SINCE 2000

インテリジェンス 第1章
CIAの仕事って、どんなお仕事をしているの?
Please tell me about the CIA's works!

 アメリカ合衆国のリーダーたちは、しばしば外交政策や安全保障について難しい決断を下さねばなりません。正しい決断をくだすために、良い情報(インフォメーション)が求められています。良い情報とは、完璧かつ明解にして理解しやすいもので、過去に何が起きたか、現在何が起きているか、そして将来何が起きるのか説明してくれます。また、良い情報は「公正」です。つまり、情報には意見ではなく事実が記されるのです。政府のリーダーたちは情報を吟味します。そして政策をつくるのです。

 このような情報をインテリジェンスといいます。インテリジェンスの中には手に入れやすいものもあります。新聞や雑誌、テレビ番組がインテリジェンスを提供してくれます。時には、秘密のインテリジェンスを手に入れるためにスパイが必要な時もあります。

 政府のリーダーたちはしばしば他国との難しい問題を解決せねばなりません。まず、彼らは何が問題をひき起こしたのか、他国のリーダーが何を考えているのかについて知らねばなりません。また、問題を説明したり解決したりするのを助けてくれるかもしれない秘密情報も必要です。彼らはこれらのすべてを、インテリジェンス・レポートによって手に入れます。CIAと呼ばれる中央情報局は、アメリカ政府の主要な情報源なのです。もちろん他国の政府もアメリカの秘密を知りたがっています。CIAはそんな彼らがスパイ行為をはたらいたり重要な情報を持ち出すのを防ぎます。この仕事はカウンターインテリジェンスと呼ばれています。

 多くのアメリカ人はCIAを、変装し、ペン型ピストルや超小型カメラといった優れた道具を使うスパイでひしめいている機関であると考えます。たしかにCIAの職員の中にはスパイもいます。しかし、CIAの仕事はもっぱらインテリジェンス・レポートを書くことなのです。CIA自身はとても小さな政府機関のひとつにすぎませんが、その仕事はとても重要なのです!世界中で何が起っているのか、CIAはアメリカ政府に常に報告しているのです。

CIAの新しい仕事

 同時多発テロから数カ月たった2001年11月、CIAはジョージ・W・ブッシュ大統領から大きな仕事をいただきました。それは、1947年来のCIAの歴史の中で最も重要な秘密活動でした。世界中にちらばるCIAの職員たちがテロの首謀者を追跡し始めたのです。CIAの諜報員たちもまたアフガン戦争に加わりました。彼らはタリバンと戦う集団に武器と資金、そしてインテリジェンスを提供したのです。アフガンにおける初のアメリカ人戦死者はCIA特別行動部隊の人間でした。

インテリジェンス 第2章
インテリジェンス・コミュニティって何ですか?
Intelligence Comunity

 アメリカ政府機関の中で、CIAだけがインテリジェンスを得て、分析しているわけではありません。13のグループからなるインテリジェンス・コミュニティが存在するのです。このコミュニティの頂点に立つのがDCI(中央情報局長:The Director of Central Intelligence)です。

 インテリジェンス・コミュニティは収集した情報を一ケ所に集めます。そうすることで情報を全体的に吟味できるのです。重要なのは、さまざまなグループから集められた情報をひとりの人間が管理することです。DCIのもとには、すべての情報に目を通す部下がいます。彼らはさまざまなグループから集められた情報が関連しているかどうかをチェックします。こうすることで完璧な報告書が作成できます。こうしなければ、政府のリーダーたちは情報の重要な部分を理解できないかもしれないのです。たとえば、1941年12月7日、日本の飛行機がハワイの真珠湾にある米国海軍基地を攻撃しました。陸海軍含めて約3000名の兵士が死亡し、多くの船や飛行機が破壊されたのです。この攻撃によってアメリカは第2次大戦に参戦しました。攻撃のあったすぐ後にアメリカの軍事、政府のリーダーたちが知ったことは、いくつかの政府関係機関が日本の攻撃計画の兆しをつかんでいたということでした。しかし、それ以外の機関はこの情報を知りませんでした。当時は、兆しや情報を共有し、研究するシステムがなかったのです。「すべての」情報に目を通すDCIがなかったのです。

 DCIは、外交のインテリジェンスに関して、大統領にとって最も重要なアドバイザーです。DCIはCIAも運営します。そのCIAはインテリジェンス・コミュニティの一部ですが、CIAは他の政府関係機関とつながりのない唯一の機関です。そのかわり、CIAのレポートは直接大統領に届けられるのです。

インテリジェンス 第3章
CIAはどうやって働くのですか?
How does the CIA works?

