ってくる理由が様々なため、滞在期間も実に幅広い。ただ基本的な滞在日数は160日である。一般のホスピス・病院では滞在日数は30日前後(ある都立病院ではなんと17日)しかなく、30日が経過すると退院勧告をすることになっている。なぜここまで滞在日数に違いがあるのか。一般のホスピス・病院の滞在期間が30日前後しかない理由として、

表:ホスピスの数はきわめて少ない。つまりターミナルケアのための部屋数は限られている。長引きそうな人よりも、余命がギリギリの人を優先して入れていくべきだ。(行政側の無理解も関係)

裏: 回転数を増やせば、それだけ入居費などもたくさん入る。行政のお金儲けのため。

またこのような裏の本音もあり、行政は医療・介護に携わるスタッフの数を減らし続け、人件費削減も行っている。実際は現場のスタッフは不足していて苦しい状況に関わらずも、だ。

一方、きぼうのいえが滞在日数を160日にしているのは、「人間関係を築いてから、死を迎える」ことを大事にしているからだ。たった30日でどうして深い人間関係が結べるだろうか。(まさに、きぼうのいえが「キュア」ではなくホスピス「ケア」を重視しているからこそ、この日数なのだろう)

 

 

『山本さんのボランティア精神の原動力』(以後、食堂)

 (きぼうのいえも三年目。本に書かれてあることからもわかるように、ここまで軌道に乗るに数々の困難を乗り越えてきている山本さん。そのような困難を乗り越えてまで、また途中病気で倒れてまで、ここまで山本さんを続けさせる本当の動機は何か。その「ボランティア精神」はどこから生まれているのか。自主ゼミの際、平さんもここは納得できなかったらしい。改めて聞いてみることにした。)

まずあの本に書かれていることが全てではない。山本さんいわく「あの本、読みました」と言われると、恥ずかしくて隠れたい気持ちになるそうだ。あの本を書く際、編集者側から哲学・理念は極力書かないでほしいと言われた。だから自身の哲学・理念については書かれていない。そうすることで、良かった点は「リアリティが伝わる」ということ。悪かった点は「自分の理念が伝わらない。本当の動機もぼやけてしまっている」ということだ。だから本に書かれてあることは、氷山の一角にすぎないことに留意してほしい。

本当の動機は、自分の死生観との闘いのためだった。これこそ一生をかけて追い求めるべき、そしてやめることのできない一大勝負だったのだ。このきぼうのいえを通して、自分が死の恐怖と闘う活動自体が、入居者が理想の終末期を過ごしていく生活とうまく合致すれば、それでいいじゃないかという思いだった。

(この「死の恐怖と闘う」ということは利己的な動機だろうか。お話を聞いた今、僕は利己的でありながらも、利他的だと思う。これはまさに「共存」の考えだ。ホスピスでの死の経験を通し、山本さんは必死に自分の人生のテーマである「死生観」や「死の恐怖」と向き合っている。その一方で、山本さんの向き合う相手は「俺のことを考えてくれてるんや・・・」という感情を抱き、過去に囚われていた孤独感は解消され、本人が望むとおりの終末期の生活を送ることができる。自分も相手も得るものがある。これこそが最も理想的なボランティア精神であり、またその精神を実行していく上での動機や原動力そのものになりえるのだと思った。)

本当の動機は「自分の死生観との闘いのため」ということだが、実際は幼少時代から今にいたるまでのいろいろな経験を通して、少しずつ育まれていった。本に書かれていた日航機墜落事故のニュースも動機の一つだ。また幼少時代から、猫などの動物が道端に捨てられていることを放っておけず、自身が断食してまで猫にご飯をやるなど、「困った人を助けたい」という思いが人一倍強かった。子どものころ、母のスクラップ工場で働いていた人たちが、ちょうど山谷の日雇い労働者に似ていたことも動機の一つだ。そのとき働いているおじさんたちから受けた優しさが、山谷の人たちへの想いに繋がったという。

 

 

『行政に願うこと』

行政に対しては、あまり期待はしていない。

(ここからはきっと加藤さんが詳しく話してくれるはず・・・)

 

 

『<きぼうのいえ的ホスピス>を社会に広めていく』

 

このようなホスピスを広めていきたい。しかしそれは自分の役目ではない。

山谷地域は日本の将来そのものだと思う。だから山谷だけが問題ではなく、これはもっと全日本的な問題だ。

(ここからはきっと松崎さんが詳しく話してくれるはず・・・)

 

 