 DCIの役目のひとつに、インテリジェンス・コミュニティの円滑な運営を助けるというものがあります。その方法のひとつが、新しい機関をつくることです。これらの機関は多くのインテリジェンス・コミュニティから寄せられた人員を雇い、資金を使います。その機関は多くの仕事を担います。テロリズムや麻薬の輸送を防いだり、外国のスパイをつかまえたり、違法な武器売買を監視したりするのです。CIAはその機関のいくつかを牽引することで助太刀します。

 CIAはインテリジェンス・コミュニティ全体のためにいくつかの仕事をこなします。衛星写真を分析したり、新聞などの公開資料から情報を集めたりします。CIA職員の中には他の軍事機関で働く者もいます。彼らは軍事インテリジェンスの収集、分析を助けます。

 DCIはすべてのインテリジェンス・コミュニティの上に立っているので大忙しです。そこでCIAの細かい運営を他の人に任す必要があります。それがエグゼクティブ・ディレクターです。CIAはインテリジェンスの収集、分析、共有を助けるように組織されています。それぞれの集団はみな、最も有益であろうと思われるインテリジェンスを得るために、特殊な業務に携わっています。公開資料から得られるインテリジェンスもあれば、機密資料から得られるインテリジェンスもあります。人と科学装置がインテリジェンスを収集するために使われます。CIAはすべてのインテリジェンスをまとめて、さまざまなレポートをたくさん作成します。それらのレポートには多くのトピックがあり、国家安全保障(national security)に影響のあることなら何でも記載されます。そのレポートは大統領や上下両院ならびに長官たちに配付されます。

 政府にはアメリカ市民の安全を守る責任があります。また、民主主義を信奉する諸国を防衛しようともしています。しかし、時には外国がアメリカを脅かすこともあります。彼らはアメリカの市民や企業に危害を加えうる政治的もしくは軍事的な決定をするかもしれません。ほとんどの場合、外交官たちはその国のリーダーと会談します。彼らは問題の悪化を防ごうとします。そしてCIAは支援要請を受けます。CIAの職員は戦争の勃発を防ぐ重要な機密情報を得るため、秘密裏に活動します。このような秘密裏に行われる活動を秘密活動ともいいます。

インテリジェンス 第4章
CIAの発祥について教えてください
Beginning of CIA

 建国以前でさえ、アメリカの指導者たちは情報を集めるためにスパイを用いていました。ジョージ・ワシントンは初めて開かれた議会の場で、スパイに支払う資金について質問しました。

 1941年、アメリカは第2次大戦に参戦したばかりでした。大統領のフランクリン・ルーズベルトはインテリジェンスを管理するための政府組織を欲していました。彼は、弁護士であり軍人でもあった「野牛」のウィリアム・ドノヴァンに計画を練るよう依頼しました。ドノヴァンは責任者となって、陸軍などの情報源からインテリジェンスを収集し、研究するよう命じられます。1942年までに、業務は増えてひとつの組織を形成するまでになりました。それがOSS(the Office of Strategic Services)です。OSSはイギリスのロンドンにあり、第2次大戦中はヨーロッパのレジスタンスを支援しました。彼らを訓練し、資金を与えたのです。1945年に戦争が終わると、OSSは閉鎖されました。しかしドノヴァンは、たとえ平時であっても情報機関が存在することは良いことだと考えました。戦争回避が手遅れにならないうちに外国が何をしているか知ることは重要だと彼は言いました。1946年にハリー・トルーマン大統領がCIG(the Central Intelligence Group)を創設します。それはスパイ活動は行いませんでしたが、公開情報を駆使することでインテリジェンスを収集しました。CIGは1947年9月18日にCIAと改称しました。政府はCIAに秘密活動を行う権利を与えました。

 当初CIAの職員たちは秘密情報を収集するために多くの秘密活動に従事しました。しかしその活動の中には非合法なものもありました。1975年、上院委員会はCIAのいくつかの非合法活動を調べました。CIAは、政治暗殺に関わっていましたし、米国政府の政策に反対するアメリカ人の情報も集めていました。委員会はCIAの非合法活動を発見したのですが、これらの活動が多くの面でアメリカを助けたと述べました。それ以来、議会はCIAに対する支配力を強めました。結果としてCIAの職員やその政策はアメリカの法律に服すことになったのです。

インテリジェンス 第5章
インテリジェンス・サイクル
Intelligence Cycle

 インテリジェンスを収集する時、CIAは「インテリジェンス・サイクル」に従って計画を進めます。

ステップ1:計画と方針

 アメリカ政府の指導者たちは、大事な質問に答えてくれるインテリジェンスを欲します。CIAはかようなインテリジェンスをどうやって手に入れるか計画を練ります。

ステップ2:収集

 インテリジェンスは分析されていない情報を得ることからスタートします。情報は、新聞やテレビ番組などの公開情報から得られるものもあれば、秘密の情報源から得られるものもあります。時にはCIAに秘密をリークしてくれる人もいます。また、秘密情報を発見するために、盗聴器や衛星写真といったハイテク機器を用いることもあります。

ステップ3:処理

 得られた情報のほとんどは、理解しやすい形に変えられねばなりません。かくして外国語は翻訳され、暗号は解読され、盗聴された会話は吟味されます。後にその情報はインテリジェンス・レポートに盛り込まれることになります。

ステップ4:全情報の分析と創出

 分析官がインテリジェンス・レポートを編集します。分析官は兵器や地理に通じたエキスパートです。分析官たちはどの情報が正しくて、有益で、もっとも重要か決めます。そのインテリジェンスが意味するところを説明するために、詳細なレポートが作成されます。

ステップ5:プレゼンテーション

 レポートが長くなるか短くなるかは、ひとえに、その質問がどれだけ困難か、その回答がどれだけ複雑かにかかっています。レポートは、文書に書かれるか、もしくは口頭で説明されます。大抵の場合、レポートを見た指導者たちはさらに多くの質問を浴びせます。その新たな質問をもとに、インテリジェンス・サイクルが再び始まるのです。

インテリジェンス 第6章
情報の共有
sharing information

 第2次大戦中、日本は太平洋上の多くの島々をその支配下に置きました。アメリカ軍はこれらの島々を攻撃せんとしたのですが、軍事指導者たちはその地域についてあまりよく知りませんでした。かくして政府は公開情報、もしくは秘密の情報源から情報を収集し始めます。やがて軍事計画者たちはアメリカ兵にとって安全な時間帯を選んで攻撃を計画できるようになりました。

 戦後もCIAは他国に関する情報を収集し続けたので、地図や地理的特徴、国民性が明らかになってきました。CIAの職員たちは、この情報さえあれば平和が保たれると信じました。

 1962年に、CIAは『世界の事実(the World Factbook)』なる本を作りました。諸国の情報がそこには記されていました。はじめのうちは秘密にされたのですが、1971年には公刊されました。この本は毎年改訂されています。世界中の人々がこれを読むことができます。インターネットでも閲覧できます。『世界の事実』には、全ての国の人々、地理、政府、経済、交通機関、交通手段、軍隊に関する情報が記されています。各国政府の指導者に関する本も出版されています。『指導者ならびに閣僚』という本です。

 『インテリジェンスに関する事実』という本もCIAは出版しています。これにはCIAの歴史とその業務が説明されています。CIAの歴史を研究する人々はCIAの過去の文書も出版しています。たとえば、CIAは冷戦に関する情報をあらかた持っています。冷戦が終わった今日、いくつかの情報はもはや秘密ではありません。多くの本が詳細を記すようになりました。

インテリジェンス 第7章
CIAの機構
The structure of CIA

 CIAの最も重要な仕事はインテリジェンスを収集し分析することです。CIAは主に4つの部門に分かれており、それぞれ部(directorates)と呼ばれています。他の部門は歴史的な情報を保管したり、法的な問題を扱ったり、民間との対応に追われています。それぞれの部を統括する人は部長と呼ばれています。