『今後の財政面での運営について』

 最近自分たちで「ヘルパーステーション」を立ち上げた。きぼうのいえの精神を持った人々が、地域に出ていき、外で効果的に活動をする有料ヘルパーになり、そのネットワークを組織化することで営利スタイルにつなげるというもの。ここでの収入をきぼうのいえの赤字カバーに還元している。

そしてこのヘルパーステーションをやる意義は、単に収入面だけでなく、この活動が広まることにより、山谷全体を巨大なホスピスとして見られるようになることにある。町全体が巨大なホスピスになれば・・・。ここ、きぼうのいえだけが山本さんが使う意味での「家」であればいいということではないのだ。きぼうのいえにおけるホスピスケアの精神を持ったヘルパーが増えていけば、山本さんの目指すコミュニティ・ホスピスの実現も夢ではない。ヘルパーステーションの運営にはそのような想いも含まれている。

(コミュニティ・ホスピスとは、地域の中にホスピスがしっかりと根付き、地域との関係性の中でその役割を果たすことによって、ホスピスケアの精神が地域全体に浸透することだと僕は解釈した。そう考えると山本さんが最も望んでいることは「<きぼうのいえのようなホスピス>を社会に広めていく」ことではなく、「きぼうのいえの背景にある<ホスピスケアの精神>を社会に広めていきたい」ということではないだろうか。また、ここからきぼうのいえにも地域全体にも必要な「ホスピスケア」という考え方が浮かび上がってくる。これはどんな考えなのか。次で検討してみる。)

 

 

『理想のホスピスケアとは』

 きぼうのいえの本来の理念は「ホスピスケア」の精神で対応すること。そもそも今の日本では「ホスピス」という言葉を、単に「終末期医療のための施設」の意味として間違って解釈している例が多い。ホスピスは建物が問題なのではない。それだけでなく、そもそも医療者側の観点だけで語られるべきものではないのだ。医療者側の観点を越えたとき、ホスピスケアという言葉は「心あるケア」「ぬくもりのあるケア」というイメージにたどり着く。今の病院の医療は、本来のホスピスケアの精神とはかけ離れたものになってしまっている。死を切り捨てていくことが当たり前になっているのが今の病院の現状だ。だからこそホスピスケアの精神を持ったホスピスが、病院に取って代わるべく登場することになる。しかし、これはあくまで暫時的なものだった。病院に、そして現代医療に、「医療の本質」を伝えるべく現れたのがホスピスだった。だから、将来、病院にホスピスケアの考えが根付き、その現場に「心ある医療」が生まれるならば、ホスピスはある意味でその役目を果たせたと言うことができる。

今、全国のホスピスのベッド数は約2600しかない。しかし、ここだけがホスピスではないのだ。

ホスピスのケア理念がもっともっと広まること。そして現代の病院の医療にホスピスケアの精神が浸透すること。山本さんと堀之内さんはそれを願っている。

 

『きぼうのいえで見つけた喜び』

<山本さん>

きぼうのいえでの生活を通し、その人が変わっていく瞬間。

それは懺悔を聞く神父さんの喜びに似ているかもしれない。懺悔をすることにより、相手が変わっていく。相手が一瞬輝く。その瞬間に立ち会えることこそ喜びなのだ。

きぼうのいえでも同じこと。愛情のシャワーを浴びることにより、入居者が本来の自分を取り戻していく瞬間に立ち会えることが喜びとなる。

しかし、今ではそれだけがいいとは限らないと考えるようになった。つまり、決して変わらなくてもいいんだと。

そう、「変わらない人」にただよりそうこと、それ自体への充足感も喜びとなる。

さらに入居者にとって、ここでの生活が次に続く始まりの一歩になればよいという思いもその喜びをより大きなものにする。その根底には、死で終わりじゃないという山本さんの死生観がある。次のステップへ向けてのほんの一瞬だけ、一番大切な日々を一緒に過ごさせてもらったということに意味があるのだ。

 

<堀之内さん>

「命とは何か」というテーマと必死に向き合えること。

ホスピスで命の世界を見せつけられる。

看取りのときのある患者の言葉、「堀之内さん、先行ってますよ」

この言葉で悟る。死は次から始まる一万日のためなんだ。そして死後の世界で新しく生きなおすんや、と。死とは次の世界へ行くための修行なんだ。

そして実感として「命」の大切さを学ぶ

堀之内さんの言葉「次の世界はあるんやと見事に教えてもらった。それは聖書のような理屈じゃ実感できない。別れていく人が直接教えてくれるんや」

 

 

『死後の世界についての考察』

 