1、科学技術部

盗聴器など、情報収集を助ける装置を開発する。科学的に収集された情報の研究を手伝ったりする。

2、作戦部

秘密情報を収集するためにスパイ活動を行う。

3、インテリジェンス部

全ての釀報を集め、研究し、レポートを作成する。

4、総務部

組織全体の運営をとりしきる。CIAの職員がきちんと訓練され、コンピューターや支給品を持てるようにする。CIAの警備も行う。

 異なる部に属する人々が、計画のため一同に会することがあります。しかしお互いに相手がどんな仕事をしているのか知ることはありません。実際に分かることといえば、相手が自分と一緒に働く人間なのだということだけです。建物のそれぞれの階は鍵のかかった部屋で仕切られています。職員たちは食堂で顔を会わせますが、仕事について語ることはありません。バッジには顔写真があるばかりで、名前は書いてありません。しかしこのように秘密にすることは必要不可欠なのです。というのも、多くの人が秘密計画に参加していますし、中には素性を隠している人もいるからです。どんな肩書きの人間を何人雇用し、どれだけの金を使っているか、CIAは説明する必要がありません。秘密にしておくことで、CIAはよい仕事ができるし、政府の重要機密も守られているのです。CIAの年間予算は議会が決めます。予算は注意深くチェックされますから、CIAが金を使い過ぎることはありません。

インテリジェンス 第8章
インテリジェンス部のお仕事:情報の分析
Analysing Information

 インテリジェンス部はCIAの中で最も小さな部です。約2000人の分析官があらゆる種類のインテリジェンスに関わっています。彼らの仕事は政府の指導者に最良の情報を提供することです。

分析官は以下のことを自問自答しながらレポートを作成します。
・何が事実であるか?
・どのようにして事実に辿り着いたか、情報源は何か?
・次に何が起ると思うか?
・事態が変われば他に何が起るか?
・我々が現在知らないことは何か?

 レポートは声に出して読まれるか、書かれるか、もしくはコンピューターで送信されます。地図や図表を描いた人たちが、最終稿の完成を手伝います。

 部のレポートは、湾岸戦争へとつながる1990年のイラクのクウェート侵攻を予知するのを助けました。レポートのおかげで、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領にはアメリカが何をするか考える時間が与えられたのです。しかしレポートは悪い結果をもたらすこともあります。どんなに腕のいい分析官でも間違いはあるのです。彼らは人々が何をし何を決断するかを推測せねばならず、その事実は最も重要なのです。

 分析官たちはそれぞれ経済、工学、科学といった分野の専門家です。政府関係者ではない人にとっても有益な情報を、分析官たちは知る機会が多いのですが、CIAは分析官たちに、機密解除されている情報に限って本に書くことを許しています。分析官たちは自分の名前で本を書き、自分がCIAで働いていることさえ公言していいのです。

PDB(The President's Daily Briefing)

 大統領に手渡す報告書がPDBで、これを読むと世界中で毎日何が起っているのか分かります。CIAの職員たちは、まるでテレビ局のスタジオのような部屋でレポートを作ります。24時間、コンピュータやテレビがニュースを提供するのです。しかしPDBの約半分の情報は秘密の情報源に由来しています。PDBは写真や地図、表を含めて8ページほどです。作業は毎晩8時頃に終わります。DCIが家に帰るまでの道すがら原稿のコピーを読みます。翌朝の5時30分に修正が施されたのち、大統領に提出されます。その後、次の日のPDBを作る作業が始まります。

インテリジェンス 第9章
科学技術部のお仕事:驚くべき科学力
Science

 科学技術部はインテリジェンスを発見、分析するために科学を駆使します。分析官が研究する情報は、衛星やロボット、盗聴器やコンピュータなどの装置によって集められます。彼らは問題の解決を助けるために、またインテリジェンスをよりよく集めるために科学を使います。

技術サービス課は、スパイ活動を容易にかつ安全に行うための装置を開発します。科学者や木工職人、鍵師などがこの課に所属しています。スパイが使う盗聴器や小型カメラなどの機械をみんなで作っているのです。専門家たちは絵やおもちゃのようなありふれたものの中に機械を仕込みます。科学技術部はスパイのために変装道具も作ります。本当の顔を覆い隠すマスクを作ることができるのです。マスクは息苦しくないように、また簡単に着脱できるように工夫されています。技術サービス課の人たちは声を変える装置さえ作ります。

他の課は無線による通信に携わっています。彼らは外国のラジオを聴き、テレビ番組を見ます。メッセージは録音された後、翻訳されます。この種の情報によって、アメリカ政府の指導者たちは外国で何が起っているのか知ることができます。

開発工学課は衛星システムに従事しています。衛星写真から多くを知ることができる専門家がいるのです。衛星の中には、雲の向こうはおろか、建物の中を見通せるものまであるのです。

インテリジェンス 第10章
作戦部のお仕事:
Operation

 公開情報や科学的な方法だけでは必要なインテリジェンスを集められないことがあります。こういうときCIAはスパイを使います。作戦部はスパイ計画の立案を任されています。この活動は"human intelligence"の頭文字をとってHUMINTと呼ばれています。

 CIAのスパイは外国の秘密を発見しようとします。時には秘密のメッセージを送る暗号を解読したりもします。CIAのスパイはほとんどの国にいます。仲のいい国にすらいるのです。というのも、仲のいい国であってもいつ敵になるか分からないからです。CIAのスパイがいない国はカナダ、オーストラリア、イギリスだけです。

 CIAは130あまりの国に支局を持っています。職員がひとりしかいないところもあれば、65人の職員を抱えているところもあります。どこの国の政府も、CIAの職員がそこにいることは知っています。しかし、それが誰なのかは分かりません。彼らがどんな秘密情報を集めようとしているのかも分からないのです。CIAの職員はその国の無線による通信を聴きます。情報源に盗聴器を仕掛けたり、秘密のメッセージを解読するため暗号を得たりしています。

 長い間、女性のスパイはいませんでした。女性にスパイは向かないと考える政府もありましたし、中には女性に自由がない国もありました。女性がそこかしこに出向いて話をするのは難しかったのです。しかし女性は次第に頭角をあらわしていきました。女性のスパイが捕まることはほとんどありませんでした。誰も女性がスパイだとは思わなかったからです。

 スパイは科学技術部が作ってくれた特殊装置を使ったり、変装したりしますが、ドアを半分開けたり、カーテンを閉め切ったりすることで簡単な通信を行ったりもします。髪型や服を変えるといった簡単な変装が同じような働きをする場合もあります。

 CIAの職員は、作戦部と一緒に仕事をする時に、自分の仕事について話すことはありません。自分がCIAのために働いているということは誰にも漏らしてはいけません。彼らは職場の偽の住所と電話番号を与えられます。「自分の家族」にさえも、自分の仕事や旅行先について告げることができません。

インテリジェンス 第11章
スパイ活動について教えてください
Espionage

 作戦部は主に3つの仕事をします。スパイ活動とスパイ防止活動、そして秘密工作です。CIAにはアメリカのスパイになってくれる人を得る仕組みがあります。表向き諸外国のアメリカ大使館に駐在するCIA職員が、夜になるとスパイの雇用に出向くのです。有望な人材を発掘したり、スパイを借用したりもします。まず、職員はスパイになれそうな人間に目ぼしをつけます。秘密を入手できねばならないので、清掃員や科学者がうってつけです。こうして職員は、諜報員と呼ばれる新しいスパイを生み出すのです。金のためにスパイになる人もいますが、たいていは自分の国の動きや考えに不服を抱いている人々です。

 新米の諜報員は、まず信頼に足る人物かどうか審査されます。CIAはその諜報員にある情報を入手するよう依頼します。実はCIAはその情報をすでに入手しているのですが、諜報員はこれを知りません。情報が一致すれば、テストに合格です。諜報員はハンドラーに連絡をとる方法を教わります。ハンドラーとは、諜報員を指揮するCIAの職員です。彼らは同時にメッセージの送り方、写真の撮り方、尾行のまき方も教わります。