一般の人は、「死んだらお終い、死後の世界はないにきまっている」というこりかたまった考えしかもっていない。果たしてそれは本当なのか。

きぼうのいえでボランティアをしていたある早稲田の学生のお母さんは、その子に言った。

「今にも死にそうになっている人のオムツを変えてどうするんだ!」

このセリフはまさにこの世的な感覚に囚われた発言だ。私たちは、この言葉からも、そしてさまざまな日常の中からも、人間がいかに限られた範囲の中で生きているかに気づく。(山本さん実演、リモコンの例)

 人間の生命活動において、物質エネルギーは4%を、それ以外の非物質エネルギーは96%を占めている。また、人間が死んだときには、3〜5g軽くなり、そのとき発生したエネルギーは、238000トンの水を瞬時にして沸騰さす熱エネルギーと等しい。このエネルギーこそまさに、非物質エネルギー96%の中に含まれるものであり、そして成仏を生み出しているエネルギー源ではないかと考えている。つまり、非物質エネルギーこそが「死後の世界」をつなぐ掛け橋である可能性があるのだ。こう考えると先ほどのお母さんの言った真実を覆すことができる。死んだら終わり、という考えでは通用しない世界が広がっている。人はわずか4%の物質エネルギーへの固執から解放されれば、96%の非物質エネルギーからなる、人間の常識を越えた世界が存在することに気づき、安らぎを見出すことだろう・・・。これは断定するわけではない。ただ、あくまで可能性の一つとして考えておいてほしい。

 

 

『ホスピスの日常性』

 (これは「ホスピスとは」という問いに対して、山本さんが考える現時点での解答である。だから山本さん自身、仮説であると述べている)

ある日、山本さんは友人に電話をした際、ホスピスをやっていく上で何に気をつけていくべきかという質問をした。友人の答えは意外なものだった。

「日常生活を送ればいいじゃないか」

最初はピンとこなかった。しかし、「ホスピスの日常性」に対し、ようやく自分なりの答えが見つかってきている。

<サラリーマンの日常世界>は、ノルマに追われっぱなし。あれやれ、これやれの世界だ。常に念が残った状態となる。『過去』への後悔の思いと、『未来』へのノルマによって、『今』は圧迫され、縮められている。それに比べて、

<ホスピスの日常世界>は、『過去』から離脱した生活であり、『未来』へのノルマもまったく課されていない。そこには『今』のこの瞬間を生きようという感覚しかない。まさに、禅の坊さんが悟りを開いた境地に等しい。

このような「未来へのノルマ」「過去の後悔」から解放された『今』を生きることこそが、友人が言いたかった「本当の日常生活」の意味だったのだろう。

 つまり、ホスピスとは、『今』、この瞬間を有意義に過ごすことにほかならない。

堀之内さんは言う。「ホスピスはよく生きていただくための場所なんだ」

ある末期患者が日常の生活を送っていたときにポツリと言った、

 「私、お姫様みたいやわ」

(このたった一言に、死を間際にした患者がいかに有意義な『今』を過ごすことができたのかが伝わってくる。)

そのような状態になると、人は「生きてよし、死んでよし」の境地に達し、一日が終わり、また次の一日が来るたびに「もうかった」と思うようになる。この新しい一日が与えられたことへの感謝の想い・・・。これに気づいた患者にとっては、まさに「一日一生」の日常を手に入れることになる。

  

『心の成長とホスピス』

 <死についてのイメージ>

「身体のグラフ」             「心のグラフ」

 

人間が時間軸の間で生きているうちは、心は成長しつづけ、ふくらみつづけていく。そしてその過程で「愛」を経験する。心の孤独を感じていた人たちがきぼうのいえに来て、そこでの関係を築いていくことにより、身体性の痛みを越えて、魂そのものは成長しつづけるだろう。

 

最後に山本さんのメッセージ。

きぼうのいえのスタッフの役目は、飛行場でいう「管制官」だ。きぼうのいえでの生活を通して成長し、そしてシンプルな姿まで昇華した患者の魂が、飛行場から飛び立つ、その「離陸」の瞬間を見守る役なのだ。だから泣く必要はないんだよ。

 

生きているのを忘れているような状態、・・・これが死なんじゃないかな。

 

(山本さんがいかに死生観と闘いつづけ、またその答えを模索中であるということがわかったと思う。僕は実際特定の宗教には属していない。だから、お二人のお話の中で難しく、ついていけない部分も確かにあった。しかし、どのような言葉で表現されたにせよ、そこに宗教という概念を越えた普遍的な真実が含まれていたのは間違いない。ノートテイクではここまでの情報量しかカバーできなかった。しかし、できる限り正確な再現を目指したつもりだ。今後の活動に役立ててくれたら幸いです。ここまで読んでくれてどうもありがとう。)