 諜報員は、情報をひとつも得られない場合には解雇されるか、必要とされなくなります。解雇されたスパイはたいてい母国を追われ、新しい名前の新しい生活を始めます。スパイ防止活動とは、諸外国がアメリカでスパイ活動するのを防ぐことをさします。CIAは外国のスパイに自分たちがスパイされぬよう努めます。ちなみにFBIはアメリカ全土のスパイ活動を防止しています。スパイとして捕らえられたCIA職員もいるにはいますが、腕のたつ二重スパイはCIAにはいたことがありません。しかしスパイ防止活動を行うプロたちは尚も全員に疑いをかけているのです。

 秘密活動が行われるのは、CIAが外国に変化を起こそうとした時です。ある国の指導者を引きずり降ろすこともあれば、ひとつの政党が選挙に勝つのを助けたりすることもありますし、麻薬取引の差し押さえもやります。外国で活動する職員はそこで秘密活動を行います。

インテリジェンス 第12章
初期の秘密活動
secret activity

 第二次大戦が終わってCIAが創設されると、まもなく冷戦が始まりました。この戦いは主にソ連とアメリカとの間で戦われました。冷戦と呼ばれるのは、武器を使う本当の戦争がほとんどなかったからです。スパイは秘密裏に小規模な抗争を繰り広げます。冷戦の大半を戦ったのは外交官と各国のリーダーでした。両陣営は諸国の統治方法について反目しあい、お互いを信用しませんでした。そして武器をどんどん作りました。

 アメリカは資本主義社会であり、一般市民は自分の土地や工場、仕事を持っています。また、民主主義の国でもあります。つまり、市民は自分の国の指導者を選挙によって選ぶことができるのです。ソビエト連邦は社会主義社会です。土地や工場は国のもの。政党がひとつしかありませんから、市民が指導者を選ぶことは出来ません。

 アメリカの指導者たちは、他の国も民主主義国家になるべきだと考えていました。1947年にCIAが誕生してまもなく、イタリアで選挙がありました。イタリア共産党の勝利を阻止したかったCIAは、他の政党に7500万ドルをこっそり与えました。そして共産党にまつわるぶっそうな話を有権者たちの間に広めさせたのです。根も葉もないでたらめ話だって広めましたさ!

 なにせ生まれてから日の浅い組織のことです。失敗した秘密活動もありました。CIAはポーランドやアルバニアといった共産主義国の内部に諜報員や職員が欲しいと思っていました。レジスタンス活動に資金を供与し、これを訓練したかったのです。しかし、まんまと一杯くわされて、資金は敵方の手にわたってしまいました。

 CIAは世界中で多くの秘密活動を遂行してきました。ラオス、ベトナム、グアテマラ、そしてチベットの政権を代えようとしてきました。アメリカの敵になったり味方になったりをほぼ半世紀にわたって繰り返したイランの体制を変えようとしたこともあります。1953年にイランのシャー(国王)が政権に復帰するのを助けたのです。その時にCIAの訓練を受けたのがイラン秘密警察ですが、彼らは1979年のホメイニ革命を支援しました。

インテリジェンス 第13章
秘密情報
secret intelligence

 人工衛星がない頃は、飛行機がはるか上空から写真を撮りました。1956年、アメリカのU2偵察機はその日が初めての秘密作戦でした。ソ連上空13マイルの高さを飛んで写真を撮ったのです。地上13マイル(21、4キロメートル)といえば、今日の飛行機が飛ぶおよそ2倍の高さですが、ソ連のミサイルの射程距離でした。アメリカはU2の飛行によって多くのことを知りましたが、1960年に飛行機がロシアの新型ミサイルによって撃墜され、パイロットのフランシス・ゲイリー・パワーズが捕らえられてしまいました。彼はスパイ容疑でロシアの刑務所に収容されましたが、その後ロシアのスパイと交換で母国に返されました。アメリカ政府は飛行機が科学調査目的で飛んでいたのだとうそぶきましたが、そのような話を信じる人は誰もいませんでした。それからというものU2がソ連上空を飛ぶことはなくなりました。またその必要もありませんでした。というのも1961年に人工衛星が使われ始めたからです。

 1959年にカストロはキューバを占領するや共産主義政権を作ります。以後アメリカはカストロを政権から引きずり降ろそうと必死です。CIAはアメリカに移住してきたキューバ人を訓練しました。そして1961年およそ1300人ものキューバ人がピッグス湾からキューバに侵入します。彼らはカストロ政権を除去せんとしたのです。しかし、失敗に終わりました。1962年に、キューバがソ連からミサイルを運び入れていることが、U2の撮影した写真によって判明しました。それはあたかも核戦争の準備をしているかのように見えました。この状況は後にキューバ危機として知られるようになりました。ケネディ大統領は適切な決断を下すためCIAにきちんとした情報を求めました。CIAは、ミサイルの位置や、撃つ用意の有無に関する秘密情報を報告しました。ソ連とキューバがミサイルの撤去することを決めたため、戦争は防がれました。

 CIAの秘密活動はテロリストの逮捕にも役立っています。1986年以降、CIAは外国でテロリストを発見し、裁判のためアメリカへ連行することができるようになりました。テロリストの追跡もします。彼らがいつどこに旅行しているのか他国に知らせるのです。

インテリジェンス 第14章
総務部のお仕事:縁の下の力持ち

 インテリジェンスを収集もしくは分析する3つの部以外にも、CIAの仕事を支える部があります。総務部は労働者を雇ったり、給料を支払ったり、コンピューターや日用品を支給したりしています。しかし、彼らだって情報活動を支える専門家たちです。たとえば、医務局はCIAの全職員に対し健康診断を行います。髪や肌の具合をチェックして、職員が病気でないかどうか調べたりもします。

 CIA警備センター(The Center for CIA Security)は実に重要で、本部内に侵入者がいないか調査します。これまでのところ、侵入者が見つかったことはありません。警備センターは本部において「白色雑音発生装置」なる機械も使います。ささやくような音を出して職員たちの会話を隠すのです。どんなにすぐれた装置があろうとも、外国のスパイたちはCIA内部で交わされる話を聞き取ることができません。レーザーの中には窓をすり抜けてしまうものもありますが、CIA本部の窓は全てかすかに振動していますから、どんなレーザーであってもCIA内部を伺い知ることはできないのです。

 中にはどの部にも属していない局があります。弁護局(The Office of General Counsel)の法律家たちは、秘密活動のような計画を練るCIA職員たちを助けます。何が合法で何が非合法かを教えてくれるのです。CIAの計画の多くが外国の法律を破るものだということを考えれば、これはとても面白い仕事です。

 情報研究センター(The Center for the Study of Intelligence)はインテリジェンスの収集や分析について知りたい人々を助けます。研究書や機関誌を発行したり、勉強会を開いたりするほかに、CIAに関する歴史的資料を保存したりもしています。

インテリジェンス 第15章
訓練
Training

 CIAの新米たちは良い職員になるために訓練を受けます。スパイとして雇われる人もいれば、インテリジェンスを収集したり分析したりする人もいます。彼らはキャリア訓練員と呼ばれ、そのおよそ半数が作戦部に所属します。

 キャリア訓練生はCTとも呼ばれ、1年間を訓練に費やします。訓練のいくつかはバージニア州のアーリントンにある公共施設で行われます。ここにはたくさんのクラスがあって、CTたちはCIAがどのように働くか、その何は目的か学びます。そして、インテリジェンスコミュニティについて知り、CIAがその中でどのように機能しているかを学ぶのです。

 しかるのちCTたちは「農場」と呼ばれる特別な場所に向かいます。農場はバージニア州にある秘密の訓練キャンプ場です。ここで、CTたちはスパイの仕方を学ぶのです。学ぶべき事はたくさんあります。飛行機からパラシュートで飛び下りる事とか、銃の撃ち方、建物のよじ登り方、特殊なドライビング・テクニックなどなど。新しいスパイをどのように見つけ、操作するかも学びますし、小規模な軍事行動も指揮できなければいけません。テロリストや麻薬の密売人などを阻止する方法も学びます。農場においてCTたちは一風変わった方法で試され訓練されます。訓練の内容には、猛スピードで運転する技術や、変装の仕方、秘密メッセージの書き方などが含まれています。彼らはエイリアス、つまり偽名の使い方も学びます。捕まった場合にそなえて、秘密を隠匿し続ける技術も修得します。

 訓練の最後に、CTたちは研修職員として任務に就きます。着任した初年度も訓練のうちなのです。スパイの訓練がもっと必要なCTは、破壊活動、ジャングルでのサバイバル、夜間パラシュート降下などに関する授業を受けます。